3.リハビリ

翌朝のまだ日も登り切っていない頃、広場ではたくさんの人が訓練を行っていた。

走る者、武器を振る者、打ち合いをする者、多種多様だ。

ほとんどが戦闘職。最前線で敵と殺し合いをする人々だ。

そんな中、ルウも武器を振っていた。木刀に布をグルグルに巻き刀身を柔らかく、殺傷能力を極限まで減らした物だ。もはや武器と表現するのもおかしいレベルになっている。

そんな武器を綺麗に振っている。上段から振り下ろし、切り返す様に下からの袈裟切り。

「……っ」

そのままグルっと一回り、薙ぎ払うように木刀を振る。そのままピタリと動きを止めようとしたが出来ず、そのままもう1回転してしまった。

「はあぁああ……」

一息をついた、と言うよりもただのため息だろう。大きく息を吐くと、まるで血振りをするように木刀を一振りし、そのまま納刀するように腰に当てた。

「おはようルウ。調子はダメそうだな」

その様子を近くから眺めていたリュウが朝から元気よく声をかけてきた。左手に木刀を持っているが、右手には身長を超える程の棒も持っている。槍を想定した物だろう。

「おはようございます、ルウ隊長。今日はよろしくお願いします」

そんなリュウの後ろから、無事生きていたライファがやかましく元気よく声をかけてきた。こちらも長い棒を持っている。だがよくみると、ライファの手が震えている。これからの練習試合に対する武者震いではないだろう。

「おはよう、リュウ、ライファ。昨日の今日だから、さすがにこんなもんだよ」

ルウが肩をぐるりと回す。と、少し痛むのか顔を顰める。それでもすぐ表情を戻した。

「それでライファ。大丈夫?」

そう聞かれた瞬間、ライファは見て分かるほどに震えだした。冷や汗もダラダラと流れている。ただ調子を聞かれただけなのに、なぜかとてつもない緊張の中に居る様子。

「大丈夫です!先日は大変失礼しました!」

いつもの軽い口調はどこへやら、とても似合わない敬語で釘でも打たんばかりの勢いで頭を下げると綺麗な直角を作り上げた。

昨日とは別人のようなライファに恐怖を覚え、リュウに「何をしたの」と目線を送る。リュウは「知らん。レインに聞け」と肩をすくめる。話し合いだけのはずなのだが。

おそらくとても素晴らしい話し合いがあったのだろう。後日レインに何をしたのか聞いたが「話し合いよ」と満面の笑みを返された。話し合いだけなのだから当然怪我をする訳もなく、ライファはとても元気だ。

「問題ないよ。それじゃ今日はよろしくね」

「はい、よろしくお願いします!」

ライファはそう挨拶すると少し距離を置き、持ってる棒を振り始めた。ルウはその様子を横目に、リュウに近づいて小声で話し始める。

「リュウ。僕は大丈夫だけど、本当に良いの?」

「良いんだよ。ライファは一度痛い目に合わないと理解しないからな。それにライファは最近実力が付いてきたせいか練習相手が足りないんだ。俺が相手でも十分なんだが、色んな人を相手にしないと悪い癖が付くかもしれないから」

