人生どん底の俺は異世界から帰還したい〜俺のご主人様が皇女でイケメンメンタル過ぎる件〜

@hashiracomachi

第1話 雑草にも美味い不味いはある

「そこに跪け」


「い、嫌だ」


「なに?」


「嫌だ、嫌だ、こんなわけもわからないところで死にたくない!!」


「黙れ」


「まだ、誰ともエッチしたことないんだ。誰とも、将来の夢だってなんとなくだけどあるんだ。叶えたい夢があるんだ。こんなところで死にたくなひぃ!!」


 無様な本音が漏れる。


 俺は結局なんのためにこの17年間を生きてきたのだろうか。父親は借金で蒸発し、母親は後を追うように病気で死んだ。川上先生に会うまでは、臓器だって売ってるんだ。それでも、それでも、生きていたかったから。生きて、何かを成したかったから今まで頑張ってきたんだ。なのに、なのに―――。


「こんなところで死ねるかボケェ!!」


「聞くに堪えんな。執行!!」


 黒い服の巨体、執行人がハルバードを両手で掲げる。これが振り下ろされれば俺はお終いだ。こんな映画の中みたいな世界で俺の一生は、わけもわからずに。


 あ、そうか。死ぬんだ俺。


「―――ろくな人生じゃなかったな・・・」



 †


 父が亡くなって3回忌が昨日済んだ。


 真夏の照りつける日光が、紫外線が、俺に瞼を開かせまいと開眼を阻害する。それだけではない。どうやら天気予報では二時間後には集中的な豪雨が降る予報らしい。徐々に湿気が増し、身につけている白いタンクトップが肌の色を透かす。


「あ~、きっっもちわるい」


 イライラが止まらない。頭をかきむしると毛が抜けていく。ストレスで死にそうだ。死なないけど。


 プレハブ方式で組まれた小屋に俺は勝手に住んでいるのだが、とても安価であるが故の弱点がある。


 耐熱材という壁に埋める素材を使われずに建てられた為か、夏は常にサウナであり、冬は常に冷蔵庫の中にいるように寒いのだ。


 河川敷から拾ってきた救助用の担架の上で眠る毎日。担架の四方にある鉄部分は言わずもがな、あっちぃのなんの。


 左側にあるサイドテーブルとは名ばかりのゴミ箱の蓋。この上に置いてある時計に目が行く。午前7時34分。そろそろ客人が来る頃だ。


 数分後、小屋の玄関からノック音が聞こえる。聞こえた音は2回。


「はーい、ここは便所じゃございませんよぉ」


「祐介、仕事が入った。準備しろ」


 聞こえてきたのは壮年の男の声。借金返済の肩代わりをしてくれた恩人の医師だった。



 医師に連れられて車で公道を走る。俺の家は誰も寄りつかないような山の麓にあるせいか、途中で舗装されていない道を走らなければならない。歩くのもめんどくさいが、車でこんな道を走るのも本当は忌避したいことだろう。


「川上先生、今日はどこいくんすか?」


 医師の名前は川上圓錘かわかみえんすいという男なのだが、たしか60歳に差し掛かるくらいの壮年であり、この周辺の町医者としてはかなり名が通っている有名人だ。


「ん」


 川上先生が片手で鞄から出した資料には、これから向かう場所の写真が添付されていた。


「・・・ここ、幽霊が出るとかで有名な廃病院ですよね?こんな怖そうなところ行くんすか」


「昨日の夜、そこに某配信サイトの配信者メンバーが遊び半分で肝試しをしていたんだが、ひとしきり撮影して戻ってきた時にメンバーの一人とはぐれてしまったらしくってな。電波障害のせいか連絡も付かず、夜が明けるまで待っても出てこなかったそうだ。そんで、俺のところに案件が転がってきた」


「祐介にはそのメンバーを探しに行ってもらう。名前は北条久美子。21歳で首に赤いスカーフを巻いているらしい」


「・・・これ、いくらで受け持ったの?」


「そこそこ売れてる配信者らしくてな、北条久美子が無事に救出できた上で今回の廃病院の勝手な出入りを動画投稿するまで外部に漏らさないなら40万ときた」


 となると、俺への報酬って借金返済分を支払うと・・・2万くらい?


