告白代行してたら、脚本のヒロインが俺を好きらしい
新条優里
第1話完璧委員長、土下座してくる
放課後の図書準備室で、俺は人生初めて、土下座を真正面から見た。
「——お願いです。私の恋愛を、書いてください!」
ガタン、と椅子を蹴る音。
バサッ、と俺のノートパソコンの横に置いてあったノートが揺れた。
床に手をついているのは、うちの学校で知らないやつなんて一人もいないだろう、完璧委員長——
雪城(ゆきしろ) 楓。
成績オール5。容姿端麗。性格は真面目で穏やか。
生徒会副会長で、先生たちからの信頼も厚く、親にも安心して紹介できそうな優等生。
そんな「公式設定:隙ゼロ」の委員長が、よりによって俺なんかに、額が床につきそうな勢いで頭を下げている。
「……は?」
とっさに出た言葉がそれだった。
俺は手に持っていたペンを落としそうになりながら、見下ろす。
雪城楓。制服も髪もきっちり整えられていて、いつも通り完璧なのに、今だけはその姿勢が全部ぶっ壊している。
「いや、ちょっと待て雪城。何してんの」
「見ての通り、土下座です」
「それは分かる。分かるけど、なんで俺に恋愛の土下座?」
「だから——」
雪城は顔を上げ、目をまっすぐ俺に向けた。
整った顔立ちが近すぎて、思わず視線を逸らしたくなる。
「結城くんに、私の恋愛の“シナリオ”を書いてほしいんです」
頭が一瞬フリーズした。
俺の名前は、結城(ゆうき) 智也(ともや)。
ごく普通の高校二年生。
……というのは、表の顔だ。
裏の顔は——
告白やデートのプランを“文章化”して渡す、匿名の告白脚本家。
SNS経由で流れてくる
「LINEで気持ちを伝えたいんだけど文章が浮かばない」だの、
「手紙にちゃんと想いを書きたいけど語彙力がない」だの。
そういう相談に対して、俺は
『こう書けば、ドラマのクライマックスっぽくなる』
という台詞と構成を考えて、こっそり送り返している。
ありがたいことに(というか不思議なことに)、それで付き合えましたって報告が結構来る。
ここ半年で、成功した告白は十組を超えた。
そんなわけで、一部界隈では——
『リア充製造機』『裏方シナリオ屋』
なんて呼ばれてるらしい。
当の本人は恋愛経験ゼロの陰キャ文系男子なんですけどね。
「……なんでそれを、雪城が知ってる?」
背筋にじわっと冷たい汗がにじむ。
この活動で一番気をつけていたのは、正体バレしないことだった。
目立ちたくないからこそ、ずっと裏方でいると決めていたのに。
「図書準備室にいるときの結城くん、いつも同じなんですよ」
雪城は、すっと立ち上がり、机の上の俺のノートを指さした。
「放課後になると、一人でここに来て。
パソコンに向かってカタカタしながら、時々ノートにだけ——」
ぱらり、とノートをめくる。
「やたらとクサい告白のセリフだけを、箇条書きにする」
「見んな!」
俺は慌ててノートを引っつかむ。
そこには、
『お前のこと、背景モブなんて思ったこと、一度もないから』
『俺の毎日に、お前がいるバージョンを選びたい』
とか、冷静に考えると死にたくなるような台詞がずらずら並んでいる。
本人も、あとで読み返して悶え転がるやつだ。
「それだけじゃありません」
雪城は、まるで推理ゲームの犯人役みたいな落ち着きで続ける。
「生徒会に、匿名で“生徒会長に感謝を伝える文面を考えてほしい”という依頼が来たんです。
その文章が、とてもよくできていて」
「あー……」
「でも、そこに使われていた比喩やリズムが、図書委員の結城くんが書いていた掌編小説と酷似していました。
そして、その依頼が来た時間と、結城くんが図書準備室にこもってタイピングしている時間が重なる。
さらに、最近“告白代行のシナリオ屋”という噂が校内で出回っていること……」
そこで一拍置いて、にこりと笑う。
「これだけ材料が揃えば、結城くんが“告白脚本家”であると推理するのは、難しくありませんでした」
「……完璧委員長、頭の回転良すぎない?」
「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてねえよ……」
ため息を吐きながら、俺は椅子の背にもたれた。
最悪だ。よりにもよって学年一の優等生にバレるなんて。
いや、逆にバレるなら一番信頼できるやつで良かったと言うべきか……?