「それなら良いんだけど、本当に大丈夫?その……まだ本調子じゃないから、やらかす自信あるよ」

「ライファは頑丈だし大丈夫だ」

「大丈夫なのかなぁ……」

「遠慮しないでいつも通りやれば良いんだよ。良い機会だ、しっかり実力差見せつけてやれ」

リュウはそういうと、ルウの肩をトンっと優しく叩いた。


「ルウ隊長、お待たせしました」

ライファが振っていた棒を止めて、ルウに向かう。ルウがその様子を見て、持っている木刀もどきを構える。

「出来るだけ寸止めするけど、ちゃんと避けてね」

「大丈夫です。そもそも攻撃されるような間合いに入れませんので」

「……その言葉、後で後悔しないでね」

丁寧な言葉ではあるが、言葉の軽さは治らなかったようだ。ライファの自信満々の言葉に少しイラっとしたルウの目つきが変わる。

ちょっとした挑発のつもりだったライファは「(言葉間違った)」と冷や汗をかく。


周囲で訓練をしていた者が訓練を中断して集まってきた。

ルウがリュウ以外と試合をする。滅多に見れない状況に、近くで訓練していた人たちが観客になっているのだ。

「おい、ルウ隊長がライファと試合するみたいたぞ」

「え、リュウ隊長とじゃないのか?」

「それがさ、準備してるのがライファなんだよ」

「ホントだ。何かあったのか」

「また何かやらかしたんだろう。昨日もレインに埋められてたし」

「あぁ……」

「でも、羨ましいよな。ルウ隊長と試合出来るなんて」

「ルウ隊長すごいもんな。優しいし、実力もあるし」

「でもルウ隊長がリュウ隊長以外と練習してるの、見たことあるか?」

「ない。ルウ隊長の相手が務まるやつが居ないんだろう」

「俺、少し前にサッシャとレイン様が組んでルウ隊長に挑んでるのなら見たことあるぞ。相手にされてなかったが」

「サッシャもすごいよな。タイマン弱いのにレイン様に合わせられるんだから」

「あれはルウ隊長とは違う意味で化け物だから」

「どっちにしろルウ隊長とは一度やってみたいよな。負けても良いから、勉強になりそう」

「そうだな、やってみたい」

もう、訓練をしている者はほとんどいない。訓練場が闘技場のようになっていた。


ライファは集まった視線に緊張し、手汗で滑りそうになる槍を構えた。

「(注目されるのは分かってたけど、ここまで見られるのか)」

周りの兵士はルウとリュウの練習を見る機会は何度かある。ただし自分達との圧倒的な実力差があるから、どこまで強いか理解できていなかった。ただただ強い、それだけしか理解できていない。

