2.護る者達

コツ、コツと杖を突く音がその場に響く。

リュウが先頭を歩きながら、後ろをルウとユイがゆっくりと歩いていく。杖を突いているため、どうしても移動速度は遅くなりがちだ。普通に歩く速度の半分くらいだろうか。

先頭を進むリュウは一切後ろを見ないながらも、杖の音を頼りに離れすぎないようにゆっくりと歩いていた。

周囲に人はほとんどいない。書類を抱える人が時折通るぐらいだ。

そのまま進んで行くと大きな部屋へとたどり着いた。学校の教室3部屋ほどの広さ。調理場を含めたらその倍の広さになるだろうか。

食事エリアにはテーブルと椅子が並んでいるが人は数名しかおらず、話し声は聞こえるがずいぶん静かな印象の部屋だ。

まぁ、ほんの1時間もすると人が増えてきて、戦場のような忙しさになるだろうが。

先頭を進んでいたリュウが話しかける。

「ルウは何食う?」

「まかせる」

「あいよ。ユイ君も取り行くぞ」

「あ、はい」

リュウは慣れた様子でルウの希望を聞き、そのままユイを引き連れてカウンターへと向かう。

そのままルウは周りを見て、リュウが来るまでに近くの席に座ろうとする。

「ルウ隊長、こっちこっち!」

すると、端で固まって座っていた4人のうちの1人に声をかけられた。大きく手を振っており、声をかけた相手を間違える事はないだろう。ただ大きすぎる声とその行動に、部屋の全員の目がその声を追いかけた。そんな様子にルウは小さな笑みを浮かべながら、近寄って行った。

「ライファ、久しぶり。皆さんも元気そうで何より」

そう、声をかけてきた相手――ライファに挨拶をした。座っているため分かりづらいが、身長はしっかりあるだろう。

「ライファ、そんな大げさに呼ばなくても分かるだろうに。もう少し静かにしろ」

そんなライファを隣に座っていた男――キョウヤが顔をしかめながら咎める。

「気づかないかもしれないだろ?」

「人も少ない。そんな大声出さなくても気づく」

「そうか?それでも、小さくて聞こえないよりは大声で聞こえる方が良いだろう」

「加減しろ。隣に座る俺が煩いんだ」

「俺は煩くないから大丈夫だ」

「あのなぁ……」

「ストップ。ルウ隊長が立ちっぱなしだから。まずは座ってもらうのが先でしょう?」

「「はい……」」

そんな2人のじゃれ合いを対面に座る人が止めた。ライファとキョウヤがすぐ止めるよう、見えそうな程の恐ろしいオーラを出しながらだ。

「ありがとう、レインさん」

「お礼なんて良いのよ。相変わらず真面目ね」

ルウは勧められるままにライファの隣に座った。ライファは座りやすいよう、横から椅子をひょいと動かす。

そんな行動を満足そうに女――レインはうんうんと頷いた。

「出撃後は大変でしょう。このバカ2人もそういう気配りがもっとスムーズに出来ると良いんだけど……」

「キョウヤが俺に余計な事を言うから」

「ライファからだろ」

「へ・ん・じ・は?」

「「はい……」」

立ち続けるのも大変な人を放っていた2人に、本当に釘を刺しそうに威圧をしながら釘を刺す。レインが居なかったら、恐らくこのまま口喧嘩に発展していたかもしれない。

「サッシャも止めてよ。いつも止める私の身にもなってよ」

「……めんどい」

レインは隣に座る男――サッシャに声をかけるも、サッシャは一言だけ返すと、レインを無視して手元の本に目を落とした。なお、本があるからそちらに集中しているのではなく、本があってもなくてもこんな様子だ。

「はぁ、全く……。ルウ隊長もご飯食べに来たのよね?」

「はい。リュウとユイがカウンターに食事を取りに行ってます」

レインの質問に、ルウはカウンターをチラッと一瞥する。既に食事は受け取り終わったのだろう。トレイを持ったリュウとユイがこちらに歩いてくる。もちろん、リュウはトレイの2つ持ちだ。