「安心してください。誰にも言いません」
雪城はきっぱり言い切る。
「むしろ、内密にしていただけるなら、私は“お客さん”です」
「その言い方やめろ。闇のサービス感がすごいから」
でも、ここまで突き止められた以上、完全にとぼけるのも無理がある。
「……で。雪城は、自分の恋愛をプロデュースしてほしいってわけか」
「はい」
即答だった。
「私、これまで何度か告白されたことはあります。
でも、いつも同じなんです。“真面目で優秀な雪城さんが好きです”って」
淡々とした口調なのに、ほんの少しだけ寂しそうに笑う。
「それが悪いわけじゃないんです。でも……
ちゃんと私自身を見てくれているのか、分からなくて」
それは、分かる気がする。
俺だって「雪城楓」と聞いて最初に浮かぶのは、
“学年トップの完璧委員長”というラベルであって、
ひとりの女の子として想像したことなんて、たぶん今まで一度もなかった。
「でも、今回、初めて——」
雪城は、視線を少し落として続けた。
「私が、私として見てほしいと思った人ができたんです」
心臓が、ほんの少しだけ強く打った。
「その人に告白したい。
でも私は、恋愛が下手で。相手の前だと噛んでしまうし、何をどう言えばいいか分からない。
だから——“物語のプロ”であるあなたに、力を貸していただきたいんです」
「物語のプロって。所詮ただのラブコメ読みすぎオタクだぞ、俺」
「その“オタク”の書いた告白シナリオで、何組もカップルが成立していると聞きました」
「……誰が数えてんだよ」
「私です。噂の発生源とタイミング、生徒たちの様子から、だいたいの件数は推測できます」
「完璧委員長、やっぱり怖いわ」
冗談めかして言ったつもりなのに、雪城は小さく肩をすくめた。
「怖い、ですよね。こういうところが。
だから余計に、“ちゃんと見てくれる人なんていないんじゃないか”って思ってしまって」
その言葉に、俺は少し言葉を失った。
こういうのを、たぶん「弱さ」っていうんだろう。
完璧で隙がなくて、近寄りがたいと思っていた委員長が、
急に、同じ年齢のただの女の子に見えた。
……卑怯なタイミングで、本音を見せてくるなよ。
「で、その相手ってのは」
俺は、ペンを指先でくるくる回しながら、さりげないふりをして訊ねた。
「クラスメイトか? 先輩? 後輩?」
「クラスメイトです」
即答。
「ふーん。じゃあ話したことは?」
「あります。むしろ、よく話します」
「雪城のこと、どう思ってそう?」
「たぶん、“普通のクラスメイト”として見ていると思います。
委員長としてではなく、ですね」
そこで、ほんの少し嬉しそうに笑った。
「その人の名前は?」
ここが一番大事だ。
相手が分かれば、どういうタイプか、どういう言葉が刺さるか、戦略が立てやすい。
しかし雪城は、ここで初めて言葉を詰まらせた。
「それは……まだ、秘密にさせてください」
「は?」
「すみません。どうしても、今ここで相手の名前を口にする勇気がなくて。
でも、ちゃんと特徴は伝えます。だから今は——“匿名のまま”書いてほしいんです」
……まあ、名前を教えない依頼人は今までもいた。
慎重なタイプはだいたいそうだ。
「分かったよ。じゃあ、その人の特徴を教えてくれ」
「はい」
雪城は、少しだけ照れたように視線を彷徨わせてから、ぽつりと口を開いた。
「まず一つ目。授業中はわりと眠そうです」
「へえ」
「でも、ノートは誰よりもきれいにまとまってます。板書じゃなくて、自分の言葉で整理してあるタイプです」
「ふーん」
「休み時間はあまり騒がず、教室の隅で本を読んでたり、タブレットで何か打っていたりします」
「ほう?」
