第21話 『なんか今日、視線の“色”が違う気がするんだけど……?』

 朝。

 ギルドの扉を開けた瞬間、空気が昨日までと違った。


(……なんか……視線の“温度”が……違う……?)


 ざわざわ、ひそひそ、ちらっ。


 昨日までは“驚き”や“神格化の盛り上がり”が中心だった。

 しかし今日は――


「……あの子じゃない?」

「勇者様と噂の……」

「いや、むしろ怪しいって説も……」


(怪しい!?なんで!?)


 温度が混ざっていた。

 褒める視線、羨む視線、妬む視線――


そして今日新たに追加されていたのは、


“疑う視線”。


(普通に生きててなんで“疑われる”の……?

 私……昨日ただ結界札もらって泣きかけただけだけど……?)


 



 受付に近づくと、職員がひそっと言う。


「ゆめちゃん……今日、気をつけてね?」


「え、なんでですか……?」


「なんか……女の子たちの間で“対立派閥”ができてて……」


(は?対立派閥?

 そんなマルチエンディング式の人間関係いらないんだけど?)


「“ゆめちゃん応援派”と“嫉妬派”と“陰謀論派”がいて……」


(陰謀論!?

 私がギルド支配する未来でも見えてるの!?)


「昨日の結界札の件、なんか“特別に渡された”って騒ぎになってて……」


(いや普通に全員に配られるやつだから……!?

 ただ順番が後回しになっただけだから……!?)


 



 廊下を歩いていると、新人たちが何かをこそこそ貼っていた。


「これ……黒瀬先輩の名言まとめです……!」


(名言……?なにそれ……私いつ名言残したの……?)


見ると紙にこう書いてあった。


・「大丈夫です……」

・「あ、すみません……」

・「私なんか……」


(名言でもなんでもない!

 ただの陰キャのマイナスボイス!!)


「黒瀬先輩の控えめな言葉……心に染みるんです……」


(染みないで!!私は自分の声すら染みてないのに!!)


「今日の黒瀬先輩、さらに神々しい……」


(昨日神→今日神々しい→次何?私は最終的に召喚獣にでもなるの?)


 



 練習場では重戦士と弓使いが言い合っていた。


「どう考えてもゆめは“勇者様狙い”だろ!」


「違うでしょ! ゆめちゃんは“運命共同体ルート”よ!」


(運命共同体って何!?

 私そんなルート入った覚えないんだけど!?)


「だいたい勇者様が優しすぎんだよ! 距離とれ!」


「でも優しいのは良いとこでしょ!?

 ……いやむしろ距離詰めてるのはあの子の方……?」


(私じゃない!詰めてない!!逆に遠ざかってる!!

 私の心のGPS、勇者から離れようとしてる!!)


 



 勇者が振り返った。


「おはよう、ゆめ」


「あ、おはよう……ございます……」


 また昨日と同じ優しさ。

 それは本来ありがたいはずのものなのに、胸の奥がまた変にざわつく。


「昨日、あの札……役立ったか?」


(なんでそんな普通の優しさで……

 胸が痛くなるの……?

 私の感情……ほんと説明書つけて欲しい……)


「困ったことがあったら言えよ。俺、こう見えて面倒見は良いんだ」


(いや知ってる……知ってるよ……

 だからこそ……しんどいんだって……)


 勇者は私の苦しさに気づいていない。


むしろ――


「今日、お前に頼みたいことがあるんだが……」


(た、頼みたい……?

 それは……ダメ……心のHPが……残り1なのに……)


「午後、ギルドから少し離れた場所に行く。

 補佐してくれないか?」


(ギルド外!?

 密室イベント!?

 いや、外は密室じゃないけど!!

 でも二人きりルート発生の危険ポイントじゃん!!)


「断ってもいいぞ。無理はさせたくない」


(優しい……

 優しいから……断りづらい……

 これ断ったら“裏で泣いてた説”とかまた変な噂つくやつ……)


「……いきます」


 反射的に答えていた。


 



 休憩中。僧侶がそっと隣に座る。


「ゆめちゃん……今日“声”がほとんどない」


「え……」


「言葉はあるのに……声の“芯”がない。

 ……たぶん、限界が近い」


(……限界……)


「勇者様と行く予定、断れなかったでしょ?」


「……はい……」


「君は……優しさを受け取ると、自分の心を後ろに押し込む癖があるから」


(後ろに……押し込む……

 昨日も……今日も……そうだったのか……)


「本当に無理なら、言ってね?

 私、ゆめちゃんが消えちゃうのだけは嫌だから」


 その言葉が胸に深く刺さった。


(……消える……

 そんなつもり……ないのに……

 でも……なんか……分かる……)


 


◆ 夜(ギルド閉館後)


 荷物をまとめて帰ろうとしたときだった。


 入口付近――

 女の子たちが集まり、ひそひそ話していた。


「……やっぱり、あの子おかしいよな」

「勇者様にだけ優遇されてるし」

「裏でなにか動いてるとしか……」


 “嫉妬の視線”が刺さる。


 でも――

 その向こうに、別の視線もあった。


「黒瀬先輩の悪口言うなよ!」

「先輩は救いなんだぞ!」

「裏で泣いてた説はデマだって言ってるだろ!」


(……裏で泣いてた説!?

 何その初耳の新噂!!)


 喧嘩寸前の空気。

 ギルドがざわざわと揺れる。


(……なんか……

 今日……視線の色、全部違う……)


 胸の奥に、小さな痛み。


(……どれも、私じゃない……

 “私の物語”じゃない……)


 


◆ ベッドの上


 天井を眺めながら呼吸を整える。


(……明日……勇者様と外に出るんだ……

 嫌じゃない……でも苦しい……

 楽しみ……でも不安……

 感情……なんかバグってる……)


 静けさがまた広がっていく。


(……あれ……

 心の真ん中……少し……冷たい……)


 今日の違和感が、ひとつだけ形になった。


(視線の色が変わってるってことは……

 明日、何か……起きる……)


 その予感を抱えながら、ゆめは目を閉じた。

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