8.大人達
「それで、あの子らは一体なんなんだ?」
サシウスが入れられたお茶を片手に聞いた。
打ち合わせは終わり解散、ルウとユイは、特にユイは夜の大仕事があるため仮眠を取りに行った。ルウはそのまま翌日の戦闘にも参戦するため、早めの休憩。
リュウ、サシウス、ヒカリは久々の再開を喜び同窓会の様相だ。
「さっき言ってただろ。『魔法連隊』って事になっている」
リュウが呆れたように返す。椅子に座ったままだが普段のしっかりした印象はなく気が抜けている。プライベートでのんびりしているような様子だ。
「まだ子供じゃない。なんでそんな子に『魔法連隊』なんて危険な事させてるのよ」
ヒカリは先ほどまでお茶を注いでいたやかんを置いて、椅子に座り話を聞いていた。
「殲滅魔法の適性があったんだと」
「分かってるわよ。そうじゃなきゃそんな役割出来ないでしょう」
悔しそうに、寂しそうにヒカリが呟く。注いだお茶を両手で包み、水面を静かに眺めた。
「リュウはいつから知ってたんだ?」
「俺はほぼ最初から、だ。あいつらが初めて出た戦場でたまたま近くに居てな」
「最初って、どの戦場だ。そんな昔じゃないだろう」
「あれだよ。『天使の火炎』って知らないか?」
「……2年ぐらい前のあれか。お前の部隊の番号がまだ大きかった頃だよな」
その言葉にリュウが苦笑いを浮かべる。
「レインが今より危険で、俺がまだまだ弱かった頃だな。ただあれがきっかけでルウに鍛えられてな。おかげで今じゃ第2小隊だ」
「大出世だな。しかも戦闘小隊の名前だけでほぼ独立してるから、ほぼ専用部隊じゃねぇか」
サシウスが茶かすように笑う。無理矢理話題を逸らしたが、その言葉だけでサシウスとヒカリは察していた。
――天使の火炎。
戦場で広がった、人々を救った生き物のような炎を指す噂話だ。
それは地獄だった。本格化していく戦場は、想定外の敵の量に押されていった。
前線が崩壊する直前、兵士が死に飲み込まれる直前、どこからか巨大な炎が立ち上がった。
それは人々を守るように、どこからともなく沸いてきた。生き物のように敵に襲い掛かり焼き払っていく。
急な、謎の援軍と思われる炎に敵は大慌てで逃げ出し、その逃げ出した者さえも襲い掛かった。味方はただ茫然と、死なずに済んだことを喜んだ。
――天から祝福、天使の火炎……生き残った者はその炎をそう称した。
今の話を聞いたヒカリが、悔しそうな表情をより険しくした。
「思い出したくもない戦場ね。そっか、私はあの子たちに救われていたのね」
「それを言ったら俺もだ。あの『天使の火炎』が無ければ国は滅びて死んでただろうな」
サシウスが眉間にしわを寄せ、睨み殺せそうなほどの視線を作る。その視線は何もない天井へと向けられた。
「でもあの2人が前線で戦ったって情報を聞いたことがないわよ」
「あの後色々あってな。単独行動と奇襲メインになったんだ。その時も色々あって機密扱いになった。前線の作戦に組み込まれるのは、『天使の火炎』以来だ」
「良く許したわね」
「今後の運用の目途が立った、というより無理矢理提言してな。
「責任重大、ね」
ヒカリが嫌そうに呟いた。
「色々腑に落ちない点はあるが今は聞かない。それで、何を頼みたい」
サシウスの問いかけは確認だ。
「頼みたい事があるのは事実だが、そんな警戒するような事じゃない。信じろ。俺とお前の仲だろう」
「知ってる。それにリュウがこういう事言う時は、大半は他の人のためだ」
「分かってるならありがたい。頼みは1つ。今後2人に何かあった時は助けてやって欲しい」
リュウが頭を下げた。その行動にサシウスが眉間にしわを寄せる。
「さっき言ってた協力者、か。もちろん何かあったら協力は惜しまない。気になるのは、何であの子らではなくリュウが言う」
「その通りね。あの子たちがお願いするなら納得もするけど」
2人の疑問にリュウが頭を上げる。その表情はとても辛そうだった。
「ルウとユイ君は無駄に優しい。それこそ、自分たちの事を後回しにして周りを助けてしまうほどにだ」
「それは分かるわ。今回の作戦で一番危ないのはあの子たち。なのに、それを理解したうえで周りの心配ばかりしてる」
「そうだ。そして自分たちが一番無防備な時があるのを理解している」
「……殲滅魔法を使うのだからもちろんよ。その辺りはしっかり調べたわ」
「なら、分かるだろう。その無防備な時の
その言葉を言った瞬間、2人の空気が変わった。
「……本気で言ってるの?それはつまり、自分がどうなっても良いけど周りは助けるって考えよ」
「そうだ。本人たちは自覚していないがな」
「それがリュウが見た結論か」
「そうだ。間違いだったらどれだけよかったか」
そう呟くと俯いた。ヒカリはコップを握り込み睨め付け、サシウスは苛立っているようで腕組をして呟く。
