第6話 始祖と言う者

(……僕は、何を見た?)


崖も、兵士も、風景さえも薄れていくのに、

あの花畑と、青い光だけは記憶から消えない。


そして――名前のない男。


名を与えた瞬間の、胸のざわめきだけが、鮮明に残っている。


「ねぇ、クサナギって名前、貰っていい?」

「あぁ、その名前は、きっと君のためにある名前だ。」


なぜ、そんなふうに思ったのか。

僕はその時、何を感じたのか。


答えは出ない。

でも、ひとつだけ確かなことがある。


あの人は、魔法を使ったんじゃない。


ただ、魔法を――見つけたんだ。


世界で初めて。


それが“始祖”と呼ばれる人なら。

クサナギという名が、いつか歴史になるのなら。


辻褄が合う。


幼い頃に聞いた「クサナギ伝説」。


『昔、この世界には魔法はなかった。


ある旅人が、誰も知らない“何か”を見つけたという。

火でもなく、光でもなく、形のない力。

気配のようで、息のようで、

けれど、たしかに――そこに“在った”。


その人が、それを魔法と呼んだ。

その日、世界に初めて魔法が生まれた。


その旅人の名は――

クサナギ。


道がない場所を進む者。

まだ誰も見たことのないものを、最初に見つけた者。


魔法を最初に使った人ではない。

魔法を作った人でもない。


それでも――

世界で初めて、魔法が“ある”と気づいた旅人の伝説。』


――きっと、それは、あの人だ。



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