7.魔法連隊
「後ろの2人は?リュウの部隊で見覚えないんだが」
リュウと握手をしていたサシウスがリュウの後ろにいたルウとユイに気付くとチラリと見た。
「サシウスは初めて会うのか。うちの部隊に入った2人だ。別動隊だったんだが今回から一緒に動けるようになってな。若いが優秀だぞ」
リュウが簡単に紹介すると2人に目を向ける。サシウスも2人を見るが顔がとても怖く、一瞬怯えてしまった。それでも立場と状況を弁えており、すぐに挨拶をする。
「初めましてサシウス隊長。戦闘第2小隊、ルウです。普段は別動隊です」
「同じく戦闘第2小隊、ユイです」
「そうか。俺は戦闘第1小隊、隊長のサシウスだ。今回はよろしく頼む」
2人の挨拶にサシウスも答えるが、なぜかサシウスの表情は少し寂しそうな表情に見える。しかしその表情もすぐに消え、隊長としての表情になった。
「まずは座れ。明日についての打ち合わせだ」
「失礼します」
2人は勧められるままに近くの適当な席に座る。リュウはサシウスの隣へと座った。
「お茶だよ」
部屋の隅でお茶を入れていた女性が人数分のお茶を持ってきた。のんびりとした印象を与えるが、頭に巻いた包帯が痛々しい。
「ヒカリ、その頭はどうした」
そんな女性――ヒカリにリュウが心配そうに声をかける。
「前回の小競り合いでちょっと頭ぶつけたのよ。大丈夫、もうそろそろ外せるわ」
「そうか」
ヒカリはぶっきらぼうに答える。これ以上聞くのも失礼と判断してリュウも黙った。
「そんな事より、こんな子供を戦場の最前線に連れてきて何考えてるの?」
ぶっきらぼうに見えたのはただ怒っていただけらしい。ルウとユイを見て、リュウに詰問する。
「それは本人達が希望したからだ。それで問題ないように俺がサポートして――」
「それを止めるのが仕事でしょうが!」
リュウの言い訳にヒカリが机をバンッ!と壊しそうな勢いで叩いてキレた。お茶は少し零れたようだが、倒れないようには一応加減したようだ。怒られるとは思っておらずルウもユイもビクッ、と怯えた。
「あ、あの、リュウ隊長は――」
「今リュウに話してるの。少し、静かにしててね」
ユイがフォローしようと声をかけるが、ヒカリがとても怖い笑顔で優しく遮った。
「いえ、あの――」
「静かにしてて、ね」
声音も表情もとても優しそうなのに、何かがずれている。そのせいで優しさが恐怖を植え付ける。怒られるよりも怖い、怒りのオーラをまとった満面の笑みだった。さすがのユイも黙る。
「ヒカリさん。リュウ隊長は本当に僕たちが問題ないようにフォローしてくれています」
ルウが椅子から立ち上がると、ヒカリはルウを睨め付けた。実際はただ満面の笑みで見ただけなのだが睨め付けたようにしか見えない。ルウはその笑みをしっかりと受け止め、ヒカリの目を見つめ返す。そんなルウにヒカリは何か言おうとするが、止めたのはサシウスだった。
「ヒカリ、一回落ち着け。子供を戦場に立たせるのに抵抗があるのは分かるが、今は堪えろ」
「それはつまり
「それをこれから確認するんだ」
「……はい」
「何のこと、ですか?」
何かを話し出す2人に、ルウが確認を取る。ユイは訳が分からないと言う表情だが、リュウは何かを察したようにしている。サシウスが1つ深呼吸をすると、ルウとユイ、2人を見つめた。
「単刀直入に聞く。『
「!」
聞かれた瞬間、ルウは視線を回し自分達以外に誰も居ない事を確認する。そこには落ち着いたしっかりとした少年ではなく、知られたくなった秘密を知られ怯え焦るだけの少年だった。
ユイもルウの服を掴み動揺しているのが分かる。
「2人とも落ち着け。サシウスもヒカリも信頼できる。おいサシウス、どこで知った」
リュウが特に気にせず止める。打ち合わせなのに他の人を一切呼ぶ様子もなく、この最少人数で済ませようとしていたことに違和感を持っていたのだろう。今度はこちらが詰問する側だ。
動揺しているルウとユイ、諦めたようなリュウの反応にサシウスは深いため息を吐き、ヒカリは辛そうにした。
「やっぱり、そうなのか」
「……」
2人は黙る。何を言っていいのか分からないらしい。救いの手を伸ばしたのはリュウだった。
「お前らはどこで知った?」
リュウが問いかける。主語も何もない問いかけで誤魔化す事は可能だが、サシウスは素直に答える。
「魔法奇襲部隊について色々と調べたんだよ。ヒカリに危ない橋渡ってもらったり、大変だったんだ」
「その程度で調べられるほど簡単な情報じゃないだろう」
手持無沙汰だったようで、リュウがお茶に手を伸ばす。ルウとユイは動かず、まるで審判を待つ被告のように俯いたままだ。
「簡単じゃなかったな。噂程度は集まるが確信を持てる情報は無し。
「そのはずだ。別動隊で一緒に動くこともないし、戦場でも人前で戦うような事がないようにしてきたからな」
「おかげでさっぱりだった。どうにもならなかったよ」
リュウが答えると、サシウスが椅子の背もたれに体を預ける。ただの固い木の椅子のため、ギシッとなる以外変化はない。答えたのはヒカリだった。
「だから私が動いたの。敵の方に侵入したら色々面白い情報が出ると思ってね」
「なんて、無茶を……」