「考えるのやーめた。気分が萎えるだけだ」



 それから数分で目下の廃病院に着いたわけだが、如何にもお化けや幽霊が出ますよってアピールしているかのような雰囲気に、正直おしっこ漏らしそうになっている自分がいるが、決してそんな自分を情けないとは思っちゃいない。あ、やっぱちょっとだけダサいかも。


「とりあえず、コレ持ってけ」


 川上先生から渡されたのは、懐中電灯とフランスパンだった。


「え、なぜにフランスパン?」


「ヘンゼルとグレーテルって知ってるか?」


 馬鹿がよぉ!!。おま、おまえそれ、あれか、パンちぎりながら歩けってか?


 今自分がどんな表情をしているのか、鏡が無くともわかるくらいには拍子抜けというか、馬鹿げているというか、なんと表現したら良いやら。


「まぁ、そんな顔するな。それに、わりと真面目な話、さっきも言ったがこの中は 電波障害が激しいから、中に入るとここから見えるフロント以外は全く状況が解らないし外と中で交信する手段がなにもない。故に、このフランスパンだ。細かくちぎって祐介の足跡を残すことで、おまえに万が一何かがあったときに後を辿れるってもんだ」


 この人医者だし恩人なんだけどさ、たまーにこういう天然なところあるんだよなぁ。でも、それはそれ。確かに説明されると納得できる内容ではあったわけで、そこからさらに疑問に思ったのが・・・。


「・・・もしかして、俺ひとりで探す感じっすかね?」


「そりゃそうよ」


 そんな当然とでも言わんばかりな、不思議そうな顔で俺を見ないで欲しい。なんか腹立つ。


「とりあえず行ってこい。無事に救助できたら行きつけのバーの姉ちゃんに祐介の活躍を盛りに盛った上で紹介してやる。あそこ、かわいい子多いからな」



―――俺は暗闇の中で鼻歌を唄いながらフランスパンをちぎり捨てていた。



 真夏なのにもかかわらず、空気が凍てつく冷たさが異常だとわかる。涼しい避暑地にしてはあまりに温度が低すぎる。まるで冬の我が家のようだ。


「う~、さっむ。いやまじ冷蔵庫かって」


 前に川上先生の家で見せて貰ったスプラッター映画に食肉加工の冷凍庫で人間が吊されてるシーンを見たことがある。まさに、あんなかんじの寒さだ。


 数歩進む毎にフランスパンをちぎって捨てておく。今は廃病院の3階の廊下を渡り歩いているわけだが、依然として人影や息づかいすら聞こえてこない。それどころか、何処かの窓が割れているのか、風が通り抜ける音が不気味さを演出する補助になっている。


 不思議なことに、電気が通っているのか非常灯の明かりが点いている。よくわからないが、普通は使われてない病院なら電気も通っていないのではなかろうか。そんな疑問を抱く一方で心強さというものもある。こうも暗いと、懐中電灯の明かりだけでは心許ないというか、こわい。


「すいませーん。北条久美子さんいらっしゃいますか~」


 こんな怖い目に遭っている中、1階から3階の廊下を踏破したものの誰も居なかった。


「となると、あとは室内ね。しらみつぶしにやるしかないか」


 俺は、3階の廊下奥にある物品庫から順々に探すことにした。構造としては、物品庫、入浴室、トイレ、リネン庫、病室、病室、病室、病室、病室、ナースステーション。反対側も同じ造りになっていた。


