第13話「体育と魔法の力」
次の日、記念すべき登校二日目。
「……大丈夫か、時枝?」
俺は死にかけていた。
「な、なんとか。登校ってあんなに大変、皆毎朝命がけなんだね」
「そんな訳ないだろう。いったい君に何があったんだ」
「植木鉢とトラックのマリアージュが」
「妄言が出ているな。本当に大丈夫か?」
昨日は行きも帰りも何事もなかったから油断していた。
まさか植木鉢もトラックも、らびらびと出かけた時よりも数倍殺意を増して襲い掛かって来るとは。一日チャージして威力を上げたとかそういう話だろうか。
理不尽な不運を嘆きつつ鞄を降ろす。さすがに学校の中では何も襲撃してこないらしい。
命の鼓動を確かめ気を取り直し、改めて隣人へ挨拶する。
「おはよう財前、今日もよろしく」
「ああ、おはよう。無事、無事? 顔を見れて安心したぞ」
「無事。うん、多分無事」
「そうか。今日は一時間目から体育だが、その調子で出られるのか?」
「大丈夫。大丈夫じゃなくてもやる。ずっと体育の授業楽しみだったんだ」
「ふっ、あまりはしゃぎすぎるなよ。病み上がりで無理して、病院へ逆戻りになんてなったら大問題だからな」
その場合恐らく目が覚める前とは異なり、入院代を払うのは血縁上の父ではなく葵さんになるはず。
自業自得のあれはともかく、これ以上葵さんに迷惑はかけられない。俺は財前の忠告を心して受け止めた。
受け止めたからこそ、その後心の声を抑えきれなかった。
「いやこの流れで財前がよくないんかい!」
「すまない、実は起きた時から腹が」
「保健室でお腹温かくしてなよ! ヤバそうなら帰って寝てな!」
更衣室代わりの空き教室へ案内してくれた財前を、今度は俺が保健室まで連れて行く。その後ジャージに着替えてから体育館まで移動した。
少し遅くなったからか、他の生徒はもうほとんど揃っているようだ。女子ばかりで圧力が凄い。頭では分かっていても、いざ目にするとまだ向かう足が鈍る。
そもそも俺はどこに行けばいいんだろう。財前を当てにしていたから見当もつかない。
入口付近で悩んで足踏みしている内に、一人の親切なクラスメイトが気づいてくれた。
「時枝くん、こっちだよー!」
前の席の女子、なんと名前も前野さんに呼ばれるまま近づいていく。ここがクラスの集合場所とのことだそうだ。
「教えてくれてありがとう」
「い、いやぁ、それほどでも、でへへ」
笑い方。
「こいつ、前野の癖に時枝くんの横に立ちやがった!」
「前野の癖に! 前行け前!」
「名前弄りが雑過ぎじゃない!?」
前野さんが他の女子からもみくちゃにされている。楽しそうではあるものの、まさか俺が混じる訳にもいかない。前の世界でもあれだし、今はもっと大変なことになりそうだ。
こうしていくらか待つ内に体育の先生がやってきて、授業の始まりと共に問題が生じた。
「今日はバスケ、最初は二人組でパスやシュートの練習をやる予定でしたが」
体育の授業は一組と二組の二クラス合同で行う。それでも今ここに男子は俺一人だ。保健室で休んでいる財前はおろか、一組の男子は学校にすら来ていないようだ。
なんでも例の珍兵器の影響で、現代に至っても男は体が弱い人ばかりだとか。一組の男子とはまだ会ってもいないのに、もう親近感が湧く。
そんな深刻な社会問題とは別に、今の俺はとある大問題に襲われていた。
「……時枝くん、先生とやる?」
「それは、出来れば最後の手段で」
組む相手、男子がいない。
初めての体育なんだからいっそ先生とでもいいかも、なんて一瞬は考えた。
でもこう、失礼な話ぼっち感が強くなって、体育の楽しさが半減してしまうような。
かといって組む当てはまったくなくて、どうしようかと悩んだ俺の脳裏に、昨日交わした会話が不意に過ぎった。
「そうだ。じゃあ、よければ朝地さんと」
あの超絶格好いい朝地さんのお姉さん、朝地桜さんがこのクラスにいるらしい。
妹さんがあれだけ頼りになるのだから、姉となればきっと更にその上を行くだろう。
雑極まりない考えのもと出した適当な提案に、何故か周囲の空気がざわめき始めた。
「ば、馬鹿な、あの朝地さんだって!?」
「朝地さんは男子に興味がないはず。なのにどうして時枝くんが」
「……まさか、時枝くんが昨日の時点で目をつけてたから?」
「やっぱり最後は顔と体か!」
何言ってるのか分からないけれど、なんかバトルもので強敵が表れた時みたいな反応だな。もしや姉の朝地さんはクールが行き過ぎて不良にまでなってしまった人なんだろうか。
「朝地さーん、ちょっと来て―!」
妄想染みた的外れであって欲しい予想をよそに、先生が大きな声で朝地さんを呼ぶ。
すぐに女子の群れから長い髪の子が一人、一際目立つ子がこちらに歩いて来た。その姿を見て、なんとなくクラスメイトの戦慄も納得した。
