今朝のできごと

遠山ラムネ

今朝のできごと

失恋したら髪を切るなんて馬鹿みたいな風習だと常々思っていたのに、先輩の新しい彼女を見たショックでうっかり切ってしまった。


ストレートロングが好きだって前に言ってたのに、先輩の新しい彼女は、ゆるふわボブの華奢で小柄な美少女だった。


なんだ

ちっちゃくて可愛いければ、髪型なんて関係ないんじゃん


たぶん、それだけが理由ではないはずだ。それはそうなんだけど。

でもその時私はひどく惨めな気がした。意味もなく、報われることもないのに長く伸びた私の髪。



バッサリいった。

もう、耳が出るくらいまで。

こんなに短くしたのはいつぶりだったろうかと思っただけど、さほど違和感もなかった。


小さな頃、髪はずっと短かった。昔からバレーをやっていたし、軽く扱いやすく動きやすい、実用重視のショートカット。


翌朝登校するなりクラスメイトにはさすがに驚かれたけど、暑くなってきたからーと言ったらみんな信じた。それくらい、私の失恋なんて、誰にとっても、どうでもいいことだよなとしみじみ思った。



席に着くと、隣の席の矢中がやけにまじまじと見てくる。


「なに」

「いやぁ、髪減ったなぁ、と」

「減ったっていうな語弊がある」


思わず不機嫌に言い返すも、矢中はくくっと笑っている。


「確かに。減ったっていうと禿げたみたいだよな」

「減ってないから!禿げてもないし!」

「わーかってるって」


矢中はニヤニヤしたまま、ちょっとのけぞってわざとらしく鑑賞の構え。


「いやー、いいんじゃね?今の方が」

「そお?」

「長いのはさー、うっすら似合ってねーなって、思ってはいた」

「え、そうなの?はやく言ってよ」

「いやぁ、髪型なんて個人の自由だし?」


それもそうだ。そもそも、ストレートロングは似合わない、なんて急に言われても、反発しか感じない。


「水上はさー?横顔の輪郭が綺麗だから、短い方がいんじゃね?」

「ええ?」


なにそれ。そんなん、生まれて初めて言われたけど。


「そ、んなこと、見てたの?」

「いや?だから見えなかったって、髪が邪魔で。今ないからよく見える」


どーも、絶妙に話が噛み合わないなと思いながらも、褒められたら素直に嬉しい。


「色も白いしな。さすが、室内競技」


嬉しいんだけどやっぱり、ちょっとズレてる気がする。


「矢中って〜、なんか、ちょい、独特、じゃない?」

「そうか?まぁ、それも個人の自由だしなぁ?」


矢中は特に気を悪くしたふうでもなかったけれど、急に興味をなくしたみたく、鞄の中身なんか確認している。



横顔の輪郭、ねぇ?



席が隣になって数週間。

矢中の横顔を、初めてちゃんと見た。

別に、かっこいいとか思うわけじゃないけど。


ふーん……なんかまつ毛長いじゃん……いらんやろ、男子にそんな美まつ毛……


なんてしげしげ観察していたのに気付かれていたのか、矢中がこっちを見ないままぼそっという。


「な、よく見えるだろ?髪が減ると」

「だ、か、ら、減っては、ないから!」


反射的にむきになる。彼はまた、耐えかねたように肩を揺らす。


「いやぁー、水上おもしろいなぁー」


何がツボだったんだか、矢中はやたらと笑っている。


もうすぐホームルーム。なにごともない、なんて平和な、今朝のできごと。



Fin

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今朝のできごと 遠山ラムネ @ramune_toyama

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