「みんな悪ぃな。待たせた」

リュウはそう声をかけるとルウの隣に座り、2つ持ったうちの片方をルウの前に置いた。ルウは「ありがとう」と声をかけるがリュウはすぐに「気にするな」と苦笑いを返す。いつものやり取りだ。

ユイはルウの正面、ちょうどレインの隣になる位置だ。

「遅いっすよ隊長。ルウ隊長を迎えに行くだけだったのに」

「すまんすまん。向こうで少し話してたからな。食事にするぞ」

一瞬恐ろしい気配を感じたが、気のせいだろう。準備が出来たとなり、サッシャも手元の本をしまった。

「お姉ちゃん、ご飯だからその手止めない?」

「あらごめんなさい。久々にユイちゃんと会えたから、つい」

レインの隣に座ったユイは、座ると同時にレインに頭をなでられていた。この場で無かったら抱きしめていそうだ。ちなみに久々と言っているが5日しか離れていない。

そしてレインはユイにお姉ちゃんと呼ばせているが血のつながりも何もない。初めてユイと会った時に、レインの何かに触れたらしい。

「お姉ちゃんと呼んでね」と会うたびにユイに言うから、ユイが根負けしてお姉ちゃん呼びとなった。

ユイも悪い気はしていないのだろう。呼ぶときはいつも楽しそうだ。

「お前ら、冷める前に飯にするぞ」

『いただきます』

今までのじゃれ合いが嘘のように、そのまま食事が始まった。


「ルウ隊長、今回どこ行ってきたんだ?次の共同戦線まで待機って話じゃなかったか?」

食事をしているなか、ぽつりとライファが聞いた。

「ん……」

しかしタイミングが悪く、ちょうどルウの口の中がいっぱいである。ユイにいたっては、まだご飯中ではあるがうつらうつらと船を漕いでいる。ルウの事が不安でほとんど寝れなかったのだろう。そのままこてん、とレインの肩に倒れた。

「言われてみればそうね。作戦の前に時間が出来たから、ゆっくりと休むって言ってなかった」

レインも思ったことを言いながらユイを受け止める。その様子に気付いたサッシャが隣のテーブルから椅子を持ってきて、レインに渡す。ユイが落ちないよう、その椅子を綺麗に並べ簡易のベットとすると、自分の膝を枕にして寝かせた。

「ごくん……発表はされないけど、ペラルゴとやる戦線の少し北。拠点建設の恐れがあるから、それの妨害の命令が出たの」

報告書の一文を読むように言うと、手元のコップからお茶を一口飲む。



ペラルゴ――ペラルゴ王国とは、現在戦争中の敵国だ。

元々友好国、と言う訳ではないが小競り合い程度は長年してきた。全面的な戦争とはなっていなかったが、数年前にここ、国家フォーサイシアに布告。フォーサイシアは奇襲に近い動きに苦戦をしたが周囲の友好国の協力の元、何とか耐えしのいだ。

周辺国の協力の中でも不利を覆せず、ギリギリを耐えてきた中で浮かんだのが、使い物にならない『殲滅魔法』を用いた部隊である。

完全な奇襲専門。魔法使用者と救助者を分け、一撃離脱に特化した部隊。

それが、ルウとユイのコンビである。



「かなり奥まで侵入したんだな……」

そう呟き、リュウが悩み始める。そこにライファが疑問をぶつける。

「今回の共同戦とは関係ないよな?なんでそんな急いで奥まで?」

「敵も似たことを想定していたみたいで、補給用の拠点を作ってたんだって。このままだと共同戦線の次の作戦が厳しくなるから、作戦前に潰したかったらしい」

「それで、ルウ隊長とユイちゃんにそんな無茶させたのかしら。全く、偵察は情報が遅すぎるのよ」

レインが文句を言う。

ルウは会話がひと段落すると、そのまま食事を続ける。(ユイを除いた)他は食べ終わっているが、ルウだけはまだ半分以上残しているような状態だ。まだ体の動きが不十分のため、ゆっくりしか食べられないのだろう。

