第6話 大津ボルデメ
〇海上自衛隊舞鶴地方隊内 若井防衛大臣補佐官執務室
部下が持ってきたこれまでの4回の試験潜航の記録を確認する若井。
「・・・(舞鶴海道に入って行ったのは3回目と4回目か)この3回目と4回目の潜航の詳細をヒアリングした者は?」
そう言ってデスクの向こうに並んだ部下たちの顔を見回すが、みな一様に首を横に振る。
「(今日も舞鶴海道に入って行ったのか・・・まさか、ボルデメのことを知っている? それとも偶然発見したのか・・・)「かみかぜ」の今日の帰港は何時だ?」
「はい、えぇ・・・16時の予定です」
試験潜航予定航路表を見ながら部下が答える。
「デブリーフィングは?」
「17時からです」
「基地司令の予定を17時から抑えてくれ。それとデブリーフィングには私と、司令も出席する」
「わかりました、手配しておきます」
そう言って部屋を出ていく部下たちを見つめながら、大きくため息をつき、椅子にもたれかかる若井。
「(大泉め、一体何を見た・・・)」
〇海上自衛隊舞鶴地方隊内 作戦会議室1
本日の潜航試験のデブリーフィングのため、会議室に集まった乗組員の面々。三上副長が進行役となり、航海ログをもとに会議を始めようとしたところで、会議室のドアが開いた。
「司令!?」
驚いて三上が叫ぶと、全員が一斉に起立して敬礼した。
安藤 豊舞鶴基地司令は、敬礼はいいからと手で制しながら、
「あぁ構わん構わん、休んで。予定にはなかったが若井君に同席するよう言われてね。いいかな、中野艦長?」
「もちろんです、安藤司令。司令にはこれまで同様、後ほど個別にご報告に伺う予定でしたが、お時間が許すのであれば、ぜひご同席ください」
「私も同席させてもらうよ」
そう言って安藤司令の後から入ってきたのは若井だった。
「若井・・・補佐官」
三上が驚いたように呟いた。
「本日の潜航試験のデブリーフィング前に少し聞きたいことがある」
若井は席には座らず、会議室正面の教壇に立ち、こう切り出した。
「まず中野艦長。本日までの5回の試験潜航、事前に潜航計画が提出されておらず、基地司令の許可も取っていない。加えて3回目と4回目の試験では、当初予定のルートとは異なる航路を取っているようだが、その理由もお聞きしたい。そして、本日5回目の試験潜航。私に来た連絡によれば予定では明日のはず。そして私が乗艦することを連絡してあったにも関わらず、私の到着を待たず、予定より1日早い本日潜航した理由は何か!」
若井はここぞとばかりに一気にまくし立てた。
最初に名指しされた中野艦長が立ち上がり、
「若井防衛大臣補佐官、お答えします。ご存じの通り「かみかぜ」の試験潜航は7回予定されております。我が国初の原子力潜水艦であり、その機能・性能の確認のための潜航計画は、極秘扱いとなっており通常の書類決裁ルートには乗っておりません。が、基地司令には事前に提出しております。その上で、機能・性能の確認達成のためには海が凪いでいる条件が必要なケースもあり、それがご指摘の3、4、5回目の潜航に当たりますが、必ずしも司令に提出した計画通りの日時に出航できるわけではないこと、並びに「かみかぜ」部隊の判断により、急遽の潜航となる場合がありうることにもご承認をいただいております。 明日予定されていた潜航が、急遽本日に変更となりましたのは、今夜から接近予定の低気圧が原因です。今回の試験潜航ではソナーをはじめ、「かみかぜ」の目となり耳となる最新設備の性能限界確認試験が目的でありましたため、海が凪いでいた今朝が最適と判断し、出航を決めた次第です。最後に、3回目と4回目の試験ルートが当初計画から変更された件ですが・・・」
とそこまで言ったところで大泉が立ち上がり中野を手で制した。
「それについては私から」
そう言って中野に着席を促した。大泉は中野の着席を待ってから、若井を見据え、
「若井、ルート変更について答える前に、こちらかまず聞きたいことがある」
なんだ、と言わんばかりにじろりと目で答える若井。
「この湾内から大津ボルデメまで続く海底洞窟のこと、そしてボルデメ直下にある巨大な空洞のこと、お前、知ってたな?」
若井はおそらく、そう質問されることをわかっていたのであろう。大泉の質問を聞いても、顔色一つ変えなかったが、それが返って大泉を確信させた。大泉はゆっくりと2度3度頷きながら、
「やはりな。なぜ事前に教えてくれなかった。防衛省の機密事項だからか?」
「いずれ言おうと思っていたさ。私が乗艦したら向かおうと思っていたからね」
そういうと、腕を組んで改めて大泉を見ながら、
「ボルデメの改修計画については?」と聞いた。
「詳細は知らんが、そういう計画があることは聞いている」
若井は、着席している全員を見回しながら、
「そうか。司令もいらっしゃるし、「かみかぜ」のブリッジメンバー全員、そして各部の長も揃っているしちょうどいい。この場で、防衛省としての「かみかぜ」とボルデメの運用について、少し話をさせていただく」
そう切り出した。
「大泉も同じ考えだと思うが、私は「かみかぜ」の初戦は近いと踏んでいる」
初戦は近い、と聞いてえぇっと驚いたような表情をする乗組員たち。若井は続ける。
「相手はもちろんEEZをうろちょろしている東亜共和国だ。我々防衛省と内閣情報調査室は、数年前から場末のごろつきのような行動に出ている東亜共和国に対し、早期警戒と迎撃を基本とした攻撃システムの開発に着手した」
