2章 アツアツ♥病気さよなら大作戦!

第7話 ランタンと少年

まえがき

今回から新章突入です! 「リリアさんのガトリング無双」のはじまり?

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ペスト、コレラ、天然痘――

人類は幾度も、伝染病の脅威に晒されてきた。

そして最も確実な防疫手段。それは、炎による完全焼却である。



火炎放射器フラメンヴェルファー――


正式名称、火焔発射器。


第一次大戦時、塹壕戦のために開発された兵器。

発明者は、ノズル技術者リチャード・フィードラー。

その火焔は敵兵のみならず、ときに劣悪な環境の塹壕に巣くう病原体を焼き払う事にも使用された。


発明から百余年。

今では平和目的の民生品が、厩舎の消毒など

伝染病対策に広く使われ、ノズルの技術は噴霧、燻蒸にも応用されている。



焼却、消毒、燻蒸――

病なき環境を取り戻すための医療・防疫器具。

すなわち、ヒーラーが装備可能な『治療器具』である!!




「……これなら……!」

はじめから知っていたかのように、レバーを切り替える。


リリアの右手の人差し指が、わずかに弧を描いた突起に触れる。


カチッ。


その瞬間――

噴水の水のごとく、火焔が溢れ出した!


火属性魔法の火球の、魔力を熱に還元したのみの瞬間的な熱波とも違う。

松明の炎とも違う。断続的に途切れることなく吹き出し続ける――

まるで火竜のブレスの如き、灼熱の吐息。


生命の摂理に逆らう、禍々しき存在は――

周囲の穢れた空気もろとも、灼き尽くされた。



――数日前。

雨上がりの村。リリアは、疲れ果てた足で村の門をくぐった。


(……ここなら……)


小さな村だ。静かで穏やか。誰も私を知らない。


村に到着した翌日。リリアは村を歩いていた。

村人たちが、何人も、ランタンを作っている。一つ、また一つ。


数が多い。


(……もうすぐ、お祭りなのかな……)



リリアはギルドで雑用クエストを受けた。


『空き家の掃除と管理』


受付嬢が小さく頷く。胸の名札にはミーナと書かれている。


「流行り病で……ご家族全員、お亡くなりになった家なの」


リリアの息が、止まる。


「半年前になるわ。村の3分の1が亡くなったの」


ミーナの表情が曇る。


「でも、もう大丈夫。立ち直ったわ」


空き家は、村の外れにあった。

扉を開けると――埃が舞う。


でも、家の中は整っている。家具も食器も、そのまま。

まるで住人がすぐに戻ってくるような。

リリアは掃除を始めた。床を拭く。窓を磨く。埃を払う。


壁には、家族の絵が飾られていた。

老夫婦。その息子と嫁。小さな孫。三世代。仲の良い家族だったのだろう。


リリアは絵を見つめた。


(……看病したのかな……)

(……健康だった家族も……)

(……それが災いして……)


リリアは小さく目を閉じた。


掃除が終わった。


「その家、よかったらリリアちゃんが住んでもいいわよ」


ミーナが、優しく笑う。


「管理を兼ねて、住んでくれたら助かるの」


リリアは小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


翌日。リリアは、新しい家の前で荷物を整理していた。


その時――

後ろから髪を掴まれた。


「……え?」


くるくると指で巻いていく。巻き癖をつけるように。


振り返ると――

10歳くらいの少年が、ニヤリと笑っている。


「おねえさん、髪の色……姉さんと似てる」


「ライトグリーンなんだ。おねえさんは、ミントグリーン」


少年がリリアの髪をくるくる巻き続ける。


「似てるから、いいや」


少年が小さく笑う。

窓から見ていたミーナが、小さく息を呑んだ。


(……あんな笑顔……)

(……シルヴィさんが亡くなってから、初めて……)


「……お姉さんはどうしてるの?」


リリアが笑顔で聞くと――

少年の表情がこわばった。答えない。髪を巻く手が止まる。


「……あ……」


リリアはしまったと思った。


ギルドに戻ると、ミーナが小さく首を振った。

トーマスは早くに両親を亡くした。姉のシルヴィが親代わりとなって育てた。

そして――流行り病で、シルヴィも亡くなった。


引き取る親族もいない。


「大丈夫よ。トーマスくんは村のみんなで支えているから」


ミーナが優しく笑う。


「孤児はトーマスくんだけじゃないの。みんな『わたしたち村人全員の子』として、大切に扱われているわ」


リリアは小さく頷いた。


(……そっか……)