「と、なると。今回の作戦は大変そうだ」

リュウが、面倒そうに伸びをする。

「リュウ達は今回どこの護衛に行ってきた?」

ルウが、口の中が無くなったタイミングでふと尋ねる。

「ルウとは反対、少し南の方の果樹園地帯だ。賊や魔物が出るって話で、その討伐と護衛をかねてな」

「結局どっちも出なかったわ。だから途中から賊だけでも狩ろうって話になったのよ。……ライファとキョウヤがすごい勢いで探し回ってねぇ」

「しょうがねぇだろ!あんな上手い果物作ってるのにそれを狙う賊が許せなくて」

「そうだぞ。美味いは正義なんだ」

「そうだぞ!」

「限度があるわよ!おかげで、私とサッシャがフォローに走り回る羽目になって」

「……辛かった」

「隊長は隊長で他の部隊との兼ね合いもあって動き回れなかったし。おかげで応援来るまで、ずっとフォローに回る羽目になったのよ」

「んっ……」

『!?』

会話が白熱して声が大きくなったため、レインの膝で寝ていたユイが身じろぎをした。瞬間、「全員黙れ!」と言わんばかりの警戒感が広がり、シンッと静まり返る。聞こえるのは、遠くの会話と物音だけだ。

「んー……すー」

「(……はぁ)」

ユイはそのまま起きることなく、寝なおしたことにより全員の緊張が解けた。別に起きたからと言って何が起こるわけではない。

ユイが寝てる時は素直に寝かせたいと思っているだけだ。

出撃後はいつもこんな様子になる。ルウが殲滅魔法を撃った後は心配からか夜もほとんど寝ずに看病しており、こうなってしまうのだ。全員がそれを知っているため、少しでも休めるようにする、と勝手に決まった。

