第21話 『なんか今日、視線の“色”が違う気がするんだけど……?』
朝。
ギルドの扉を開けた瞬間、空気が昨日までと違った。
(……なんか……視線の“温度”が……違う……?)
ざわざわ、ひそひそ、ちらっ。
昨日までは“驚き”や“神格化の盛り上がり”が中心だった。
しかし今日は――
「……あの子じゃない?」
「勇者様と噂の……」
「いや、むしろ怪しいって説も……」
(怪しい!?なんで!?)
温度が混ざっていた。
褒める視線、羨む視線、妬む視線――
そして今日新たに追加されていたのは、
“疑う視線”。
(普通に生きててなんで“疑われる”の……?
私……昨日ただ結界札もらって泣きかけただけだけど……?)
◆
受付に近づくと、職員がひそっと言う。
「ゆめちゃん……今日、気をつけてね?」
「え、なんでですか……?」
「なんか……女の子たちの間で“対立派閥”ができてて……」
(は?対立派閥?
そんなマルチエンディング式の人間関係いらないんだけど?)
「“ゆめちゃん応援派”と“嫉妬派”と“陰謀論派”がいて……」
(陰謀論!?
私がギルド支配する未来でも見えてるの!?)
「昨日の結界札の件、なんか“特別に渡された”って騒ぎになってて……」
(いや普通に全員に配られるやつだから……!?
ただ順番が後回しになっただけだから……!?)
◆
廊下を歩いていると、新人たちが何かをこそこそ貼っていた。
「これ……黒瀬先輩の名言まとめです……!」
(名言……?なにそれ……私いつ名言残したの……?)
見ると紙にこう書いてあった。
・「大丈夫です……」
・「あ、すみません……」
・「私なんか……」
(名言でもなんでもない!
ただの陰キャのマイナスボイス!!)
「黒瀬先輩の控えめな言葉……心に染みるんです……」
(染みないで!!私は自分の声すら染みてないのに!!)
「今日の黒瀬先輩、さらに神々しい……」
(昨日神→今日神々しい→次何?私は最終的に召喚獣にでもなるの?)
◆
練習場では重戦士と弓使いが言い合っていた。
「どう考えてもゆめは“勇者様狙い”だろ!」
「違うでしょ! ゆめちゃんは“運命共同体ルート”よ!」
(運命共同体って何!?
私そんなルート入った覚えないんだけど!?)
「だいたい勇者様が優しすぎんだよ! 距離とれ!」
「でも優しいのは良いとこでしょ!?
……いやむしろ距離詰めてるのはあの子の方……?」
(私じゃない!詰めてない!!逆に遠ざかってる!!
私の心のGPS、勇者から離れようとしてる!!)
◆
勇者が振り返った。
「おはよう、ゆめ」
「あ、おはよう……ございます……」
また昨日と同じ優しさ。
それは本来ありがたいはずのものなのに、胸の奥がまた変にざわつく。
「昨日、あの札……役立ったか?」
(なんでそんな普通の優しさで……
胸が痛くなるの……?
私の感情……ほんと説明書つけて欲しい……)
「困ったことがあったら言えよ。俺、こう見えて面倒見は良いんだ」
(いや知ってる……知ってるよ……
だからこそ……しんどいんだって……)
勇者は私の苦しさに気づいていない。
むしろ――
「今日、お前に頼みたいことがあるんだが……」
(た、頼みたい……?
それは……ダメ……心のHPが……残り1なのに……)
「午後、ギルドから少し離れた場所に行く。
補佐してくれないか?」
(ギルド外!?
密室イベント!?
いや、外は密室じゃないけど!!
でも二人きりルート発生の危険ポイントじゃん!!)
「断ってもいいぞ。無理はさせたくない」
(優しい……
優しいから……断りづらい……
これ断ったら“裏で泣いてた説”とかまた変な噂つくやつ……)
「……いきます」
反射的に答えていた。
◆
休憩中。僧侶がそっと隣に座る。
「ゆめちゃん……今日“声”がほとんどない」
「え……」
「言葉はあるのに……声の“芯”がない。
……たぶん、限界が近い」
(……限界……)
「勇者様と行く予定、断れなかったでしょ?」
「……はい……」
「君は……優しさを受け取ると、自分の心を後ろに押し込む癖があるから」
(後ろに……押し込む……
昨日も……今日も……そうだったのか……)
「本当に無理なら、言ってね?
私、ゆめちゃんが消えちゃうのだけは嫌だから」
その言葉が胸に深く刺さった。
(……消える……
そんなつもり……ないのに……
でも……なんか……分かる……)
◆ 夜(ギルド閉館後)
荷物をまとめて帰ろうとしたときだった。
入口付近――
女の子たちが集まり、ひそひそ話していた。
「……やっぱり、あの子おかしいよな」
「勇者様にだけ優遇されてるし」
「裏でなにか動いてるとしか……」
“嫉妬の視線”が刺さる。
でも――
その向こうに、別の視線もあった。
「黒瀬先輩の悪口言うなよ!」
「先輩は救いなんだぞ!」
「裏で泣いてた説はデマだって言ってるだろ!」
(……裏で泣いてた説!?
何その初耳の新噂!!)
喧嘩寸前の空気。
ギルドがざわざわと揺れる。
(……なんか……
今日……視線の色、全部違う……)
胸の奥に、小さな痛み。
(……どれも、私じゃない……
“私の物語”じゃない……)
◆ ベッドの上
天井を眺めながら呼吸を整える。
(……明日……勇者様と外に出るんだ……
嫌じゃない……でも苦しい……
楽しみ……でも不安……
感情……なんかバグってる……)
静けさがまた広がっていく。
(……あれ……
心の真ん中……少し……冷たい……)
今日の違和感が、ひとつだけ形になった。
(視線の色が変わってるってことは……
明日、何か……起きる……)
その予感を抱えながら、ゆめは目を閉じた。
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