 どの部屋にも鍵はかかっていなかった。緊急を要する事態が起きた時用に鍵を掛けないという病院や施設はそう珍しくないと聞いたことがある。


「すみませーん。誰かいらっしゃいますか?」


 返答はない。


「すみませーん。北条さーん」


 返答は無い。


「花子さーん。いるかーい」


 返答は無い。


「北条久美子さーん。いらっ―――」


 リネン庫の扉を開けると、突き当たりの壁に大きな紙でメッセージが書かれていた。


【この紙の裏を覗いてはならない】


「・・・・・・」


 俺は、紙をめくった―――。



 身体が小さく上下に揺れる。


「おーい、起きろー」


「起きないと・・・耳食べちゃうぞ」


 物騒な台詞が聞こえてくるものだ、いったいなんだというのだろうか。


 徐々に閉じていた瞼が開くと、そこには髭面のおっさんが二人。左隣にもおっさんが一人馬車に揺られていた。


「ここは?」


「起きたか、ここはファイヤーホーン地方の街道だな。たぶん目的地はこの先の都市メンデルだろうさ」


「・・・ん?」


「いやだから、俺たちは今からメンデルに連れてかれるんだろうよ」


「―――おっさんたち、どこの国の人?」


「俺とこいつは、ロンディニウムの出身。そこのあんたは?」


「俺はルーペンスの出身だよ。ただの羊飼いなのに、なんで帝国に捕まっちまったかな」


「帝国?」


「そういうあんたは何者なんだい」


 やばい、言ってることが何もかもわからない。え、というかなんで両手を縛られているんだ。


 状況がつかめない。ここは日本じゃ無いのか?このおっさんたちあきらかに日本人ではないぞ。


 一旦、状況を整理しよう。俺はさっきまで廃病院にいた。廃病院のリネン庫にあった紙をめくったところまでは覚えている。


 ―――だめだ。その先が思い出せない。なんだか、ぽっかり記憶が飛んでいる気がする。


 このおっさんたちもよくわからないし、俺の素性って素直に話さないほうがいいのかな。なら、ここは。


「すみません。どこかで頭でも打ったのかな。自分のことが思い出せなくて」


 駄目だ、怪訝そうな目で見られている。俺結構嘘には自信ある方なんだけどな。


「・・・そうか、それは大変だな。まぁ、別に無理に自己紹介する必要も無いか」


「それは、なんで?」


「おまえ、そうか記憶が無いんだもんな。今から行くメンデルって都市はな、炭鉱で財を築いた市長が支配する罪人の拘留所兼処刑所なんだ」


「処刑所!?俺何も悪いことしてねぇぞ」


「俺たちだってそうだ。みんな奴隷だったり国を追われたり、あそこの馬車に乗ってる姫様なんか一昨日の大戦で行方不明になってたユールェン共和国の第一皇女だろ。名前は確か―――」


「全隊止まれ!!」


 怒号のような号令によりすべての馬車が足を止めて整列する。どうやらメンデルという都市に着いたらしい。


「開門!!」


都市メンデルの扉が開かれる。馬車が順番に通り抜けると、その先には甲冑を身に纏う多くの兵士たちが整列していた。不思議と、兵士たちの容姿が気になった。どうやら身につけている物に差異はあれど、その兜から見える顔がほとんど同じだった。