ミーナが小さく笑う。


「トーマスくん、リリアちゃんの髪……くるくる巻いてたでしょう?」


「……え?」


「あれね、シルヴィさんが働いて忙しい時に、構って欲しくてやってた癖なの」


ミーナの表情が優しくなる。


「シルヴィさんが亡くなってから……誰にもやらなかったのよ」


「村の人たちも、何度も声をかけたけど……」


「でも、リリアちゃんには……」


リリアは、小さく息を呑んだ。


「あんな笑顔、久しぶりに見たわ」


ミーナが窓の外を見る。


「それと――五日後の晩は、慰霊祭なの」


リリアも釣られて視線の先を見る。ランタンを作る人々、そうか……


「リリアちゃん、トーマスくんを誘ってあげて」


ミーナはそう言いながらウインクしてみせた。


「リリアちゃんなら……きっと」


リリアは小さく笑った。


「……うん」


それから数日が過ぎた。

リリアは村で雑用を続けた。トーマスはいつもリリアの近くにいた。


くるくる。


「……また髪……」


「似てるから」


リリアも最初はトーマスのいたずらのたび、巻き癖のついた髪を整え直していた。

直してもきりがない、早々にリリアは諦めた。


(……まあ、いいか……)


「おはようリリアちゃん」


「今日も頼むね」


村人たちが挨拶してくる。


(……少しだけ……)

(……居場所が、できた気がする……)


慰霊祭の当日。トーマスが、服を持ってきた。


「おねえさん、これ着て」


淡い緑色のワンピース。シンプルで、清楚な。


「姉さんの服。おねえさん、いつも作業着じゃん」


トーマスがリリアに押し付ける。


「祭りなんだから、ちゃんとした服着てよ」


リリアは服を受け取った。ライトグリーンの布地。シルヴィの形見。


「……いいの?」


「うん。姉さんも、きっと喜ぶ」


トーマスがニヤリと笑う。リリアは小さく頷いた。


「……ありがとう」


村人たちがランタンを作っている。


「夜に飛ばすんだ」


トーマスがリリアの髪をくるくる巻きながら言う。


「火のついたランタンを空に飛ばして……魂を送るんだ」


「姉さんもきっと見てくれる」


リリアは小さく笑った。


「……きっと、見てくれるよ」


トーマスが、ニヤリと笑う。


「おねえさんも、一緒に見よう」


くるくる。


「……うん」


祭りの前日。


夜。リリアは家の窓から外を見ていた。

三世代が暮らしていた家。今はリリアひとり。静かな村。穏やかな夜。


(……ここなら……)

(……少しだけ……)


その時――

遠くで何かが動いた気がした。闇の中、リリアは目を凝らす。

暗くてよく見えない。


窓を開ける。この規模の村にしては暗い。所々に明かりが灯らぬ家々。

リリアの家と同じくもう住人はいない。訪れるのは餌をさがしに来る小動物くらいだろう。


ふと、頬に当たる風が冷たい。それは一足早い冬の訪れを告げていた。


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あとがき

始まりました、第2章「アツアツ♥病気さよなら大作戦!」

ここからはトーマスくんとリリアさんの――

ゆるふわ・おねショタライフが本格的にはじまります!


お詫び

前書きで「リリアさんのガトリング無双の始まり」とか言ってましたが

いきなり『火炎放射器』って書いてありますね。


──そういうことです。


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【今後の更新について】

ここまで 7 話、毎日更新で走り抜け、無事に 1 章を完結できました。

読んでくださる皆さま、本当にありがとうございます。


2章からは「無理なく続けるため、週に数回更新で」と

実は予約投稿に書いていたのですが……


毎日欠かさず読みに来てくださる方がいらっしゃることを知り、

うれしくて、もう少しだけ毎日更新を続けてみようと思いました。


8話は 12/8 の 18 時ごろ 公開予定です。

どうぞよろしくお願いいたします!

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