「何度かやってるから慣れてるわ」
ヒカリの答えにルウが絶句する。捕まったら殺されるだろう。それを知らないわけがない。
「そしたらね、『子供の魔物もどき』や『2人組の魔人』って言葉が出てきたの。それでやっと答えが見えた気がしたわ」
「俺もヒカリからその情報聞いた時、『第2の切り札』って言われてる子供が
サシウスが2人を見つめる。覚悟したのだろう、2人はその視線を正面から受け止めた。そしてルウが口を開く。
「1つ訂正ですが、『第2の隠し兵器』は周りが勝手に読んでいる呼称です。一応『魔法連隊』が使われている名前です」
「言って良いのか?機密に引っかからないか」
「引っかかりますが、必要に応じて説明する権限は貰っています」
「大盤振る舞いだな」
「危険な仕事なので、身を護るために色々と。それにリュウが信頼できると言ったので」
「……そうか」
サシウスが落ち着くようにお茶を一口飲み、頭を抱えた。場が重くなりそうになったところ、なぜかリュウがとてもいい笑顔で言い放った。
「ついでに俺も説明の権限は貰っている。隊長だからな」
「リュウには聞いてないから黙ってろ」
「おい、扱い酷くねぇか」
「今に始まったことじゃねぇ。考えてるんだ、お前と話してる気分じゃねぇ」
「ひでぇ……」
リュウとサシウスがコントを決めるが、それを笑う余裕がある人はここには居ない。そんな馬鹿をやったリュウだが、急に真面目な表情に変わる。
「どっちにしろ、サシウスが話さなくても俺が話したがな」
「どういう、こと?」
ルウが不安そうに聞く。サシウスはやっぱり、と言った様子で表情を緩めた。顔は怖いままだったが。
「リュウは昔から心配性なんだよ。今回の作戦で何かあっても大丈夫なように、そして今後何かあった時に協力者が欲しかった、ってところだろ」
「それで昔から面識のある私とサシウスに打ち合わせがてら協力を仰ごうと思ってた、ってところでしょう。私たちがここまで知ってたのは予想外だったみたいだけど」
「その通りだ。優秀とは知っていたがここまでとはな」
リュウがお手上げ、と言った様子で肩をすくめる。その様子にサシウスとヒカリは笑い、ルウとユイは話に追いつけずポカンとしていた。
「そうね。今後は何かあったら私たちも守るから安心してね、って事よ」
困惑する2人にヒカリが笑いかけ、サシウスも怖い顔をより怖くして笑いかけた。
「……」
ルウとユイが顔を見合わせる。どうすべきか答えが分からないのだろう。
「少しづつでも信頼できる相手を増やしていけ。俺らだけじゃ間に合わない時も出るだろう。今後を考えるとその方が良い」
リュウの呟きに2人が視線を向ける。そこにはいつも以上の優しさがある。
「まだ難しいのは分かるが、少しづつでもな。こいつらは大丈夫だ。それにこのままじゃ話が進まないからまずは明日の打ち合わせだ。良いな。だからサシウスはその怖い笑顔を止めろ」
「良い話で終わらせろよ。俺の顔が怖いのは重要か」
「重要だね。怖いのは事実だから」
リュウがからかい、サシウスもヒカリも笑う。その様子に、2人はつられて笑顔を浮かべた。
打ち合わせ自体は何もなかった。それこそ、雑に作戦の説明を受けて誰が何をやるかの確認だけだ。最初の紹介の方が長かったぐらい。
作戦としては、敵が来たところを遠くから他の味方に弓で撃たせる。その効果を上げるためにルウとユイが呼ばれた。
夜のうちに地下に広範囲の氷を作る。日が上がり敵が進軍してくるころには氷が解けて沼地のような状態になる。そこで弓の打ち合いにして有利に運ぼうという作戦だ。
無理矢理突破する相手にはサシウスが中心となった精鋭部隊で止める。ただそれだけだ。
ルウが当然と言える疑問を持つ。
「シンプル過ぎて効果薄そうだけど、どうなのでしょう?」
「それに関してだが予想よりかなり高くなる見込みだ。今回進軍してくる敵だが、大半が従軍経験も無さそうなんだよ」
「……何ですかそれ」
サシウスが疑問への返答するとルウが悩みだす。大規模に侵攻してきているのに、戦力は数だけの部隊。答えを先に予想したのはユイだった。
「だから私たちが作戦に入ったんですね。相手の狙いがよく分からず普通に戦って負ける事も、そもそも被害も少ないと思われる。でも戦闘以外に狙いがあった場合困るから、戦闘が長引くのを出来るだけ防いで相手の作戦に乗るのを避ける、と」
「そういう事よ。2人とも優秀なのね」
ヒカリがユイにお茶のお代わりを注ごうとするが、もう終わるからと止める。
「僕は保険、かな」
「そうだ。万が一沼地の効果が薄かった時に、ルウにも頼みたい」
そう言うと、サシウスがルウに頭を下げる。
「サシウス隊長、頭を下げないでください。立場的には戦闘第2小隊の部下なんですから、そんな事したら嘘がばれます」
「そうだな、すまない。だが今回の作戦の肝はユイであり、ルウだ。よろしく頼むぞ」
「「「はい」」」
「打ち合わせは以上だ。質問は無いな」
「ありません」
「私もありません」
「分かった。出発は深夜になるから、それまで休んでてくれ」
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