そう言って若井が、あれを、と指示をすると、部下と思しき男がプロジェクターに一枚の絵を映しだした。そこには「ボルデメ早期迎撃システム概念図(極秘)」とあった。
若井はその絵を指さしながら説明を始める。
「空自の最新鋭早期警戒機はE2D、我々はコードネームで「イロハ」と呼んでいるが、そのイロハは対潜警戒機能を追加、大幅強化している。半径700km内の艦船、航空機、ミサイルに加え潜水艦も探知し、展開している海自・空自・陸自に情報を提供する。そしてそれらの情報を自衛隊の攻撃システムとリンクさせているのが、ボルデメだ」
さらに若井は続ける。
「イロハからの情報を全てボルデメに集約し、展開している空自や海自のどの戦闘機やイージス艦のどの武器で、敵のどの船やどのミサイルを迎撃すべきかを瞬時に計算、伝達してくれる。場合によっては伝達するだけでなく、ボルデメが、出撃している諸君の火器を制御して自動で迎撃することもできる。まさに最強の防衛装備品だ」
「え、ってことは「かみかぜ」の魚雷をボルデメが勝手に発射したりもできるってこと?」
と伊藤魚雷員長が驚きの声を上げると、
「それは出来ない。発射制御は艦内からしかできない」
と中野艦長が返事をした。
「その通りだ。だが発射された後に、ボルデメがその魚雷を誘導し、針の穴を通すほどの精度で敵艦に命中させることは可能だ」
と若井が補足する。
「マジか、すげぇ・・・」
あちらこちらで感嘆の声が漏れる。
「ボルデメとのリンクが取れていれば、だろ?」
と大泉が指摘した。
「そうだ、それが大前提であり、これからの国防の基本となる。ボルデメは我が国に5か所展開され、有事には我が方に一切の被害を出さないための専守防衛の要となる! その最初の完成版が大津ボルデメだ。既にイロハとのデータリンクもテスト済みだ」
「大津はもう完成しているのか・・・」
大泉は驚きを隠さなかった。
「舞鶴湾沖のEEZを管轄するのは大津だからな。近年の東亜共和国の動きから大津ボルデメの稼働を最優先とさせた結果だ。私は今回、「かみかぜ」の試験潜航に同乗し、舞鶴海道・・・報告書の中で君たちが海底洞窟と書いているあれのことだ、その舞鶴海道を通ってボルデメ直下の空洞に浮上し、そこからボルデメまで防衛省が設置した竪穴経由で2名の管制要員に登ってもらい、そのまま配置する。内調からお前の部下が来るぞ、大泉。千早ペアだ」
「千早たちが?」
と驚く大泉を見て、頷きながら若井は続ける。
「ああ、二人とも今夜にはここに着くだろう。その後、次の試験潜航に同行してもらい、「かみかぜ」の攻撃システムを理解してもらったうえでボルデメに上がり、システムの起動が完了次第、「かみかぜ」との攻撃システムリンク試験を行う、というのが大臣から課されたミッションだった。それを、私を乗せないばかりか、案内なしで空洞にまで到達するとは!」
いかにもいまいましいといった口ぶりで中野艦長を睨む若井。
「優秀なソナーマンとプレーンズマンがいましたので」
と中野艦長。
「まさかとは思うが民間人に見られたりしてないだろうな?」
「空洞で浮上はしましたが、時間の関係で上陸はしていません。事前の潜望鏡探索では人はおろか、動物の陰すらありませんでした」
と中野艦長が返答すると、
「ってか、民間人が行けるような場所なんですか?」
ソナーマンの音無が聞いた。
「京都に吉田山というのがあってな。そこから地下通路が通じているんだよ」
音無の質問に答えたのは、意外にも基地司令の安藤だった。
「司令! ご存じでしたか・・・」
若井も驚いていた。
「私が入隊したころ、もう30年以上も前の話だが、当時の作戦部隊の上司から聞いたことがある。なんでも戦時中に掘ったそうだ」
安藤の話に若井は頷きながら、大泉を見て補足する。
「舞鶴海道も大日本帝国海軍が発見した。イ号潜水艦があの空洞に到達した記録も残っているそうだ。俺は見たことはないが、大泉、お前、先の戦時中のこと、調べるの好きだろ? 今度時間のある時に基地の書庫にある極秘文書を調べてみたらどうだ。総理補佐の権限なら極秘もクリアできるだろ」
そう言って、今度は中野艦長を見る。
「そういうわけだ、中野艦長。次回の潜航試験には千早ともども乗艦させてもらう。次はいつだ?」
「この低気圧次第ですが、艦のメンテも必要なので早くても3日後の予定です」
うんと、頷いた若井は、真顔で意外なことを聞いた。
「魚雷は積んでいるか?」
「魚雷? 魚雷の発射試験は次回の予定にはありませんが」
魚雷員長の伊藤が訝し気に返事をする。
「試験じゃない。実戦だ」
え!と声にならない表情をする伊藤たち。
「魚雷発射試験はないから魚雷は積んでいません、などという潜水艦がどこにある。東亜共和国は、性懲りもなくEEZに近づいている。イロハからの情報によれば今度はミサイル駆逐艦が護衛だそうだ。交戦するとまでは私も思わないが、いつそうなっても対応できることを前提に行動するのが我々の、そして自衛官たる君たちの基本だ。装備ばかりあってもいざと言うときに使えないのでは意味がない。準備だけは怠らないようお願いしたい」
この男、何かと癪に障るヤツだが日本の防衛を真剣に考えている、そう思った中野艦長は敬礼で答えた。
「私からは以上だ。「かみかぜ」同様、ボルデメの件も防衛省の最重要秘密事項なので、くれぐれも他言することのないように。三上副長、では今日のデブリーフィングを」
そう言って若井は進行を三上に譲り、席に座った。
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