第10話 『雑用してたら勇者の婚約候補になってた』
朝。目が覚めた瞬間、全身が痛かった。
(……倉庫掃除って……
筋肉痛を通り越して“職業病”じゃない……?
私、異世界来てまで職業病背負うの……?)
ギルドへ向かうと、入口でいきなり指をさされた。
「あっ、あの子だ!勇者様の……!」
(……いやな予感しかしない……)
冒険者たちがひそひそ声で盛り上がる。
「昨日の裏仕事、全部任されてたんだってな」
「信頼度ヤバすぎる。もう婚約じゃん?」
「勇者って一途って噂あるしな……」
(なんでだよ!?!?
なんで“ゴミ袋持ってた=婚約寸前”のロジックになるんだよ!?
計算式どうなってんの!?
式作って!?)
受付のお姉さんまで嬉しそうだ。
「ゆめちゃん、おめでとう!」
「なにが!?」
「勇者様、今日も『ゆめが来たら呼んでくれ』って!」
「就労依頼の言い方!!!!」
いや、これもう完全に 仕事の呼び出し なのに、
村の噂は勝手に“恋愛イベント”に変換されていく。
(異世界の民……
もしかして恋愛脳の魔法でもかかってる……?)
勇者は例によってあの笑顔で迎えてきた。
「来たか。今日も頼むな」
「っ……えっ……あ……はい……」
(話しかけられるだけで心拍数200……
この人、たぶん陽キャの最高ランクの存在……
近くにいるだけで陰キャのMP削れてく……)
勇者は今日も淡々と雑用を渡してくる。
「これ、倉庫に運んでくれ。あと書類の整理も」
「……は、はい……」
(熟練の家庭内労働者か私……)
だがその瞬間。
「見た!?あれ見た!?」
「もう完全に“身内仕事”じゃん!」
「婚前準備では!?!?」
「いや、もしかして既成事実……?」
(既成事実とは何だ!!!
私は書類整理してるだけだぞ!?!?
誰か噂の火元を処刑してくれ!!)
ふと、勇者がこちらを見る。
「……疲れてるか?」
「っ!? そ、そんなこと……!」
「無理すんなよ。手伝ってもらって悪いな」
(また言った……また“無理すんな”って……
優しい……
優しいけど……
優しさが毎回“家事頼んだ後の夫”なんだよ……!!!)
そのとき——ギルドの扉がバンッと開いた。
「ゆめさん!!」
村の若い女性が二人、なぜか涙目で駆けてくる。
「ち、違うんです私たち!勇者様のこと狙ってないですから!!」
「どうか……どうか敵視しないでください!!」
「……………………は?」
(待って。
今、私……
“勇者の女”側として敵視されてる前提で話されてる……?
何その立場……
どこの世界線……?)
背後で誰かが囁く。
「ゆめちゃん……怖いもんな……」
「勇者様、あの子に心開いてるし……」
(いやいやいやいやいや!!!
開いてない!!!
開いてるの倉庫だけ!!!
私の心は毎日閉店だよ!!!)
勇者が首をかしげる。
「なんで泣いてんだ?」
「……いや、あなたのせいではないと思う……」
(この世界の噂システム、
処理速度がインターネット回線より速いのなんなの?
ギルドにWi-Fi飛んでる?)
⸻
倉庫仕事が終わり、勇者が言った。
「今日も助かった。……一緒に飯食うか?」
「っ……えっ……」
(……それ……
もしかしなくても……
デート……
なのでは……?)
しかし。
「おーい!勇者!」
「今日の合同訓練、欠席すんなよ!」
「あ、悪いゆめ。やっぱ行くわ」
勇者、颯爽と去る。
(………………いや、そうなるとは思ってたよ?
フラグ立っても折れるの速すぎない?
竹かよ私の人生……?)
ギルドの全員がこちらを見る。
「勇者に……呼ばれて……放置された……?」
「これ……これは……“恋の試練”……!」
「二人は必ず結ばれるわ……!」
(なんでだよ!?!?!?
私の陰キャ人生で最も“結ばれない流れ”だよ!!
むしろ社会的に縛られてるよ!!!)
胸の奥が、少しチクリと痛んだ。
(……なんでだろ。
ほんのちょっとだけ“期待”したからかな……
期待した瞬間に折れるの、
昔から変わらないな……)
でも、その痛みを自覚した瞬間、
ゆめの中で何かがほんの少し動いた。
(……あぁ……また“変わりたい”って思ってるんだ、私……)
その願いが、この先の“心のバグ”へ続くとは、
まだゆめは気づいていなかった。
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