妹の朝地さん、朝地陽香さんはとても大人っぽい子だった。振る舞いも格好いいし、すらっとしていて小学生にしては背も高い。悔しいことに俺と同じくらいある。きっと制服を着ていれば中学生か高校生だと思われるだろう。
そして姉の朝地さん、朝地桜さんはそれに輪をかけて大人っぽい、というより見た目は完全に成熟していた。立派な高校生、それどころか大学生にすら見える。
現に皆と同じジャージ姿にもかかわらず、先生の横に立つ様子は生徒というより先生に近い雰囲気があった。
さっきクラスメイトがあそこまで動揺していたのは、それに加えて彼女の容姿が妹さん同様とても整っているからだろう。
ただ、妹の朝地さんは夏のような輝き、溌剌とした格好良さに満ちた子だった。
反対に姉の朝地さんは冬の夜空に光る星みたいな、よく言えば神秘的な、悪く言えばどこか退廃的な美しさを感じる。ジャージ姿なのに。
なんて、話したこともない人に向ける目じゃなかったな。大人しくしておこう。
「なんですか、先生?」
「朝地さん、今日の授業で組む相手ってもう決まってる?」
「いいえ、まだです」
「なら悪いんだけど、時枝くんと一緒にやってもらえないかな?」
「はあ。どうして私に?」
「時枝くんが、ぜひ朝地さんとバスケしたいって言うから」
なんか語弊があるような。
姉の朝地さんも引っかかりを覚えたのか、それとも俺の視線を感じていたのか、じろりとこちらを睨む目は鋭く冷たい。
「……私、貴方と話したことあったかしら?」
「ないよ。でもあの朝地さんから、じゃ同じで分かりにくいか、陽香さんから姉さんがいるって聞いたから。それで陽香さんのお姉さんならクラスで一番信用出来そうな気がして」
「信用?」
理解出来ないとばかりに単語で返される。確かに普通なら、会ったばかりなのに信用も何もないだろう。
だけど今の俺には妹の朝地さん、陽香さんという超大きな保証。そして目の前に広がるクラスメイトの惨状がある。
「や、ヤバい、このままじゃ、私の時枝くんが寝取られる!」
「寝てから言え! 寝たら殺す!」
「こいつ錯乱しておる」
阿鼻叫喚。
「迂闊にお願いしたら、あの欲望ぶつけられちゃいそうだなーって」
「……その発散出来なかった妬みと敵意が、早速私に飛んで来てるのだけど」
「それは、誠に申し訳ございません。ごめんなさい」
その指摘には謝ることしか出来ない。割と思い付き、考えなしの行動だったから、こうなるとは予想もしていなかった。
意外にもそれで納得してくれたのか、姉の朝地さんは深い溜息を吐いてから、どこか冷たい声で告げる。
「まあいいわ。ちょうど貴方とは、一度話しておくべきだと思っていたから」
俺を見る目は友好的な、様々な意味で熱に溢れたクラスメイト達のものとはまるで異なる。その瞳には冷ややかで理知的な、警戒の光が煌々と輝いていた。
それから準備体操を終えた後、いよいよバスケの時間となった。
「時枝はバスケしたことあるの?」
「まったくないです」
先生に手渡されたバスケットボールを弄りながら朝地の質問に答える。
失礼なことに俺は話しかけられながらも、ほぼボールに意識を向けていた。その上適当に弄り遊んでもいた。
「おー、凄い、こんな弾むんだ」
「……本当に、触ったこともないのね」
「体育館入るのも初めてだから。ところでなんでこんなに床に線引いてあるの?」
「バスケ以外にも色々やるからよ、バレーとかバトミントンとか」
バトミントンかぁ。鈴木の姉ちゃんがバトミントン部だったらしいから興味はある。
意識が別に向いたからかボールは手を離れ、朝地の足元に転がっていく。当然拾われてしまったので、ボールは諦めて質問を続けることにした。
「じゃあこの線は?」
「ここは、スリーポイントラインっ」
言うや否や、朝地はジャンプしながらバスケットボールを放り投げた。
綺麗な放物線を描いたボールはゴールの壁に当たり、そのまま網の中にするりと落ちていった。成功だ。見事なシュートについ拍手を打ってしまう。
「おおー、ないっしゅー」
「気の抜けた声援ね」
弾むボールをキャッチした朝地は俺に投げようと大きく振りかぶり、すぐさま思い直したように抱え直した。
それから元の場所へ戻り、やってみたらとでも言うようにボールを俺に差し出してくる。
「ありがとう」
お礼を言ってからボールを受け取り、俺も朝地を倣って一度シュートをしてみる。
「あー、全然だ」
見よう見まねのシュートはゴールの壁にぶつかり、ボールは明後日の方向へ弾んでいく。当然の如くゴールにはかすりもしなかった。
転がりボールを追いかけ回収し、すぐに朝地の下へと駆け戻る。順番からして次は朝地の番なんだろうけども、既に俺は若干むきになっていた。
「もう一回やっていい?」
