第5話 猫のちくわ
「ちくわ」は、もうすぐうちに来て3年になるメスの三毛猫だ。
今の、築70年になる京都の町屋に越してきて、ネズミは出るわ、隙間風は寒いわと、中々快適とは言い難い暮らしが続いたので、ペット可だったし、一緒に住むハナちゃんと相談して思い切って猫を飼うことにした。ネズミも捕まえてくれるかもしれないし(それはそれで困るけど・・・)、膝の上とかで丸まってくれたら暖もとれるし一石二鳥だね、なんて話して決めたのだ。が、現実は思い通りにはならなかった。
保護猫の里親募集とかペットショップとか色々探してはみたけど、保護猫は2週間のお試し期間があったり、猫が住むことになる家を見に来るとか、正式に里親になったとしても毎週写真を送らなくちゃいけないとか何かと面倒なことが多かったのと、ペットショップはお値段が折り合わなかったりで、中々みつからなかった。
そんな時、ハナちゃんが猫カフェのホームページで「ちくわ」を見つけてきた。
猫カフェって、オレはてっきり猫を愛でながらコーヒーでも飲む店、と思っていたら、希望があれば引き取りもできるということで、早速出かけてみることにした。ちくわは、その時すでに生後7か月ほどで、ちゅーるをくれるお客さんの膝に乗り、にゃんにゃん言いながらぺろぺろ舐めていた。そのかわいさ故、ハナちゃんもオレもその場で即決、うちで引き取ることに決めた。
ところがどっこい、である。
抱っこしようとすれば、この世の終わりかと思うほどに嫌がり、カリカリのフードも全く食べなかった。新しい環境だから慣れるまでは仕方ないか、と思っていたけど、3年経った今でも抱っこは断固キョヒ! 自分の気が向いた時だけ、かろうじて膝に乗る典型的なツンデレガールである。
ちゅーるは大好きだったけど、うちに迎え入れて避妊手術のために動物病院で検査したところ、肝臓だったか腎臓だったかの数値が、先生がびっくりするほど高くて、「ちゅーる禁止! ご飯はカリカリ中心!」を言い渡されてしまった。一か月後の再検査で数値は半分になり、さらに一か月後の再々検査でようやく正常値まで落ちたので、そこでやっと手術にこぎつけた。
術後、先生がエリザベスカラーはなくても大丈夫、というのでそのまま連れて帰った。
その日はさすがに傷が痛むのか、ご飯も食べず、おとなしく部屋の隅っこで丸まっていたが、日が経つごとに元気回復して、5日目には、痒くなってきたのか傷をぺロペロ舐めだした。
次の日には、なんとガシガシ歯で糸を噛みだしたではないか! でも出血するでもなく、痛そうでもないし、次の日が診察の日だし、で放っておくことにした。
7日目の診察日当日。糸はほとんど残ってなかった。診察に行ったところ、あ~セルフ抜糸しちゃったんだね、いい子いい子、と先生は笑っていた。
そんなちくわだけど、猫のいる暮らしは、思っていた以上に楽しいというか、張り合いが出るというか、潤いがあるというか、とにかく彼女無しの生活はもはや考えられない程、オレたちの一部になっていた。ちくタワーと呼んでいるキャットタワーはオレが作ったし、ハナちゃんは100円ショップで座布団を5枚買って、立方体型のクッションまで作ってあげた。この中に入ってスヤスヤ寝ているちくのなんとかわいいことか! 昼間一人で何をしているのか会社からも見られるように、見守りカメラまで買ったほどだ。
基本、家猫なので、二人が平日仕事に行ってる間は一人で留守番だ。オレが帰ってきても特段の反応は示さないが、ハナちゃんが帰ってくると玄関先までダッシュで行って、にゃおんにゃおんと鳴きまくる、鳴きまくる・・・外の玄関のたたきでブラッシングしろ、という合図だ。
夏の暑い日などは、まずは水を一杯飲ませてぇ~とハナちゃんがちくに言うのだけど、そんなのお構いなし! ブラッシングされるまで、にゃおんにゃおんは続く。
雨が降りそうな雲行きなら、ちょっと洗濯物入れてから~!と言っても、そんなの関係ねぇと言わんばかりに、にゃおんにゃおんが続く。ちくの粘りっぷりは大したものだ。大抵ハナちゃんの方が根負けして、はいはいはい、といって玄関に出ていくことになる。
そこまでして求めるブラッシング、ハナちゃんはかなりの力でガシガシやるんだけど、それが気持ちいいのか、お腹まで見せてされるがままになっている。確かに、毛が生え変わる季節だと、一回のブラッシングでピンポン玉くらいの毛が抜ける。
性格はビビりで、外に出しても玄関から半径3m以上向こうにはいかない。飼い主としては安心と言えば安心だけど、隣家のドアが開こうものなら、ダッシュで玄関の中に飛び込んで戻るビビりっぷりは、野生にあるまじき姿であろうと、時々、宇宙飛行士型のケージに入れて近所の吉田山とか鴨川とかに散歩に連れ出すようにした。最初のうちは河原とかでケージを開けても、外をスンスンするだけでなかなか出てこなかったけど、慣れてくるとバッタを追い掛けたり、飛んでいる虫をジャンプして捕まえようとしたり、なかなか本能のまま行動できるようになったようだった。それでも時々オレを振り返り、よしよし視界の中にいるからまだ大丈夫だな、と自分の位置を確認するあたりのビビりっぷりはきっと遺伝なのだろう。
だからあの日、そんなビビりのちくが廃屋の中にすたすたと入って行ったのを見た時は、本当にびっくりして、慌てて後を追い掛けたのだ。
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