「図書準備室にいることが多くて、よくヘッドホンしてパソコン叩いてます」
「それさあ——」
どう考えても俺だよな。
喉まで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。
さすがに自意識過剰すぎるだろ、結城智也。落ち着け。
「……その特徴、他にも当てはまりそうなやついるんじゃね?」
「いますかね?」
「いるだろ。たぶん。きっと。いてくれ」
「今のところ、私の観測範囲では一人だけです」
「観測範囲とか言うな」
心臓の鼓動が、さっきより少しだけうるさい。
……いやいやいや。ないない。
雪城楓レベルの完璧美少女が、こんな陰キャ文系男子を好きになるとか、ラブコメの読みすぎだ。
俺は俺をよく知っている。
俺は物語の外側で台詞を考える側であって、物語の中心に立つ側じゃない。
だからこれはきっと、偶然だ。
都合のいい妄想は、プロの脚本家として恥ずかしい。
「とにかく」
俺はペンを持ち直し、話を戻した。
「条件は一つ。
その相手のこと、できるだけ詳しく教えてくれ。
どこが好きで、いつから好きで、何が不安で、何を期待してるのか」
「感情、ですか?」
「ああ。セリフだけじゃなくて、その裏にある感情が分からないと、良いシナリオは書けない」
それは、いくつも告白文を書いてきて分かったことだ。
テンプレの甘い台詞だけ並べても、人の心には刺さらない。
依頼人の「その人じゃないとダメな理由」を掬い上げてこそ、ちゃんと届く言葉になる。
雪城は、少しの間黙ってから、小さく頷いた。
「……分かりました。全部、話します」
その表情は真剣で、冗談や興味本位じゃないのが伝わってくる。
ずるいな。そういう顔されると、断れなくなる。
「か、勘違いしないでくださいね」
と、雪城は自分で言って顔を赤くした。
「これは、ただの“シナリオ作りのための情報提供”です。
その……恋バナでは、ありますけど」
「いや、恋バナだろ、それは」
「うう……やっぱり恥ずかしいです」
完璧委員長が、机の端を指でつつきながら視線をさまよわせる。
その仕草がいちいち女の子っぽくて、なんか、ずるい。
「……分かった」
俺は、深く息を吸ってから言った。
「その依頼、受けるよ」
「本当ですか?」
ぱっと花が咲いたみたいに、雪城の顔が明るくなる。
「ただし、覚悟しとけよ」
「覚悟……?」
「俺の書く告白は、基本的に“ラブコメのクライマックス”だからな。
中途半端な気持ちでやると、こっちが恥ずかしくて死ぬ」
それは、自分に言い聞かせる言葉でもあった。
俺は、誰かのハッピーエンドのためならいくらでも本気を出せるけど——
それを自分に向けられる想像だけは、どうしてもできない。
「構いません」
雪城はまっすぐに俺を見る。
「私は、本気でその人に届いてほしいですから」
その目の強さに、思わず視線を逸らした。
(……やめろって。そうやって真剣に頼られると、断れないだろ)
結局、俺は弱い。
誰かの「好きになりたい」「ちゃんと伝えたい」という気持ちに対して。
だから、今日もまた。
物語の中心に立とうとする誰かの背中を、脚本で押す。
——このときの俺はまだ知らなかった。
これから書く“完璧な告白シナリオ”が、
誰かのためじゃなく、俺自身を追い詰めるためのシナリオになるなんて。
自分を主人公に据えた恋物語なんて、絶対にありえないと思っていた俺に、
雪城楓がとんでもない台本を書かせようとしているなんて——
その未来を、まだ一ミリも想像していなかった。
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