デッド アンド アライブ ~魔王を倒した一人が帰れる世界をバカ真面目とバグ皮肉屋が行く~
右端燕司
プロローグ そして消失した
真昼の日差しを拒むように木々が生い茂り、暗い影を落とす森。
その森を割る様に伸びる街道で黒髪の青年と大きな獣が相対していた。
「危ねっ!」
風を切る音と共に熊の魔物、ウェアグリズの爪が青年の眼前を通過する。
青年は後方へ飛び退いて体勢を立て直す。
「熊がすでに強いのによ、それが魔物になったら鬼に金棒どころじゃないだろ」
器用に後足で立ち、グルルルと低く唸りながら青年を睨むウェアグリズ。その目には獣の凶暴さと、魔物化の影響で生まれた攻撃的な知性が光っていた。
黒髪の青年リンジは右手のナイフを握り直す。
「もっと簡単に狩らせてくれると助かるんだけどな」
リンジはここまで何度か隙をついてウェアグリズに手傷を負わせていたが、血を流しながらもウェアグリズは退く素振りを見せない。
普通の獣であれば逃げていてもおかしくはない傷。しかし魔物になった生物は違う。
魔物が優先するのは「生きる事」ではなく「殺す事」。
正しく人類の敵であり、そしてリンジのような冒険者の駆除対象であった。
不意にざわりと森から風が吹くと、ウェアグリズが動き出す。
ウェアグリズは街道から素早く木々の中に飛び込むと、木と木の間を速度を変えながらリンジを囲むように走り回る。
「っち。本当にいやらしい賢さだな」
逃げようとしているわけじゃない。リンジは理解していた。
虎視眈々とこっちの隙を狙っていること、そして厄介にもリンジ自身がさっきウェアグリズに対して使った戦法だということも。
すぐに有用性を理解して利用する。
元から賢い動物とは言え、魔物化すればこんなことまでしてくる。
その知性は恐ろしい。けれどそこにはリンジとの違い、欠点があった。
魔物になって得た知性は攻撃に転化されていても元を辿れば獣。
だからこその弱点。
走るウェアグリズに合わせて体の向きを変えるだけで動こうとはしないリンジ。そのままジリジリと視線だけの攻防を続けていると、ウェアグリズは急激に速度を上げて一直線にリンジの方へ突っ込んでくる。
早い話、我慢がきかないのだ。
「ウガァ!」
結局、我慢比べに負けて勢いのままに走り込んで来たウェアグリズは両前足を振り上げて、鋭い爪を振り下ろしてくる。
「それじゃあ走り回った意味が無いだろうがよ!」
リンジはそれを前宙で躱し、勢いのままにウェアグリズの眉間へと踵を振り落とす。
「グガァッ!」
着地すると同時に衝撃で跳ね上がったウェアグリズの懐に入り、首を狙ってナイフを振り抜く。
ガギン!
「クソッ!固ってぇ!」
しかし厚い毛皮が刀身を阻み、致命傷にはならない。
「ガアッ!」
ウェアグリズは前足を振り抜き、リンジを殴りつける。
反撃をモロに受けたリンジは大きく吹き飛ばされ、背中から木に激突する。
「っくう!」
衝撃で口から空気が吐き出されるが、歯を食いしばって何とか膝をつかずに済んだリンジ。
しかしこの大きな隙を逃してくれるわけもなく、追撃の為にウェアグリズが迫る。
「……やるしか無いか」
追い詰められたリンジは苦い顔で懐に手を伸ばす。
心底嫌な、けれど決意の表情で最終手段に手を掛けたところで──その声は聞こえた。
「はあああああ!」
銀閃が瞬き、リンジに振り降ろされるはずだった爪は鋭く、そして鮮やかな剣に弾かれる。
リンジとウェアグリズの間に割って入ったのは長い髪をたなびかせ、直剣を携えた乙女、シンク。
シンクは振るった剣の勢いもそのままに体勢を崩したウェアグリズの首、リンジが付けた傷跡を狙って蹴り飛ばす。
「グギャア!」
痛烈な攻撃にウェアグリズは思わず怯み、距離を取る。
「ごめん!遅れちゃった!大丈夫?」
「ヒーローは遅れて来るってな。おかげ様で大したケガは無さそうだ。シンクの方はもう片付いたのか?」
「うん。私の方は若いメス熊だったからね」
お互いにウェアグリズから視線を外さないままに体勢を整えて状況を整理する。
「こっちもなんとか時間稼ぎつつ何発かは喰らわせてるハズなんだが、まだ倒れてくれそうにないな」
「私の方も完全に倒れる寸前まで攻撃してきてたから、熊の魔物は特別タフなのかもしれないね」
改めてナイフを構え直したリンジと、直剣を構えるシンク。
再びざわりと木々を揺らす風が吹くと、今度はリンジの方から仕掛ける。
「一気に決める。俺は左から!」
「了解!」
飛び出していったリンジはウェアグリズの左、シンクは挟むように右から迫る。
「「はあああああ!」」
左右からの同時の威圧で判断を鈍らせると2人の苛烈な攻撃がウェアグリズを責め立てる。
先に接近したリンジはシンクに気を取られて目線を逸らしたウェアグリズの脇腹にナイフの刺突を繰り出す。
疾走の勢いを乗せたその一撃は厚い毛皮を貫いて深々と刺さる。
「ッガアッ!」
即座に右前足を振るって反撃してくるが、リンジは刺したナイフをそのままにして攻撃を潜って回避。
そして振りぬくようにナイフを引き抜いて傷の内側を強く切りつける。
「グゥッ!」
あまりのダメージに怯むウェアグリズに間髪入れずにシンクの剣が迫る。
リンジへと向き直ったウェアグリズの背後を取ることになったシンク。しかし背中の黒々とした毛皮に刃が通るイメージ湧かなかった結果、刃が通らなくても関節への打撃ダメージを狙えるようにウェアグリズの膝裏へ勢いを乗せた大振りな一撃をお見舞いする。
「はぁ!」
バギンッ!