だがライファは違う。周りの兵士にはライファとの練習の経験者も多く、お互いに実力差を理解している。

理解できる物差しがライファだからこそ、ルウの力の一端でも理解できるのではないか。そういう思いがあるのだ。

「(まぁ、関係ない。やるだけやってやる)」

ルウからは一切目線を逸らさない。息を深く吸う。そうしないと空気に飲まれそうになる。

それでもルウは動かない。

薄く微笑んでいるような表情のまま、ライファを見つめ木刀を正面に構えている。

「(このままじゃ、先に集中が切れる……なら!)」

ライファは一気に間合いを詰めてギリギリから突きを放つ。ルウが踏み込んでも切り返してきても、一気に逃げる。そういう距離を保った堅実な攻め。

「ふっ!」

「……」

ルウは半歩下がり、体を半身にして簡単に避ける。本当に調子が悪いのか、疑わしいレベルの綺麗な回避だ。

そのままだとルウに距離を詰められる。その恐れから突いた槍を戻す、と同時に近寄られないように切り払う。

「ちっ!」

「……っと」

予想通りルウはしっかりと距離を詰めに来たのに、ライファの攻撃がギリギリ当たらない位置で避ける。

それ以上距離を詰めずに様子見してくるルウにライファはもう一度、今度は連続した3段の突きを放つ。ルウは再度半身になり避け、ほとんど後ろに下がらずに受けきった。

全ての攻撃を見切られ、いつでも反撃が出来る。それを今の動きで見せつけた。

「なんで、反撃しないんですか」

ライファの口から疑問が漏れる。今の攻防でルウが反撃をすれば確実に負けていた。ライファからしたら延命されているような状態だ。

「なんでって、ここで終わったらお互い練習にならないでしょ」

何を聞いているのか。ルウはそう言わんばかりに答える。ものすごい失礼な事を言っているがライファ自身、実力の差を体感しているので何とも返せない。

「何やってるんだライファ!さっさとやられろ!」

「そうだぞ!俺は30秒で賭けてるんだ!超えちまうじゃねぇか!」

「いやダメだ、もう少し耐えろ!1分は耐えろ!」

「ルウ隊長、もっと加減してください!ライファが2分耐えれば俺の総取りなんだ!」

周りからあんまりのヤジが2人に飛ぶ。もはや練習場でも闘技場でもない。

「っ、この……てめぇら、他人事だと思いやがって!こっちだって必死なんだよ!」

「っ……クスッ……くっくっく……」

「ルウ隊長も笑うな!」

周りの酷すぎる言い分にライファがキレ、ルウが堪えきれずに笑い出した。もはやただの見世物だ。しかも残念なことにライファが勝つ方に賭けた者は居ないらしい。かなり早い時間に負ける前提のようだ。

「必死でもいいからさっさと落ちろ!この話してる時間ももったいない!」

「そうだそうだ!おい胴元、この時間は入れないよな」

「入れませんよ。入れても入れなくても、結果は変わらないでしょうが」

「いや入れろよ!大穴で2分超え入れたんだから、これも足してくれないと割に合わん」

「どうでも良いから、さっさと反撃されて落とされろ!」

周りのヤジは、どんどん質が悪くなっていく。そもそも、勉強のために見ている人が1人でも居るのだろうか怪しくなってきた。

「攻めるだけで大変なんだぞ!少しでも隙があったら殺されるんだよ!」

「殺さない、ぷっ、よ。はははっ」

ルウがお腹を押さえて笑い始めた。その様子にライファもルウから注意を逸らし、周りに文句を言っている。

「おいお前ら、そもそも何勝手に賭けを始めてるんだ!それに、何で誰も俺に入れてないんだよ!」

「え、勝てるの?」

「無理でしょ。勝てるわけないじゃん。なら時間で賭けるの当然だろ」

「だな。他に賭けに使える要素ないし」

「お前ら……この試合が終わったら覚悟しろよ!」



「はぁ、ふぅ。このまま続けても文句出そうだし、こっちも本気で行っていいかな」

ルウの笑いが落ち着き木刀を構えなおす。まだ頬が笑っているように見えるが波は過ぎたようだ。どう見ても隙だらけだったのだが木刀を手放したりせず、ずっとライファに向けていた事を考えるにルウは笑いながらもライファに反応できる状態だった。ライファの方がツッコミに忙しく隙だらけだったほどだ。

「せっかくだ、よろしくお願いします!おいてめぇら!ここから3分耐えたら俺の総取りだ!」

「よっしゃあ!さっさと落ちろぉお!」

「お前が1分も耐えられるわけがないだろが!」

「2分以上でで俺の物だったのに!ライファ、てめぇボコボコにされちまえ!」

ルウの全力を味わえるのは滅多にない事である。大変かもしれないが、実力をつけるうえでは最高のチャンスだ。ライファもそれを理解しているからこそ、こういう機会に味わい追いつきたいと思っている。

「は?……っ」

そして戦いは再開され、ルウが一瞬でライファの懐に入ってきた。ライファは急激な動きに一瞬対応が遅れる。

そのまま、木刀を薙ぎ払うように叩き込んだ。ライファは急いで戻した槍で受け止めるが、あまりの威力にその場で耐えきれず、横に飛ばされる。

「ふっ!」

吹き飛ばすと同時に木刀を一気に戻す。そして反対側から、つまりライファが飛んだ側からもう一撃回転するように叩き込んだ、初撃に驚いていたライファだが実力は折り紙付きだ。2撃目はしっかりと受けきった。ただピンボールのように飛んでいる。

ルウは力が強い方ではないのだが、それを補って余りある身体操作がある。体と体重を上手く使って威力を限界まで出したのだ。

「あっぶな。ルウ隊長もうちょっと加減してください」

「本気で良いって言うから、本気で行ったんだよ。ここで決めるつもりだったのに」

ライファがしびれる手を軽く振り、槍を握りなおす。その様子にルウはまだ大丈夫そうと安心する。

「次行くよ」

「ひっ」

ルウの宣言に先ほどの一撃がライファの脳裏をよぎり、引きつるような悲鳴を上げる。その悲鳴を無視しライファの上段から木刀が叩き込まれる。カウンターを狙ってギリギリで躱す選択肢があるが、その技術も反応速度も今のライファにはない。振り下ろされる木刀から逃げるために大慌てで後ろに飛び、距離を取る。