「好きなだけどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて」
無事許可を貰えたからもう一度挑戦。朝地のフォーム、一回目のシュートを思い出して全身の動きを調整する。
手の位置、指のかかり、膝の沈み、跳躍のタイミング。
身体が知らないはずの動きに最適化されていく。それでも放ったシュートはまたゴールの壁に当たり、今度は縁にぶつかり跳ねた。
「……へぇ」
朝地が漏らした息はどういう意味なのか。耳にしても今の俺に関心はなかった。
気になるのはどうすればもっと上手くシュート出来るのか。幸い、もう未知の感覚がその答えを教えてくれていた。
「大体分かった。なら、これくらいか」
今の結果をもとにフォーム、かける力、タイミングを再修正。これならいける。
おかげで続けて投げたボールは、あっさりとゴールの中へと吸い込まれていった。
ゴールの下で弾むボールを回収し、唖然としている朝地のところに戻る。その途中で思い出した。こういう時やりたいことがあった。
ボールを一旦床に置き、俺は胸の前あたりで両手を広げてみる。
「いぇーい」
「……なにそれ?」
「ハイタッチ。さっきし忘れたけど、ゴール決まったらこういうことするんでしょ?」
「しないわよ、いちいち、そんなこと」
念入りに否定する辺り、朝地には寄りつく島もなかった。
広げた両手の扱いに困ってグーとパーを繰り返す。そんな俺の手を、突如躍り出た体育の先生が力強く握り締めた。
「時枝くんっ!」
「あっはい」
「先生は君のシュートを見ていました! 初心者であんな美しい、素晴らしいフォームを取れる子はいません! それもいきなりスリーポイントを決めるなんて! 男の子なら尚更です!」
「はあ、どうも」
「実は先生には伝手があります。先生と一緒に、世界を目指しましょう!」
「それはちょっと」
この後滅茶苦茶粘られた。しかも様子を見に来た新田先生に頭を叩かれ説教されてもなお、まだまだ諦めてなさそうだった。
「みたいなことがあって」
「今日から魔法少年時枝耕太郎、世界バスケ編が始まるぴょん?」
「始まらないよ」
その日の夜、俺はらびらびに体育の授業での出来事を相談していた。どうしても気にかかることがあったからだ。
「気になったんだけど、もしかして魔法って変身しなくても使えるの?」
「使えるぴょん。もちろんしていない時より効果は大きく減るぴょん」
「それじゃその魔法って、無意識に発動したりもするのかな?」
どうしてそんなことを聞くのかって顔をしている。だから問われる前に答えを言った。
「あんなに上手くバスケが出来たのは俺の願い、俺の魔法のおかげだと思うんだ」
「一応確認しておくぴょん。耕太郎の願った力は何ぴょん?」
「健康な、自由に動く身体、みたいな」
他にぱっと思い浮かぶ望みなんて、あとは過去改変と死者蘇生くらいだろう。
実際変身した時のことを考えると、絶対にそのどちらも当てはまらない。だから消去法的に俺の力は身体強化一択となる。
「それで実は身体能力だけじゃなくて動かし方、身体の制御力、みたいなものも強化されてるんじゃないかって」
「らびらびもそう思うぴょん。変身している時のあの動き、とても素人には真似出来ないものだったぴょん」
「やっぱり。それでさ、これってらびらびの言ってた魔法少女の禁止事項、過度の私的利用に含まれない?」
触ったことすらないバスケットボールであんなにもシュートを容易く、そして何回も成功させられたのは間違いなく魔法のおかげだろう。
だから法に触れるようなものではないにせよ、これも立派な私的利用な気がする。
俺の心配を聞いたらびらびは幾ばくかの沈黙の後、極めて軽い素振りで首を横に振った。
「耕太郎の魔法は自動的に発動するものだから、日常生活、授業や遊びくらいなら問題はまったくないぴょん。ただ、その先生の言うように世界を目指すようなことは」
「そっか。じゃあ諦めるか」
「……それでいいぴょん? 世界はまだしも、耕太郎は部活とか興味ないぴょん?」
「あるにはあるよ。でもまだ学校行くだけでも大変だし、俺もう二年生だし。そもそも男子の運動部はないみたいでさ」
体育の授業すら毎回出られる男子生徒はほとんどいないらしい。元々の人数もあるし、運動部が存在しないのも受け入れるしかない。
らびらびの方も俺の答えで納得したようだった。
「話が一区切りついたところで報告ぴょん。今日もレムナントの集積を確認したから、対応をお願いしたいぴょん」
「なら、あの子達も?」
「当然来ると思うぴょん。耕太郎のイケメン力が試される時がとうとう来たぴょん!」
「なんじゃそりゃ」
意味不明だった。
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