第7話
黄土色の糞尿の渦の中に俺は浮いていた。水は冷たいが腹の辺りだけは熱かった。
俺は何をしているんだっけ。思い出そうとすると、顔も見たことのない一人の少年の姿が思い起こされた。
そうだ、俺は彼を助けようとしたのだった。
彼のことを知ったのは今から六年前のことだ。遺伝子検査で引っ掛かり、医療AIによる精密検査を受けると慢性腎不全と診断された。当該地区にドナーがいるということだったので勧められるまま移植手術を依頼し、一週間には俺は健康な腎臓を手に入れていた。腎臓を失った誰かがいることなど想像もしなかった。
そんなときある報せがあった。
俺の酒と暴力が原因で逃げられ行方知れずだった元妻と子が統制AIに反乱分子と見なされ中央で粛清されたらしい。何年も会っていなかったが、清く正しい妻と溌剌とした自慢の子だった。アルコールの問題は悪化ししばらく入院させられた。繋がりのある人間はすべてこの世から消え、生きる意味が完全になくなったと思った。退院すると孤独感で発狂しそうだった。
それから何ヶ月経った頃だろうか、ふと、俺に腎臓を提供した人間のことが気になった。
中央の人間に金を握らせ調べさせると、俺に腎臓を提供した(おそらくさせられた)のは佐々村サシャという血の繋がりも何もない当時八歳の子供だった。俺は八歳の少年の小さな腎臓によって生かされていたのだった。俺は少年に勝手に繋がりを感じた。俺がまた傷つけてしまった少年が可哀想で泣けてきて堪らなかった。繋がりのある子が傷ついたのでなく、傷つけたからこそ繋がりが生まれたのだが、その事実には見て見ぬふりをした。
少年のためならどんなことでもしてやりたかった。だが、俺が彼のためにできることは何もなかった。正確な住所も知らなかったし少年が何を求めどう生きているかも知らなかった。
だが初めて少年のためにできることがあるかもしれなかった。俺の恩人を救うのは糞を司る下水管処理場の副所長たる俺にしかできないことかもしれなかった。
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