「逃がさない」

ルウはそう呟くと振り下ろした木刀を地面にぶつけ、その反動で一気にライファに追撃となる突きをかける。木刀は布で保護されているが、当たれば当然痛い。

それでも距離を取って少し落ち着いてきたのだろう。ルウの突きを冷静に払い距離を縮めた。凶悪な連携攻撃にも慣れてきたらしく、反撃開始を狙う。

だが近すぎる距離は取り回しの良い剣の、この場合は木刀の距離だ。

突きを放った木刀を一気に戻し左右からの連撃を放つ。衝撃に吹き飛びそうになりながらも、ライファは何とか耐えていく。爆音のような衝撃音が練習場に響き渡っていく。

「(こんなのどうすりゃ良いんだよ。距離も取れないし、好き放題されるし)」

反撃の糸口すらつかめないままルウが竜巻のように、上下左右様々な方向から木刀を叩きつける。ライファもギリギリ受けきっているが反撃の余裕はなさそうだ。

「1分経過」

「っ……」

胴元の無慈悲な一言にライファがついツッコミを入れそうになるがそんな余裕は一切ない。一瞬でも気を抜いたら吹き飛ばされるだろう。

「(――やっべ……そろそろ無理)」

ルウの攻撃に対処しきれなくなり、少しずつ後ろに下がり始めた。それでも吹き飛ばされず対処しているのはさすがと言える。だがそれも長くはもたなかった。

「えっ」

ルウが攻撃を当てる瞬間、あえて止めた。予想だにしない動きにライファが固まる。厳しいながらも攻撃に慣れてきており、何とか受けれるようになってきた。

けれど限界も近かったため、受けた瞬間に木刀を押し返し一息つくタイミングを探していた。そのタイミングを完璧に外された。外されてしまった。

その変化に動揺し固まる。それはどんな一撃でも食らってしまう大きな隙となる。次の瞬間、動きを止めた槍に木刀を当てられると上へと跳ね上げるように弾き飛ばした。

「あ」

誰が言った一言だっただろうか。

ルウはがら空きになった胴体へ薙ぎ払うように一撃を放った。

ライファの隙は褒められたものではなかったが、この後の反応は素晴らしかった。動揺した中でもルウの動きをしっかり見ており、この一撃に反応して全力で後ろに跳び紙一重で避けた。もし跳ね上げられた槍を振り下ろせるほどライファに実力があれば、悪くても引き分けには出来たかもしれない。

そしてルウはその上を行く。

躱された木刀をそのまま一回転し距離も一気に詰める。反応も対応も出来ないライファに、遠心力で威力も増加したタイミングも申し分ない確実な一撃。

ライファはこの完璧な一撃を躱すことも反撃するは出来なかった。胴体を下から上へと切り上げるような角度で木刀を振り抜き、当たる直前にピタリと止めた。

完璧な一本、ルウの勝ちである。



「うぐおっ……」

ライファが空を跳んだ。止めたはずの木刀は止まらずに、威力も一切減らさずライファの胴体を殴り飛ばした。

それは、まるでピッチャーフライのように。

しかし残念かな。ピッチャーフライと呼べるほど飛ばすにはボールライファは重すぎた。距離的にはそんな飛ばず、キャッチャールウが頑張れば届きそうな距離だ。当然周囲を囲む人までは飛ばず、誰も居ないエリアへと落下する。

「ごふっ!」

そしてそのまま誰一人として助けようともせず、予想だにしなかったフライファボールは地面へと落下した。


野球的にはセーフだろうが、状況的にはアウトだった。

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