風が運ぶもの

 人の口に戸は立てられない、という言葉もあるように、噂というのはどうしても抑えることの難しいものなのだと常々思う。どれだけ塞いでいても、わずかな隙間を抜けて、風に乗って流れ出す。

 どのみち無理のある話ではあるのだ。この世界が四つの地区だけで構成されていて、それより外には何もないだなんて、そんな話があるだろうか。

 ところがそんな無茶な筋書きを数十年に渡って通してきた街がある。外の概念がない、閉ざされた街。それこそが僕の住む街なのだった。

 ──小さな街だ。この中だけで市民の生活が成り立つわけもなく、「外」との物のやり取りもひっそりと行われている。それは食料品であったり、衣服であったり、そして書籍であったり、様々だ。

 幸いにしてこの街は、花卉……いわゆる観賞用の植物の生産が盛んなので、それらと引き換えに取引はおこなわれている。市外から入ってきたものは、限られた成員による念入りな検品作業を経てようやく街に出回るのだ。

 そうまでしていても人々の興味は「外」へ向かうし、その存在はもはや暗黙の了解、公然の秘密となっている。情報媒体である本なんかは特に厳重に管理され、場合によっては廃棄や修正がなされているにも関わらず、検品作業を経ていない非公式な経路からの入手が後を絶たないそうだ。

 ……いや、他人事のように語るのはやめよう。僕はどちらかというとそういった外からの風を享受する側ではなく、躍起になって隙間を塞がなければならない立ち位置にいるのだから。要するに管理者側というわけだ。

 管理してやろうとか支配してやろうとか、そういう気持ちでこの立場に就いたわけではない。この街の平和を一心に願う友人と連れ立って同じ道を歩んできたら、偶然にもそこへ繋がっていたというだけのことだった。友人は24歳の若さにして四つの地区のうちひとつの代表を務め、僕はというと、その側近として仕事をさせてもらっている。この仕事には僕なりに誇りを持っているつもりだ。

 しかし、いかんせん僕のアイデンティティは隙間風を全身に浴びて形成されたものなので、時折この生き方に違和感を覚えることもある。

 僕は本が好きだ。認定付きの本では飽き足らないくらいに。本の非公式な入手を他人事のように語るべきでない理由は、本当のところは「僕自身がそうしていたから」なのだった。今のような立場になる前のことだが、非公式ルートの本を扱う本屋の存在が突き止められそうになっていたところを庇ったことさえあった。

 それなのに今はそれを否定しなければならない立ち位置にいるなんて。こんな矛盾した存在がいることが、自分のことながら信じられない。人生は不思議だ。

 例の本屋の店主を通じてお礼の手紙を送ってきた常連客とは、今も文通を続けている。当時、なんとなく自分の正体を語らないほうが「あしながおじさん」っぽくて面白い気がして、直接ではなく店主を経由した間接的なやり取りをすることにしたのが、今になって思わぬ形で功を奏した。僕の正体はもう、相手に教えられるものではなくなってしまったのだから。

 人の口に戸は立てられない。噂話は風に乗って流れる。僕の正体も文通相手のもとに風に乗って届いてしまわないことを、祈るばかりだ。

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