第13話 当たり前
「え!? 一週間で出来たんですか!?」
曲のデモが完成したというのは、参加を決めた次の週の活動日だった。
「元々作りかけのやつがあったからね。ちょっといじっただけで綺麗にまとまった気がする」
前と同じようにパソコンで流してくれる。まず曲を作ってから、私が歌詞を書いて高橋先輩が調節をするという方向性で決まったのだが、ここまで早いとは思わなかった。
「思ってたよりも完成度が高くて追いつかないわ。なんていうのかしら、こういう曲のジャンルって」
「ローファイ? ちょっとノイズとかレトロ感があって、懐かしさとか切なさを感じるね……ぜんっぜんビヴァピと違くてびっくりダヨ!」
唯子ちゃんも聞く側としての知識はあるのか、それとも本人がピアノをやっていたから知っているのか、高橋先輩と盛り上がっている。
「ああいう曲を作るのが目標だったんだけど、俺が作るとしっくりこないし歌詞完成した時にデモで歌える気がしなくて。ロックよりこっちの方が似合うかなって」
「高橋先輩の声ってはっきりくっきりって感じじゃないですもんね!」
それはなんとなく分かる。輪郭がぼんやりとしているのに、芯はまっすぐに通っている綺麗な声をしている。
「田中お嬢様が言ってた、ガチ恋が多いバンドマンって感じってやつ? てか担当ってどうなった?」
「僕がギターボーカルで、唯子ちゃんがキーボード、蜜熊ちゃんがドラムだっけ」
すでに楽譜まで作ったらしく、全員にデータを共有している。もはや有能というレベルじゃない。ただの天才だ。
「じゃあ鈴木さんにもこのファイル送っておくね。これから春休みの間で練習することになるけど、活動できるのは週二だから。各自、練習してきてね」
「オレは本番、羽舞さんと一緒に照明とか音響やりますね」
「よっしゃー、頑張るぞー!!」
先輩の掛け声に合わせて、全員で「おー!」と気合を入れる。初めて、こんな学生らしいことを出来るのが嬉しい。
「そういえば俺、大学の前のお菓子屋さんで色々買ってきたんだけど食べる? 天ちゃん用の甘くないやつもあるけど。冷蔵庫に入れといた」
各人が名前を書いて食材や飲み物を保存したり、今日みたいにお菓子を買ってきたり、冷蔵庫も何気に役に立っている。
「高橋! あなた気が利くじゃないの。さては、彼女と喧嘩した時にこの手で機嫌取りするタイプね!」
「あーあ、そういうこと言っちゃうんだ。渡辺さんの分は俺が食います」
「悪かったわ、私にもください」
***
「天ちゃああああん!? その発声は地声じゃなくて裏声で!! 次のはミックスボイスって何回言ったら分かるんだよ、同じこと何回も言わせるな!」
「ミックスボイスってなに!? 何と何を混ぜるの!?」
私に与えられた期限は一週間。それ以内に歌詞を完成しなくてはいけない。そしてその間、天雄さんは基礎的な発声について、他二人は早速演奏の練習に取り掛かることになった。
「渡辺さんは今のところは良かった。お嬢は、一音ミスったでしょ。でも、全体的に良かった」
「はい、師匠!!」
「ちょっと誰っすか、羽舞さんに酒飲ませたの!!」
ただし、問題なのは教える立場であるはずの高橋先輩が浴びるように酒を飲んでいることだ。隣でずっと
「俺が自分で飲んだんだよ。シラフで人に指図出来るわけねぇだろうが」
「ほんと酒弱いわよね」
「スズキはあんまり飲まないんだろうけど、そこ三人ってお酒飲むの?」
「僕は一人の時しか飲まないね。羽舞は見ての通りだし、蜜熊ちゃんはざるだよね」
「飲んでもぜーんぜん酔えないの。だからあの仕事やれてるところはあるけどね」
「おら、駄弁ってねぇで練習すんぞ!!」
手に缶を握りながら振り上げているが、パッケージを見る限りアルコール三パーセントと書いてある。私は飲んだことがないが、三パーセントはジュースに等しいと言っている友達もいた。それでここまで変容出来るなら、それも才能のうちな気がしてくる。
「高橋先輩の本物がどれなのか分からなくなってきました」
「羽舞さんって、もっと自分の好きなこと好きなように出来てたら、それこそネットとかで有名になってそうですけどね。成功するって簡単には言えないけど、その可能性すら無いって約束されてるみたい」
「……無能にはありがたい言葉だね」
今の時代、SNSで簡単に発信も出来るし、色々なチャンスがあると思う。私みたいに「SNSはいらないもの」として禁止されてるわけじゃないのなら手を出すことは可能なはずだ。
「出たわよ、また無能って。なんでそんなふうになったの? 小さい頃からそんな感じだったら友達だって寄り付かなくなるじゃない。無理に繕って、それは本当の友達でもなんでもないわよ」
「……渡辺さんも、自分の価値観が全てだと思って他人に干渉するのはやめた方が良いよ。その人のためになるとか救いになるとか、勘違いしてると嫌われるから」
