葉山律の論理を破壊せよ！図書室の絶対服従契約

第2話 完璧な仮面と主人の地味な命令

　Ⅳ．プリンスの非効率な一日

　翌日から、葉山律の「完璧に計算された」学園生活は、春日詩織の「地味で純粋な命令」によって、音を立てて崩壊し始めた。

　律は、朝のHR前に、詩織が昨夜落とした「古則の紋様」の痕跡を消すため、図書室の床を高性能除菌シートで完璧に拭き上げなければならなかった。

「主人の命は絶対だ……」

　律は、誰にも見られぬよう、完璧な姿勢で膝を突きながら床を磨き、心の中で叫んだ。（なぜ、私の人生の初奉仕が床磨きなんだ！？）

　その後も、詩織からの命令は続いたが、それは律が予想していたような「靴を舐めろ」「生徒会長の座を譲れ」といった屈辱的なものではなかった。

　• 昼休み：中庭のベンチで、彼女のために一番日当たりの良い場所を確保する（律は昼食を5分で済ませ、30分間ベンチをガードした）。

　• 午後の授業中：彼女が筆記中にインクが切れたため、「予備の0.3mmの青のゲルインクボールペン」を、誰にも気づかれずに渡す（律は授業そっちのけで、まるでスパイのようにペンを投擲した）

　• 放課後：彼女が飲みたいと言った「限定販売の、カロリーオフのミルクティー」を、校門前の自販機から買ってこさせる（律は、校門前で列に並ぶという屈辱を味わった）

　律は、「召使い」という役割に屈辱を感じながらも、「命令が地味すぎて、屈辱のレベルを数値化できない」という、新たなジレンマに陥っていた。

「私の誇りへの最大の侮辱は、『この程度の雑用をこなしている』という事実自体だ……」

　Ⅴ．学園の女王の疑いの目

　律が、昼休みに中庭でベンチをガードしていると、学園の女王が近づいてきた。

　日向 葵（ひゅうが あおい）。 彼女は、美貌と財力を兼ね備え、「律と自分は、学園の頂点として結ばれるべき運命」だと信じている、プライドの塊のような存在だ。彼女は、律の「完璧な世界」**の正当なパートナーを自認している。

「律。なぜ、誰も座らないベンチを、まるで護衛のように守っているの？」

　葵は、美しい笑顔の下で、律の行動の非効率性に気づき、不審の目を向けてきた。

　律は、完璧なポーカーフェイスで応じる。 「葵。これは、午後の自習場所を確保するための、時間効率の計算だ。誰も座っていない今が、最も効率的だ」

　葵は納得したように見えたが、律の横を通り過ぎる時、鼻で笑った。

「そう。でも、律。あなたはいつも『場所取り』のような下級生の仕事はしないわ。あなたのルーティンに、『予測不能なノイズ』が混じっている気配がする」

　葵は、律が完璧な生活を崩したことを、嗅覚で察知したようだった。彼女にとって、律の完璧なルーティンのわずかな乱れは、許されない異変だった。

　Ⅵ．避けられない命令

　律は、葵の勘の鋭さに冷や汗をかいた。この契約を葵に知られれば、律の学園での立場とプライドは、完全に崩壊する。

　次の瞬間、木陰から、律の「主人」である春日詩織が、怯えたように姿を現した。彼女は、律と葵が話しているのを見て、慌てて逃げようとした。

　しかし、律は召使いの義務として、彼女の存在を無視できない。

「詩織様！」律は、反射的に頭を下げた。

　葵は、律が「春日詩織」という、学園の『透明人間』のような存在に、敬意を表したことに、驚愕して目を丸くした。

「律、どういうこと？あなたとあの地味な図書委員と、何の接点があるの？」

　詩織は、葵の圧倒的な存在感に、全身を硬直させた。律が自分のせいで、学園の女王に問い詰められている。彼女は、パニックに陥った。

　律は、この状況を論理的に回避しようとした。 「葵。彼女は『古書に関する、私の研究の資料提供者』だ。私は今、効率的な情報収集を行っていた」

　だが、その瞬間、律の体は、命令に従う義務に支配された。詩織は、律の表情が嘘をついていることに気づき、無意識に古則の権限を発動させた。

　詩織は、震える小さな声で、律に、葵の存在を無視して、自分だけのための命令を下した。

「あ、あの……律さん……。今日、放課後……図書室で、私が寝過ごさないように……隣で、本を読んで、見張っていてください……」

「な……！」律は絶句した。

　その命令は、「葵との交流を遮断し、律のプライベートな時間全てを詩織に捧げさせる」という、地味に見えて、最も私的な、絶対的な要求だった。

　律は、葵の冷たい視線を感じながらも、召使いの義務として、膝を突き、完璧な姿勢で答えるしかなかった。

「かしこまりました。主人、春日詩織様。召使い、葉山律、喜んで奉仕いたします」