「ユイちゃんたら、もう少し自分の体の心配をしてくれたらいいのに。体壊しちゃうわよ」

「……俺たちが言えたセリフじゃない」

「それも、そうね」

兵士として無理を無茶をしながら動き回っている。サッシャの呟きに、レインが返す。まともに寝れない、命がけ、それが日常茶飯事な仕事だ。

「そうだ、ライファ」

「なんですか、隊長」

ふと、思い出したかのようにリュウがライファに死の宣告をかける。

「明日のルウのリハビリ試合、ライファ担当な」

「え……は!?」

あまりの一言に、椅子をひっくり返して立ち上がる。かん高い音を立てて倒れるが、誰も気にする余裕はない。

「仕上げは俺じゃないと出来ないが、最初のウォーミングアップはライファに任せる」

「ちょっとまってください隊長!何言ってるんですか!死んじゃいますよ」

「殺さないよ」

「いやルウ、殺していいぞ」

「ルウ隊長が否定したのに何言ってるんですか!?俺なにかしました?」

「した」

「してたぞ」

「したわね」

「……した」

「え、したの?いつ?」

「んー……」

「ルウ隊長だけ理解してないのに何で殺されるんだよ!俺何したの!?」

その言葉に、リュウは悩み、何かに気付いたように小声で返す。

「お前最近強くなって調子乗って好き放題動き過ぎなんだよ。反省する相手には丁度良いだろう」

「それは反省します!けどルウ隊長とリハビリ練習は死んじゃいます!」

「おいライファ、少し声をだな」

「――ん?何が……?」

「(あっ……)」

目を覚ましてしまったその声に、ライファ以外が固まった。

「何がじゃねぇ!俺死ぬ一歩手前なんだよ!」

「そうなの?」

「そうだよ!嬢ちゃんからも何か……えっ、嬢ちゃん?」

「はい。すいません、また寝てしまって……」

「いや、良いんだよ。ごめんな、起こしちゃって」

「いえ、食事中に寝てしまいすいませんでした。お姉ちゃんも、ごめんなさい」

「良いのよ。眠くなったらいつでも膝枕してあげるから」

ライファの大声でユイが起きてしまった。そのままユイ起き上がろうとするが、レインの手が頭を押さえて、そのまま膝枕続行中だ。

「お姉ちゃん、大丈夫だから。起きるから手をどかして」

「このままで良いのよ。ほら、もう一眠りしましょう」

「いえ、起きて食べますから。ほとんど食べていませんし」

「あら残念」

ユイが起き上がり食事に手を付け始めると、レインが残念そうに微笑む。そしてレインは、ゆっくりとその微笑のまま椅子から立ち上がった。

「……」「?」

全員がピシッと背筋を伸ばし固まる。ユイだけは寝起きのためか、よく分からない様子で首をかしげながらも食事を続ける。

そしてレインはライファの後ろに移動すると、襟首を掴んだ。

「あの~、レイン。レインさん?レイン様?」

「リュウ隊長、ちょっとこのバカ、狩り……借りますね」

「お、おぉ。分かった」

レインの恐ろしい気配にリュウですら気圧される。そんな様子は気にせず、レインはライファをずりずりと引きずっていく。

「お姉ちゃん?」

「ユイちゃん、大丈夫よ。ちょっと殺す話し合いするだけだから安心して」

「ん、分かった」

ユイはそのまま、気にしないように食事を続ける。寝起きで頭が回っていないのだろうか。反対に、ライファは連れていかれる。

「レイン……様?ユイ嬢ちゃんを起こしたのは悪かったと思っています。これは何でしょう、しかも読み方が何かおかしくありませんでしたか?」

「ただ殺す話し合うって言ったじゃない。さぁ、逝きましょう」

「話し合いをする連れて行き方じゃねぇんだよ!しかも今文字間違わなかったか!」

「気のせいでしょう。さぁ、向こうで話し合いしましょうね」

「おい待て、待ってください、連れて行かないで!」

「遠慮しないで。失礼な事ばっかりだから、いつかお説教が必要だと思っていたのよ」

「待て待て待て。そ、そうだ!明日ルウ隊長とのリハビリ練習あるからさ!」

「大丈夫だから安心しなさい。リハビリ練習できるぐらいに殺すから」

「文章おかしくねぇか!?おい頼む、待ってくれ!頼む、な?な?」

「おかしいのはライファの頭でしょう。安心して死になさい」

「安心できる要素が一つもないんだよ!」

席で固まってる面々を無視して、ライファがレインに連れていかれた。ここまで怒ったレインは久々に見たが、恐ろしい気配を振りまいている。お昼に近くなってきたため人が増えていたが、その恐ろしさに声をかける事はおろか、近寄る事さえ誰もしなかった。

「……はぁ」

その様子を眺めていたサッシャが、席を外したレイン、ライファ、そしてちょうど食べ終わったルウの食器を重ねていく。

「あ、すいません、ありがとうございます」

「……気にするな」

ルウのお礼を一切気にした様子もなく、サッシャが重ねた食器を返却しに歩き出した。

「……リュウ隊長。骨拾ってくる」

「あぁ、任せる」

サッシャはそのままレインを追いかける。どこからか「(骨拾うって、説教を止めるんじゃないのかよ)」と言うツッコミが聞こえた気がするが、おそらく気のせいだろう。

「お、俺も様子見てきます」

「巻き込まれるなよ」

「了解です」

途中から「(俺は関係ない)」と言った様子で小さくなっていたキョウヤが怖いもの見たさで動き出す。席にはルウとリュウ、そして食事を続けるユイだけになる。

「ごくん……ごめんなさい、私また寝ちゃって」

「良いから、ゆっくり食べて」

「そうだぞ。あいつらはいつも通りだから気にするな。そもそも、ユイ君を起こすほど叫んだあのバカが悪い」

そういって、リュウが笑う。

先ほどまでの騒ぎが嘘のように静かな空間となった。

カウンターの向こうではこれからの食事時に向けてガチャガチャと音がする。窓の外は少しずつ人の音が減っていき、もう少し立てば外の音以上にこの空間が賑やかになるだろう。

チチチ、と外から鳥の声が聞こえる。空いた窓からは穏やかな風が吹き込み、髪を揺らす。

どこからか聞きなれた人の悲鳴が聞こえる気がする。

そんな音に慌ててユイは大急ぎで食事を進めるが、2人がそれをなだめる。流れる時間はとても穏やかで、昨日の戦場はまるで嘘のようだ。

「……平和だね」

ルウの口から、滑り出したかのように言葉が漏れた。その言葉に、リュウが笑う。

「そうだな」

どこからか「(絶対違う!)」と言うツッコミが聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。


その日、ライファが戻ってくることはなかった。

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