「でも、言ってくれないとわからないじゃない!」
伊藤くんがヒートアップしそうな二人の仲裁に入って落ち着ける。ため息をつきながら、高橋先輩は観念したように話し始める。
「昔から、自虐するように俺を卑下する母親だった。この子は出来が悪い、お母さんたちがいないと何も出来ないって言われたけど、そんなわけなくて草。転んだ時とか人混みの中とか、目の前の母親に助けを求めても笑われて置いて行かれた。それが、俺の人生最初の記憶」
手の中のお酒の缶が、ベコッと悲鳴を上げている。
「あーこの人は俺のこと助けてくれないんだな、ってところから人生が始まった。俺兄がいるんだけど、頭も愛想もいいからいろんな人から好かれててさ。母親の理想の王子様だったよ。その兄がウチの大学落ちて俺が受かったんだけど、なんで無能が! って散々言われた。知らねぇよ。俺のこと無能だと思ってた自分が無能だって早く気づけよ!!」
高橋先輩が怒鳴り声をあげると、隣にいた渡辺先輩が肩を大きく震わせた。
「ナベ、大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
「羽舞のお母さんは、僕に対しても羽舞のことを卑下してたね。天雄くんはウチのとは違って頭が良いからーって、僕を褒めるのにも羽舞のことさげてさ。必要ないのに、そんなの」
高橋先輩の先輩への異常な執着心は、その時から芽生えたものなのだろう。一種の信仰のようだ。
「お父様は何も言わなかったのかしら」
「あー。俺に、っていうか子どもに興味なかったんじゃない? でも妹生まれてから積極的に育児参加してたから、ただ俺らに興味なかったのかも。毒で殺してやろうかとも思ったけどね。天ちゃんが人を殺すことに使うなって言うから」
先輩が言わなかったら殺していた未来もあったのだろうか。想像するのはやめておく。
「無能な俺に価値があるって前に言ってたじゃないですか。あれは、どういう意味なんですか」
「母親、俺が落ちる前提で樺大受けさせたんだ。理系科目の方が得意なんだけど、文理選択の三者面談の時に勝手に決められた。兄は文系だった。だから無理やり俺に苦手な文系で同じ学部を受けさせたんだろうね。でも残念、エラーで失敗作が生まれちゃいました」
「タカハシは凄いんじゃないの!?」
それを、自分が凄いと誇りに思うわけでも仕返しが出来たと思うわけでもなく、本来と違うことを失敗だと思ってしまうのが、問題なのだろう。周りに褒めてくれる人はいなかったのだろうか。
「でも、受かったら今度は教育ママ気取り始めたんだよ。俺のことを親戚とかママ友に自慢しまくってるらしい。自分が育てた成功作だってね。兄からも逆恨み。俺は、どこまで行っても道具に過ぎないんだよ。顔だって褒められるけど、道具である象徴。兄さんは父親似で、俺は母親似」
「う、そ……そんなの酷い!」
「これでも、俺が無能じゃないって言える? 有能だって言える? それなら、なんで俺は、ここにいるんだよ」
そう言って項垂れる。誰も何も言えない。でも、私は先輩を無能だと思えない。
言っていいのだろうか、指示は出されてないけど、言わなくちゃいけない。言わないと、言わないと。
「高橋先輩は、無能じゃない!! めっちゃ有能です!!」
「じゃあ、なんで!!」
それは、それは——。
「それはズバリ、高橋先輩の耳がいいからです!!」
「え?」
「は!?」
「あ、えーっと、すみません。やっぱりわたし喋らない方がいいのかな」
またやらかした。いつも言ってから後悔する。違う、私が言いたいのはこんなことじゃないのに。
じゃあ、何を言いたかったんだ?
「……人の意見を、聞き過ぎなんじゃないですか。先輩の好きなことをすべきです」
「……俺は、無能じゃないといけなかった。でも、本当はそれで満足出来てない。注目を集めて活躍してる同年代の天才たちを見て、嫉んでる。自分が何者でもない理由を、無能だからって合理化しようとしてる」
「タカハシは何にでもなれる! 唯子と伊藤とは違うんダヨ!」
伊藤くんと唯子ちゃんも一緒になって高橋先輩を鼓舞しているし、佐藤先輩は爆笑してる。でも、バカにしているわけじゃない。本人より嬉しそうだ。
「ねぇ、今日は衣装と設営について考えましょ。今の高橋の状態で練習したって上達しないわ」
酔いが醒めてしまったのか、何も言わずに下を向いている。
「なんで、そんなに俺にかまってくれんの。めんどくさいだろ、こんなの」
項垂れている高橋先輩の顔を両手で挟んで目を合わせた伊藤くんが笑う。
「ダチだから、当たり前だろ!!」
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