ヒーラーですが『発明者が医師』なのでガトリング砲を使います!

第9話 火炎放射器(フラメンヴェルファー)

リリアの身体が、光に包まれた。

シルヴィの手が、トーマスに触れる寸前――

光が形を変える。長い筒と、背負うタンクを持つ装置。

ペスト、コレラ、天然痘――

人類は幾度も、伝染病の脅威に晒されてきた。

そして最も確実な防疫手段。それは、炎による完全焼却である。

火炎放射器（フラメンヴェルファー）――

正式名称、火焔発射器。

第一次大戦時、塹壕戦のために開発された兵器。

発明者は、ノズル技術者リチャード・フィードラー。

その火焔は敵兵のみならず、ときに劣悪な環境の塹壕に巣くう病原体を焼き払う事にも使用された。

発明から百余年。

今では平和目的の民生品が、厩舎の消毒など

伝染病対策に広く使われ、ノズルの技術は噴霧、燻蒸にも応用されている。

焼却、消毒、燻蒸――

病なき環境を取り戻すための医療・防疫器具。

すなわち、ヒーラーが装備可能な『治療器具』である！！

リリアが、ローブのフードを深く被る。

襟元をぐいっと上に引き上げる。目元以外は、フードに覆われた。

タンクを背負い右手で筒の端を握る。

「……これなら……！」

はじめから知っていたかのように、レバーを切り替える。

小窓の文字がSからFに切り替わった。

キリリッ、キリッ。

リリアが左手でダイヤルを回す。

シューッ。

筒の先から霧状の何かがわずかにあふれ出る。

ランプの油のような臭い。

筒の先の持ち手を左手で握り、しっかりと構える。

筒の先が震えている。

すぅーっ…

深呼吸。

左手の震えがおさまる。

リリアの右手の人差し指が、わずかに弧を描いた突起に触れる。

カチッ。

その瞬間――

噴水の水のごとく、火焔が溢れ出した！

火属性魔法の火球の、魔力を熱に還元したのみの瞬間的な熱波とも違う。

松明の炎とも違う。断続的に途切れることなく吹き出し続ける――

まるで火竜のブレスの如き、灼熱の吐息。

それがゾンビたちを包み込む。

ゾンビは熱さを感じない。眼前の炎に怯むこともない。

何も起きていないかの如く、それまでの動きを続ける。

だが数秒後――

肉と骨が焼け、受け身も取らず不自然な体勢のまま、崩れ落ちる。

焦げた腐肉の臭いと共に、人の形をしていたものが、こんもりとした小山となる。

生命の摂理に逆らう、禍々しき存在は――

周囲の穢れた空気もろとも、灼き尽くされた。

ゾンビたちが次々と燃え上がる。

村人に迫っていたゾンビが、水流のようにほとばしる火焔に呑まれていく。

「助かった……！」

「ありがとう……！」

村人たちの声。

でも――

シルヴィも、炎の中にいた。

「姉さん……！」

トーマスが、叫ぶ。

「やめて！　姉さんを焼かないで！」

リリアの手が、一瞬震える。

でも――

止められない。止めればみんなが死ぬ。

シルヴィが炎の中で手を伸ばす。トーマスに向かって。

最後まで。

炎がシルヴィを包む。腐敗した身体が、燃えていく。

でも、髪だけは――

ライトグリーンの美しい髪だけは、最後まで輝いていた。

そして――

風に消えた。灰だけが地面に残る。

トーマスは呆然と見つめていた。動けなかった。

リリアが火炎放射器を振り回す。

次々とゾンビが燃えていく。

一体、また一体。

ゾンビの悲鳴。いや、悲鳴ではない。

ゾンビは声を出さない。

それでも、リリアには聞こえた気がした。

（……ごめんなさい……）

（……でも……）

（……これしか、ないから……）

炎が村を照らす。

最後のゾンビが、燃え尽きた。

リリアが火炎放射器を下ろす。

村中に灰が散っている。

200人分の灰。

リリアは背中のタンクを外した。

カチャリ。

別のタンクを装着する。

ノズルの形状はそのまま。だが、中身が違う。

燃料から――消毒液へ。

リリアが噴霧する。消毒液の霧が村全体を包む。

ゾンビの残骸も。

地面も。空気も。全てを覆う。

細かい霧が、ゆっくりと降り注ぐ。

村人たちの服も。髪も。肌も。

全てが、消毒液で濡れていく。

完全消毒。

静寂。

ゾンビは、一体も残っていない。

灰だけが、地面に残っている。

村人たちが、呆然と立ち尽くす。

死者へ祈りを捧げる祭りの夜に、

焼けた髪の臭いとツンとした刺激臭だけが残った。

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あとがき

火炎放射器回、いかがだったでしょうか?

今回はトーマス君には回復魔法使ってないので、いつもの副作用はありません。

リリアさんとのゆるふわ・おねショタライフの行方は…

10話は12/10、18時ごろ公開です!