「ガアアアア!」
刃の半分ほどが膝に食い込み、どこかの骨が砕けた音が響く。
背後からの予期しないダメージにウェアグリズは両前足を振り回して2人に同時反撃。
「よっと!」
「当たるかよ!」
しかしシンクはその前足を屈んで回避。リンジは跳躍して飛び越しざまに斬りつける。
「これで──」
引き絞った弓の様に屈んだまま力を溜めていたシンクは、立ち上がると同時に力を解放し、渾身の斬り上げを繰り出す。
「──どうかな!」
キィン。
静かな音と共に、ウェアグリズの左前足が宙に舞った。
「グギャアアアアア!」
ウェアグリズの絶叫が木々に反響して森を震わせる。
「これが断末魔だといいんだけど、な!」
リンジは言葉とは裏腹に油断することなくウェアグリズに攻撃を仕掛ける。
片腕になり隙が多くなったウェアグリズの懐に入り込むと、比較的毛皮の薄い腹部を狙って連続した斬撃。
たまらずウェアグリズはリンジへ大振りの一撃を振り降ろすが、その隙を狙ってシンクが最上段で剣を構える。
優位を活かして、一気に押し切ろうとする。
──それこそが、2人の油断だった。
「これで終わ──っ目が!?」
瞬間、急にウェアグリズが体を反転、同時にシンクは目を覆って怯む。
放たれたのは血の目潰し。
ウェアグリズは視界の外から狙って来たシンクに対して斬られた左前足を振り、傷口から流れる血を飛ばしてシンクの視界を奪っていた。
この窮地に再び牙を剥いた攻撃的な知性。それは2人にとって完全な予想外で、反応が大きく遅れる。
そしてリンジを狙っていたはずの大振りの一撃は反転した威力を乗せてシンクへと直撃する。
「っああっ!」
なんとか防御姿勢を取ったシンクだったが、その体は数メートル先まで吹き飛ばされて地面に転がる。
目を血走らせたウェアグリズはリンジを完全に無視し、足が3本になっているとは思えない速度でシンクの元へと駆けていく。
「くそっ!」
リンジも走り出すがその速度はウェアグリズには到底及ばない。
「シンク!」
「う、うぅ……」
シンクは何とか体を起こそうとするが、背中を強く打った衝撃で動くことが出来ない。
「……やってやるよ!」
走りながら懐へ手を伸ばすリンジ。
さっきは握らずに済んだ「それ」の柄を決意と共に握る。
スラリ、という音と共に胸の鞘から抜かれたのは鍔に青いサファイアの様な石が埋め込まれたナイフ。
リンジはそのナイフを素早く、そして正確に前方のウェアグリズへ投擲すると、意識を集中する。
──ドクン。
集中するほどにリンジの中で大きく響く鼓動。
全身に響く鼓動が一際強く鳴動した瞬間──リンジの姿は、その場から消失。
刹那、ウェアグリズの頭上、投げていたナイフの位置にリンジの姿が現れる。
手には投擲していた青い石のナイフ。リンジはそれを空中で思い切り振りかぶっていた。
「テメェの頭を貯金箱みてぇにしてやるよ!」
両手で握り込み全力で振り下ろしたナイフの先にはウェアグリズの眉間。
骨を砕く鈍い音と共にナイフの刀身のほとんどがウェアグリズの頭蓋に突き刺さる。
「アッ、アアッ……!」
頭を貫かれたウェアグリズは声にならない声を上げてビクンと大きく痙攣した後、足をもつれさせ転倒。大きな砂煙を上げながら地面を転がる。
転がっていたウェアグリズの体が止まると、なんとか立ち上がったシンクが剣を構えて警戒しながら近づく。
「リンジ、大丈夫!?」
視界が晴れてくるとそこには脳天に開けられた傷から血を流して絶命し、ピクリとも動かなくなったウェアグリズの死体。
「リンジ、どこ!?」
呼びかけながら辺りを探ると近くで倒れていたリンジを見つける。
「リンジ!」
「……シンクか。よかった……間に合ったみたいだ──」
けれどシンクが駆け寄るより先、リンジが言い終えるより先にその身体は霧散し、消失する。
カラン、という音と共にその場には青い石のナイフだけが落ちていた。
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