第二話 破綻


 ある青年の顎は喉の奥にめり込んでいた。ある女の子は眼窩に弾丸が貫通して片目を失っていた。別の老人は小さな体幹にいくつも銃撃を受けて身に纏った衣装がボロのようになっていた。ある男は皮膚が三枚の切れ端になって剥けていた。


 彼らはこの新大陸の先住民だった。彼らは丈夫な木の枝とイグサと樹皮でドーム型の住居を作ってくらしていた。まさにこの場所で定住型の狩猟採集を営んでいたのだ。この場所では竜の言葉を介する才能を持った者が酋長として崇められていたはずだ。竜は微小な重力の揺らぎを発することが出来る。重力が歪めば光も歪む。その微妙な光の変化を感知できる者が竜の言語を理解し、竜と調和して生き延びてきたに違いない。


「気にしなくていいと思うよ。私たちに出来ることなんて何もわけだし。」

 カイネがそう言った。レインはまだ震えていた。


 部族のもめ事は幅6m、長さ50mのロングハウスで調停された。そこでは伝説的な勇者や聖女が伝統的に尊ばれていて、死者が実際的な影響力を発揮していた。


 そして今ではすべての者が冷たい骸に変わってしまった。


「分かったよ。一つ質問するよ。君は本当に彼らを『移動』させると思っていたの。この残酷な世界のどこに移動させると思ったの。」

 カイネが問うていた。レインは頷いた。

「カイネ。君の言うとおりだ。僕は、」

「僕は馬鹿野郎だ。」


 レインは歩き出していた。行く当てなんてどこにもなかった。歩きながら惨めな気持ちになった。これは宣戦布告の無い戦争だった。天使隊と人間の戦いだった。自分だけがお気楽にもピクニックだと勘違いをしてこの場所にきたのだ。暗い巨大な漏斗管に落下していくような感じがした。人生の選択肢が失われていく気がした。ポイントその一、これは間違ったことである。ポイントその二、自分は天使隊の一員である。

「ああ。」

「神様。」

 レインは呟いていた。


「ねえ君、行く当てあるの。」

 ついてきたらしい。背後でカイネが問う声を発していた。レインは首を横に振った。なるほどね、とカイネがため息をついていた。

「仕事があるんだけど。手伝ってくれないかな。」

 カイネがそう言った。そうしてレインを見守っていた。

 カイネは顎を使って中型の自動車両に示し、一緒に乗れよ、と誘っていた。レインは急に自分が恥ずかしくなった。

「なぜ。」

 レインはカイネに問うた。

「なにが。」

 カイネが問い返していた。

「なぜこんな僕を誘うんだ。こんな僕を。」

 レインがそう問いかけ、カイネは肩をすくめる仕草をした。

「天使は怪力を発揮できるからだよ。これから私の秘密基地に向かう。移動の邪魔になる岩やら大木やらを除去して欲しい。これはビジネスだよ。」

 カイネが静かにそう答えていた。注意深くレインを見守っていた。


 レインは短く、僕はレインだ、と自己紹介をした。


 今度はレインがカイネについて歩いた。でもそこには悪夢的な何かがあった。出口のない迷路にはまり込んでいくような感じがあった。全くのところ、それは潰走かいそうだった。


 カイネが自動車両の燃料コックをいじり、それから操縦席の各種レバーやスイッチを操作していた。それから自動車両前方に回り込み、手回しクランクを数回ゆっくり回してプライミング。チョークを戻し、クランクを上死点付近から四分の一回転ほど素早く引き下ろした。その流れる様な動作によって、気化器が息を吸い、点火が火を渡す。そうして自動車両が低い鼓動を刻みはじめた。


 カイネが自動車両に乗り込み、レインに視線を向けた。

「私と一緒に仕事をしようよ。そのほうがいいと思うよ。」

 カイネの問いに、レインが小さく頷く仕草をした。

「カイネ。僕はもう、ここにいたくない。」

 レインはそう呟いていた。

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