第9話 『勇者に呼ばれた結果、雑用を押しつけられた』

ギルドの朝は、昨日よりうるさかった。


 皿洗い場に向かおうとした瞬間、

 受付の前にいた冒険者が振り返って叫んだ。


「来たぞ!!」


(えっ……だれ?私?

 なんで警笛みたいな声出したの?)


 ギルド中の視線がバッと私に向く。


(えっ!?なんで!?

 もしかして今日、私なんかやらかした?

 寝相で爆発とか?ないよね?)


 すると受付のお姉さんが勢いよく立ち上がった。


「ゆめちゃん!勇者さまから“今日、来るように”と言われてるわ!」


「えっ」


 後ろで皿洗い担当のおばちゃん達がざわつく。


「ついに……加入か……?」

「いやいや、さすがに早すぎでしょ」

「でも昨日の“パン半分事件”が……」


(えっ待って待って待って!!!

 昨日のパン、事件扱いなの!?

 あれただの陰キャの精一杯のコミュニケーションでしょ!?)


 勇者は奥のテーブル席にいた。

 目が合うと軽く手を上げてくる。


(うわ……普通に手を振ってくる……

 異世界でこんな“陽キャ仕草”見せられると

 心臓がバグる……)


 私はスライムみたいな歩き方で近づいた。


「お、おはようございます……」


「来たか。じゃあ、よろしくな」


(……よろしく?

 えっ、なに?

 まさか、ギルドの仕事に……

 本当に……?)


「じゃ、これ頼む」


 勇者が渡してきたのは——


巨大なゴミ袋だった。


「……………………はい?」


「ギルド裏の倉庫、掃除したいって言ってたろ?

 あれ俺、苦手なんだよ。頼む」


(……掃除……?)


「いや、手伝うって言ってたじゃん!?!?昨日!!」


「うん。だから“俺じゃなくてお前が手伝ってくれ”って意味」


「誤解!!!

 一番大事な主語が欠落してたぁぁぁぁぁ!!!」


 周囲のモブ冒険者たちが

「勇者の仕事を任されるなんてすげぇ……」

とざわついている。


(いや違うんだってば!!!!

 これは、なんというか……

 言い換えると……

 “便利に雑用押しつけられてるだけ”だよね!?)


 勇者は悪気ゼロの顔で続けた。


「お前、配膳も皿洗いも上手いし、手先器用なんだろ?」


「ひっ……ひっ……評価軸が完全に家事……!!?」


(“仲間にしたい”じゃなくて

 “便利すぎるので雑用も任せたい”だこれ!!)


 勇者本人は笑顔だ。


「終わったらメシ奢るよ」


(……は……?)


 周囲がまたざわつく。


「なんだ……もうデートじゃんこれ……」

「完全に落としてるじゃん……」

「勇者さんめっちゃ気にしてるやん……」


(違う!!!!!!!!

 ちがうちがうちがう!!!!

 皿洗い→スープ事故→パン半分→雑用

 これのどこが恋愛フラグになるんだよ!!!

 統計壊れるわ!!)


 勇者は軽く手を振った。


「じゃ、頼んだ。俺は依頼行くわ」


 去っていく勇者。

 残される私と巨大なゴミ袋。


(なんでこうなるの……

 なんで“陰キャの期待”って

 一度も正しく回収されたことないの……?

 私の人生って……

 バグ多くない……?)


 仕方なく裏の倉庫へ向かう。

 扉を開けると——


「……地獄?」


 山盛りの壊れた木箱、

 謎の粘液、

 トラップの残骸、

 読む気ゼロの書類の山。


(いや、これ掃除ってレベルじゃないでしょ!?

 遺跡の発掘じゃん!?

 ギルド崩壊してるじゃん!?)


 私はゴミ袋を広げて、震えながら作業を始めた。


「……てか……」


(これ……普通に皿洗いより地獄じゃん……

 勇者……

 あの優しさで……

 この仕事押しつけてったの……?

 どんな感情なん……?)


 1時間後。


「…………おえぇ……」


(なんか……変な匂いする……

 私、今日……死なない……よね……?)


 その時——


「ゆめちゃん!!」


 受付のお姉さんが息を切らして駆けてきた。


「大変よ!!噂がまた広がってる!!」


「えっ……なに……?」


「“勇者がゆめちゃんに裏仕事まで任せてる=信頼度MAX”って!」


「なんでだよ!!!!!!」


(いや逆ぅぅぅぅぅぅ!!!!!

 完全に“雑用押しつけられた流れ”だよね!?

 なんでこの村の噂アルゴリズム、

 毎回私に有利な方向へだけ暴走するの!?

 もはや意味が分からん!!)


 お姉さんはニコニコしていた。


「これ……近いうちに“勇者パーティ加入説”来るわね……!」


「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!???」


(願ってない方向だけ勝手に成長していく……

 これが……異世界の……

 “陰キャ地獄”か……!!)


 私はゴミ袋を抱えたまま、

 倉庫の隅でしゃがみ込んだ。


(…………なんでこうなるの?

 私、ほんのちょっと“変わりたい”って思っただけなのに……

 世界……私をどうしたいの……?)


 その問いの答えを知るのは、

 もう少し先のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る