第1話 深夜、自動販売機の明かりの元で
「……でさ、やっぱり一番は ぐ〜チョコランタン やと思うんよね。ぐ〜チョコランタン、一択」
「そんな当然みたいに言われましても……。言っときますけど教育テレビの話題なんて、陽はるさんが思ってるほど一般教養じゃないですからね」
「……まじか」
公園の広場から少し外れた場所に、幅の狭い四段の階段がある。
街灯も届かない半闇に、ぽつんと自動販売機だけが立っていた。白い光が地面を四角く照らし、周囲の影を深く沈ませている。その光の輪の中で、ふたりの男が隣り合っていた。
段の上に立つ長身の、陽と呼ばれた男。赤いレザージャケットの派手さは、この夜更けの空気にまったく馴染んでいない。金の長髪を後ろで束ね、どこか愉快そうな、しかし油断のない瞳で少年を見下ろしている。
片や、段に腰を下ろしている性根は、黒いパーカーの袖を握ったまま、少し癖のある黒髪が前にかかり、幼さを隠しきれない表情が光に浮かんでいる。
まわりは静かだった。風も車も人影もない。ただ、ふたりの声だけが淡々と夜に響いていた。
「やけどよう知ってるね、雄吾くん。ぐ〜チョコランタンって君の世代と違うような気がするけど」
陽は階段の端から、軽い調子で問いかけた。
その笑みは柔らかいのに、どこか探るような響きがあった。
「世代は違いますよ。ただ、家族の話で “教育番組の人形劇といえば?” って聞かれた時に兄から教えてもらったんです」
ほーん、なるほどなぁ、と陽は言いかけ、急に言葉を変えた。
「……一般家庭に出てきてるやん。ポピュラーやん、教育番組の話題」
「……あれ?今日はたばこ吸わないんですか?陽さん」
「……吸ったことないっての。ほんで話そらすな」
雄吾は追いかけてくる陽の目を避けるように、暗い方へ視線を滑らせる。
けれどその口元は、逃げる前からもう緩んでいて、年相応の無邪気さが返ってきていた。
陽はその隙を見逃さず、言葉を重ねる。
「いやいや、そもそも俺、たばこNGやから。吸うのも、副流煙つくのも、どっちもアウトやから。」
「……だったらその金髪と長髪もだめでしょ。保育士になるんでしょ?」
雄吾はここぞとばかりに陽の髪を指さした。
金色の束が自販機の光を受け、ゆらりと揺れ、夜の冷気の中でやけに目立つ。
陽は「うっ」と声にならない音を漏らし、肩をすくめた。その仕草が妙に素直で、少年を少しだけ安心させた。
「……これはいいんです。まだ学生ですんで。実習の時はちゃんと黒染めして、髪も結んで行っていますので……。」
妙に丁寧な言い訳のままに陽は、そのまま腰に手をあて、ピッと雄吾に指をつきつける。
「そんなこと言うならそもそもなぁ──高校生がこんな夜中に出歩いてて良いんかい。雄吾くんよお」
矛先が自分に向いた瞬間、今度は雄吾が肩をびくりと揺らし、「う……」と唇をつぐんだ。
言い返す言葉はあったはずなのに、小さく眉を寄せて黙り込む。
そして、言い訳にならない言い訳を放った。
「……別にいいですよ。警察とか先生に見つかったら、陽さんに連れ出されたって言いますから」
「いやそれ本当にまずいやつ……!」
陽の声が階段に跳ね返り、夜気を震わせた。
その響きが妙に心地よくて、雄吾はひっそりと肩を揺らして笑う。
「ふふっ、すいません。面白くて思わず。自分の責任で夜廻りしてるんで安心して下さい。というか、そんな事より――今日僕報告が会ってきたんですよ」
何々?と興味深々で陽が改めて雄吾に向き直る。
自動販売機の小さな明かりに照らされたその陽の表情を見て、思わず子どもっぽいなあと笑う雄吾。
その顔を見ながら雄吾はふと、思い返した。
それは、雄吾自身の事、そして初めて陽とであった日の事だった。
夜に場違いな高校生の少年と、どこか物悲しそうな青年が、なぜか同じ公園に座っていた。
深夜の散歩、夜廻りの中で見つけた初めての友達との出来事を。
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