 広場のような場所に着くと、馬車から順々に拘留されている罪人たちが降ろされていく。もちろん、俺も例外では無い。


「身元を確認する。虚偽があった場合は即処断する。もちろん勝手な行動も慎むように」


 罪人が一人ずつ名を呼ばれる。


「ユールェン共和国、スーシャ・レッドスカーフ」


「はい・・・」


 どうやら、さっき話題に上がった少女の名前はスーシャと言うらしい。銀色の髪に碧眼。緑の甲冑。その甲冑もところどころ壊れていて、もはや防具としての体裁すら怪しい。


「皇女殿下、お会いできて光栄です。こんな状況で無ければ」


「ありがとう。でも、よいのです。職務を全うしなさい」


 スーシャの言葉に胸を打たれたのか、罪人のリストを読み上げる兵士は涙ぐみながらリストの読み上げ作業に戻る。



 何度かリストの読み上げの順番が前後して、最後には俺だけが残った。


「この者、リストに名前がありません」


「貴様、名乗りなさい」


「―――、すみません。記憶がないものでして自分でも自分が何者なのかわからないのです」


 やはり怪訝な顔で見られてしまう。どうしたらいいもんかなぁ。


「どこで拾ってきた?」


「それが、兵士の誰も記憶に無いと・・・」


「怪しい奴め。こやつはこのまま処刑する。身元もわからぬような輩だ。死んだところで誰の不利益にもならないだろう」


 それはまずい。いや、まずすぎる。緊張感が走る。汗が止まらない。けれど口の中はカラカラになっていく。


 両手を縛られたまま、処刑台に連行されていく。階段を昇る音が、木材を踏んだときの軋む音が、残酷なまでに冷徹に今から死ぬんだってことを意識させる。


 こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい。


「そこに跪け」


「い、嫌だ」


「なに?」


「嫌だ、嫌だ、こんなわけもわからないところで死にたくない!!」


「黙れ」


「まだ、誰ともエッチしたことないんだ。誰とも、将来の夢だってなんとなくだけどあるんだ。叶えたい夢があるんだ。こんなところで死にたくなひぃ!!」


 無様な本音が漏れる。


 俺は結局なんのためにこの17年間を生きてきたのだろうか。父親は借金で蒸発し、母親は後を追うように病気で死んだ。川上先生に会うまでは、臓器だって売ってるんだ。それでも、それでも、生きていたかったから。生きて、何かを成したかったから今まで頑張ってきたんだ。なのに、なのに―――。


「こんなところで死ねるかボケェ!!」


「聞くに堪えんな。執行!!」


 黒い服の巨体、執行人がハルバードを両手で掲げる。これが振り下ろされれば俺はお終いだ。こんな映画の中みたいな世界で俺の一生は、わけもわからずに。


 あ、そうか。死ぬんだ俺。


「―――ろくな人生じゃなかったな・・・」


 心持ちとして抱えきれるだけの容量を超えたのかもしれない。今までの人生にない恐怖を感じ取った結果、俺の意識は糸が切れるようにプツンッと音を立てて消えた。



 その時、空からいななきが響いた。それはとても清々しく、高貴に感じるだろう。


 空から降り注ぐ光が、雷鳴が、馬の嘶きのような響きとともに地へ墜ちた。


 落雷が木造建築を焼き、近くの草木を燃やし、石造りの建造物を砕いた。


 落雷は止まらない。光と共に、このメンデルという都市全域に鉄槌を下したのだ。


 兵士たちは次々に落雷に撃たれる。まるでピンポイントで狙われているかのようだ。


 罪人たちは、隙を見て拘束を外し建物に身を潜めるも、落雷の先にいた者たちは 建物ごと消し飛んだ。


 とっくに、処刑人は雷で焼かれていた。


 恐怖のあまり気を失っていた祐介が目を覚ます頃、雨によって火災が沈静化された都市には祐介だけが取り残されていた。まるで、祐介だけを狙わなかったようにして。



 目を覚ますと、辺り一帯が廃墟と化していた。ついさっきまで何かが燃えていたのか、硝煙の匂いが雨の匂いと混じっている。鎧を着た兵士たちは、ほぼ全員が焼け焦げていた。俺を処刑するように命じた兵士も、装飾で見分けが付くだけで、肌は焼け焦げていた。


 兵士が持っていた剣先で拘束縄を外す。一体何が起こったのか、まるでわからない。わからないことだらけだ。強いて1つわかることがあるとするなら―――。


「漏らしたおしっこ、雨でずぶ濡れだから誤魔化せるな」


 それだけだった。


「これから、どうしたらいいんだ。どうしたら元の世界に帰れるんだ」


 考えに耽ると、何か物音が聞こえる。誰かが咳き込む声だ。


「誰か、生きてる!」


「おーい!!どこにいるんだ。声でも咳でもいい。音を出し続けてくれ!!」


 こっちです。


 弱々しい声が聞こえる。女性の声だ。瓦礫の下に埋まっているらしい。


「今、助けるから待ってて」


 沈静化したばかりなのだろう。まだ瓦礫に熱が残っている。触れば火で炙られるような痛みがじわじわと感じる。けれど、そんなことはどうでもよかった。早く助けてあげたかった。


 幾つかの瓦礫を退けると、そこには銀色の髪を流した少女が荒い呼吸で助けを求めていた。

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