「リュウがいつも以上に気にかける理由がよく分かった。あの2人は若くて、優秀で、優しくて、そして何より危険だ」
ヒカリは何も言わないが、小さく頷いた。
自分たちの戦場での危険性、足手まといとなる事、それにより誰かが犠牲になる確率が高い事、そこまで理解している。そしてしっかりと対策を取れば被害を
「その通りだ。まだまだ俺にも頼ってくれる事も少なくてな。こっちから無理矢理協力者を増やすしかなかったんだ」
「こんな隠れて、か?」
「2人の前で言っても、大丈夫と言いきって無理矢理断るのが目に見えてる」
「その通りね」
ヒカリが頭を抱えた。今3人にはルウとユイを放置するという考えはない。どう助けるかだけを考えている。リュウはともかく、今日会ったばかりのサシウスとヒカリさえも本気で助けようとしている。
「結局、『今は何もできない』が答えなのね」
「……そうだな。何もできない。あるとしたら俺とヒカリも協力者となって、いざって時に助けるだけだ」
サシウスが天を見上げる。考えても答えはない。それを理解しているが、考えないといけない。
「よろしく頼む」
リュウが再び頭を下げた。
「当然だ。せっかくだ、今度帰った時に酒でもおごれよ」
サシウスが悩み過ぎて引きつった顔を直そうと目元を揉みながら言った。本当はこの再開を祝い飲みたかったのだろうが、この後に続く作戦のためにも飲むわけにはいかなかった。
「今度っていつだ?そもそも帰れるのか?」
「今回の作戦が終わって後片付けが済んだら一時帰宅だ。何か起こらなければ数ヶ月は戻らずに済む」
「そうか。ならその時は連絡くれ。こっちもこれが終われば一休み期間だ」
リュウはそう言うと席を立った。これから夜動くことになるので、それに向けて仮眠を取らなければならない。
「そうだ、ルウとユイは飲めるのか?」
ふと気づいた、と言った感じでサシウスが呼び止めた。その言葉にリュウが苦笑い。
この世界では15歳からが大人の扱いだが、それより若くても仕事をしていれば大人と言う風潮があり、飲酒に関しても年齢制限がまだない。
「2人とも飲めるぞ。分かった、飲む時は誘うよ」
「頼むぞ」
サシウスとヒカリと言う最強の2人の協力者が出来たが何も改善していない。
それでも、少し気が楽になった気がした。
「――い――ユイ、ユイったら」
「……ん~……ん?」
「ユイ、時間だよ。起きて」
ルウに肩を優しく揺らされてユイは目を覚ました。外はまだ明るい時間だが、実際は目を覚ますような時間ではない。
「もう時間?」
「そうだよ、みんなも起きてるからユイも起きて」
馬車の固い床板に毛布をひいて寝ていたが、ぐっすりと眠れたらしい。ユイは座ると伸びをして体のコリをほぐす。長椅子の上で寝ていたはずのレインは既に居らず、足元で寝ていたライファとキョウヤもいない。
「はい」
「うん、ありがとう」
ルウが立て掛けてあったロングソードをユイに渡す。使う事はないだろうが、それでも戦場では携帯しないと落ち着かない。
「待たせてごめんね。行こう」
立ち上がり、馬車から出る。地平線はまだうっすら明るいが太陽は既に落ちていて、これから本格的な夜が来る。仕事の始まりだ。
「2人とも起きたな」
馬車から出てきた2人にサシウスが声をかけ、隣にはヒカリも居る。当初予定になかったが一緒に行くと言い張り、本体を他の人に任せて急遽メンバー入りした。
「すいません、遅くなりました」
「誰も気にしてないわ。なんなら、もうちょっと寝ていても大丈夫よ」
ユイが謝るとレインが危ない表情で手をワキワキと動かしながらフォローする。その動きと表情にヒカリがドン引きしている。他は慣れているのか見ないフリをしていた。
「リュウ隊長。号令をお願いします」
このままでは進まないと思ったのだろう。キョウヤが声をかけた。
「作戦内容的にはルウじゃないのか?」
「今は第2小隊所属ですし、サシウス隊長は臨時参戦ですからリュウ隊長が適任かと」
「それもそうか」
「そうだそうだ」
「サシウス、少し黙れ」
サシウスの合いの手をリュウが咎めるが懲りた様子は一切ない。
出撃メンバーはルウ、ユイ、リュウ、そしてライファ、キョウヤ、サッシャ、レインの第2小隊全員。急遽入ったサシウスとヒカリで合計9人。
過剰戦力だがエリザベスに連れて行ってもらう事、明日の作戦の準備を考慮したためこのメンバーになった。
他の戦闘部隊はこの後出撃し、明日朝から陣を敷く予定だ。
全員そろったのを確認するとリュウが背筋を伸ばす。その変化に気付き、全員が作戦の開始を感じ気を張り詰めた。
「
「「「了解!」」」
「いつも『了解!』って言わせる側だから、言うのは変な感じだな」
「だから緊張感を壊すな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます