第14話 you know
「Over to you. Let me hear your true voice.知っていることが多い分だけ大人になれるというのなら、とっくに寿命でキャパover。強く噛みしめた口内でじんわり広がった毒の味。脳裏に焼き付くアイツをハブれど、割り切れず残った愛の仮分数——」
手元の歌詞を眺めながら、高橋先輩は喉を使って読み上げる。
「どうですか! 二番はOver and outから始めるつもりです。どっちかというと、邦楽よりの感じにしたかったんですけど、難しくて……」
正直、自信はない。でも、どんなに下手な作詞でも、みんななら私を責めることなく一緒に直してくれるはずだ。
案の定、伊藤くんと唯子ちゃんはすごいを連呼しているし、佐藤先輩も渡辺先輩も褒めてくれる。嬉しい。
「over to youってあれだろ、無線で話終わった後にオーバーっていうやつ」
「こちら唯子。
「そう。聞いてる人に問いかけたいっていうのと、キャパオーバーとかけたくて」
失敗作だと笑ったくせに、いざ自分の力で立ち上がった途端に手のひら返ししたアイツを。許す必要はないと思う。
高橋先輩が自分の気持ちを割り切れるように。割り切った先で、母親よりも大事で大好きなものを追えるようになっていたらいい。
***
それから一カ月半。ほとんど毎回全員が参加して一緒に演奏をしてお菓子を食べては解散するようになっていた。
「結構仕上がってきたんじゃないの?」
「すげぇっすよ。みんなうめー! オレ最後に楽器弾いたの、リコーダーとかだもん」
一通り練習が終わって解散の時間までみんなで喋る。相変わらず伊藤くんは何でも褒める。
「リコーダーなっつ。アオはピアノとかヴァイオリンやってなかったんだ」
「兄ちゃんはやってたけど、オレはサッカーとかバスケの方が好きっす。一回だけ、借りてやってみたけど絶望的にセンスがなかったからやめました」
「まぁ、得意不得意ってあるしね」
「そうなんすよねー」
そういえば、と先輩が声をあげる。
「羽舞、歌いたくなってきたんじゃないの?」
「定期的に聞いてくんのなんなの。俺は見とくって」
「……あのさ、私もお願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
申し訳なさそうに俯いている。今からやっぱりやめたいとでも言うかのような表情に、みんなで固唾をのんで次の言葉を待つ。
「顔、隠して演奏してもいいかしら。マスクだけじゃなくて、お面とかがいい」
「え、なんで!? 緊張しちゃうとか?」
確かに、思い返せば伊藤くんのお母さんが来た時もマスクをしていた。それ以外に事務所でしているのは中々見かけないので、私たちの前では外していられたということだろう。
その相手が大学の不特定多数となると話は別だ。
「あたし、人に顔見せたくないの。可愛くないし傷があるから目立つし」
「なんで! かっこいいのに」
「別に隠してもいいよ。ドラマに支障ないって判断したんでしょ?」
渡辺先輩はそう、と頷く。
「ここにいると感覚が麻痺しそうになるけど、これは人に見せない方が良いのよ。きっと。本番が近づいてくるにつれて、段々怖くなってきて」
「……それって、隠さなきゃいけないもんなんですか?」
伊藤くんの言葉に渡辺先輩は目を見開く。そもそも隠さないといけないものという渡辺先輩の考えが疑問のようだ。
「隠さなきゃなんねーって思ってたら、どんどん嫌いになっちまうんじゃねーの。それは、どうなんすか」
「でも、あたしは……やっぱり無理」
***
「わー、本当にやるんだね」
そして本番当日。野外ステージで演奏することになっているので、待機も場所も屋外だった。
唯子ちゃんの監修で選んだ衣装は選んだらしい。相変わらずセンスがいい。
「さあ、解毒を始めよう。今日は二倍で行くよ!」
「……二倍? いつもより頑張る的な?」
「そんなところ」
「オレ円陣組みたいっす。いいすか?」
「いいじゃん、やろうよ。それじゃ、解毒部いくぞー」
「「「「「おー!!」」」」」
ステージに向かった三人を見送って、高橋先輩と伊藤くんと音響と照明を確認するために隣のテントに移動する。既に沢山の観客が集まっていた。見ているだけで胃が痛くなってくる。
「うわ、こっちも緊張するっすね」
一言の挨拶が済んで、演奏が始まる。
どのタイミングで失敗するかの打ち合わせをしていなかったことに、今気が付く。
先輩は、どのタイミングで失敗しようとしているのだろうか。もう少しで歌い出しだ。三、二、い——。
「は? おい天雄何やってんだ、アイツ」
「月夜、もしかして失敗って……」
渡辺先輩も唯子ちゃんも明らかに戸惑っている。当然だ。先輩が言っていた失敗は歌詞を間違えたり、音を外したりしてしまって歌えない状態になることだと思っていた。
『なにこれ、ウケるんだけど』
『歌下手くそすぎね? よく出てこられたな』
『音痴は帰れよ』
観客からコソコソと笑っていた人たちが、次第に大声を出して煽っている。
それを見て相当腹が立ったのか、高橋先輩は先輩に合図する前に、テントの音響と伊藤に指示を入れている。
「アオ、このマイクスイッチ入れて間奏のうちに天ちゃんと交代する」
「は、はい!!」
『なぁ。あのキーボードの子かわいくね?』
『それなー、ボーカルも歌下手だけど顔はまぁまぁだし。つか、あの人何。お面付けてんじゃん』
『確かに私だったらあの二人に並ぶ勇気ないわ』
『撮って拡散しちまおうよ!!!』
段々とカメラを構える人が増えて、一部の男子学生たちが悪ノリで渡辺先輩の方にカメラを向けて指をさしている。
本人もそれに気が付いたのか、段々ドラムのテンポがズレていく。
「え……は、はっ」
「なんか、ドラムのリズムがズレてる気するんだけど……え、蜜熊さん、過呼吸になってるくね!?」
あまりにも呼吸が苦しかったのか、マスクを外している。なんとか、隠せているようだが、その動作の一つ一つに観客席の方からどよめきが起こる。
「マジかよ。間奏でこっちに引っ込ませよう。俺は天ちゃんと交代することに専念するから、アオはこっちに残ってさっきの指示通りに。鈴木さん、渡辺さんが引っ込むアシストお願い。間奏まで五秒、四、三、二……」
間奏に入って先輩がマイクから距離を取るのと同時に、手持ちのマイクを持って高橋先輩がステージまで駆け上がる。と思ったら、歩いてきた渡辺先輩の手を取って、階段を下りるためにエスコートしている。
「みなさーん、こんにちは! ここまではパフォーマンスの一環です。この赤髪の人は究極の音痴のくせに、どーしても歌いたいって聞かなかったので一番だけ譲りました! さっきのドラムの子は顔バレ防止のためにマスクつけて来てくれたピンチヒッターでーす。めっちゃ美人なんですよ! それじゃあこのまま二番いきまーす」
また階段を駆け上がりながら、間奏の間でMCもこなす。
「すごい、流れ掴んだ!?」
テントから見ていても分かるくらい、盛り上がったのが分かった。本当に、この人に出来ないことはあるのだろうか。
「——このくだらない痛みや苦しみに、名前を付けて飼いならせたら——」
「渡辺先輩、こっち!!」
フラフラになった渡辺先輩を抱きとめて、椅子に座らせる。
「過呼吸っすね。吸ってー、吐いて―、合わせられます?」
「——誰かに分けた優しさや愛が同じ分だけもらえたのかな——」
「歌、うっま」
「佐藤先輩と唯子も楽しそう。渡辺先輩、大丈夫ですか?」
さっきよりは落ち着いてきた様子の渡辺先輩の背中をさする。
「ごめんなさい。忘れて、た。あなたたちと、いる時、自分の容姿とか傷のこととかを、気にせずに、済んでたから……ごめんなさい。ごめんなさい」
「無理に喋んないで、深呼吸してください。落ち着いたら保健室に向かいましょう」
「てか、なんで先輩ドラム叩けるの? 練習してたのかな」
「これ切り替えたからじゃないかな? 間奏終わったらこのボタン押せって羽舞さんから言われたんっすよね。ドラムの音源」
テントの中にある機材の一種を指さす。繋がれたスマホには「ドラム音源」と書かれている。さすがだ。臨機応変に対応してくれたのだろう。
「叩いてるフリしてるってこと? バレたらどうするのかしら」
「今、みんな高橋先輩の歌の方に注目してるから。それに、こんだけのハプニングがあったら、この対応力も称賛されるんじゃないんですかね」
初めて見た。高橋先輩は、あんなに楽しそうに笑う人なんだ。普段口をあまり開けずに喋るから気が付かなかったが、八重歯が特徴的だ。
「——Over to you. Let me hear your true voice.知っていることが多い分だけ大人になれるというのなら、とっくに寿命でキャパover。強く噛みしめた口内でじんわり広がった毒の味。脳裏に焼き付くアイツをハブれど、割り切れず残った愛の仮分数——」
「ごめんなさい、良かった」
「ちょっと、渡辺先輩!!!」
安心したのか、力が抜けて気を失った。
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