第8話 妖精人形使い
ルカが勝利を収めた訓練場の騎士科側にて。
歓声と驚愕で騒がしい中、未だ痛みにうずくまる勝者を他所に。
「アフィリア嬢!あ………へえ、アフィリア嬢もそんな顔をするんだな」
ホールデン第三王子の従者ハングス、そのハングスの従者であるルースルがアフィリアを見て、呟いたのは思わずだった。
訓練場の中央へ向けた―――喜びに満ちた、笑顔。
そのアフィリアのこぼれんばかりの笑顔は、ルースルが見惚れるほどで。
しかし、残念なことに、その笑顔はルースル自身が引っ込ませたらしい。
「ああ、ルースルか。どうした?」
また仮面をつけたらしいアフィリアに、ルースルは後ろ頭を掻いて、
「良かったら、教えてくれ。さっきの戦いについて」
質問した。
質問をしながらルースルはまだ、どこかで考えている。
ルースルが見て来たアフィリアの顔にはいつも、感情を隠すような薄笑顔の仮面があった。
それは相手が自分たちのようなエストラート王国の貴族だからなのか、それとも友人にすらなりきれていない人間だからか、と。
アフィリアのさっきの見惚れるような笑顔を向けられる相手は、いったいどんな奴だろうかと想像し、きっとルースルに向けられる事はないのだろうと結論付けて思考をやめた。
「よかろう。何が聞きたい?」
ルースルは良い意味で、貴族らしい高慢さも、さらに偏見もない。
アフィリアにも、アフィリアが妖精人形を連れている事にさえ。
だから、アフィリアもルースルに思うところはなく、普通に話す。
おそらくルースルは、知人の中に妖精人形を連れた者がいないから、アフィリアに尋ねたのであろうと。
「あの速さはなんだ?俺が子供の頃にもらった妖精人形の飛ぶ速さと全然違ったぞ?」
「軽いだけだ。いや、工房製の妖精人形が重すぎるのだ。あの妖精人形の骨格は木製、だから軽く、速い」
「簡単に言うなあ、アフィリア嬢。俺は重いから遅い、軽いから速いとか初めて聞いたぞ………」
「何事も先達の教え通りで、己で考えぬ訳だ?進歩がないのう?」
「耳が痛い!耳が痛いが、その通りだ。これが普通、それが当たり前だと、確かに疑いもしなかった………」
「良かったではないか、今日お主は知ることが出来た」
「じゃあ、驚きついでに教えてくれ。妖精位階10を超えないと使えないはずの『複現級』を、妖精位階7の妖精が使えた理由!それに、一番の驚きはこっちだが、魔石式武器でどうやって『複現級』を放てたんだ?」
魔石を魔力源として魔法を発生させる武器『魔石式魔法武器』は、最も等級の低い『単現級』魔法しか放てないというのは常識である。
こればかりは、思い込みの類ではなく、過去現在に渡って研究と実験を繰り返して得た結論だ。
理由は、魔石の放出する魔力圧力量が、下から二番目の魔法等級『複現級』の要求魔法圧力量さえ満たないから。
ただ、魔獣核の中で魔力圧力量を増加もしくは倍化するものは存在する。
それを装着すれば理論上、魔石式魔法武器でも上位の魔法が放てる。
魔力圧力量増加や倍化の魔獣核のほぼ全てが人の頭より大きいサイズでなければ。
そんな大きな魔獣核を複数付けて、持ち運びにも苦労する携帯武器など使えるはずもないのである。
ちなみに、実際これらの大きすぎる魔力圧力増加・倍化魔獣核を利用した魔石式武器は存在する。
城や城塞、戦車、飛空艇などの固定砲として。
それは『魔石式武器』とは呼ばず『魔石砲』などと呼ぶため、別種のものとして扱われるのだが。
「それはな………」
「それは?」
「秘密だ」
「一番知りたいことなんだぞ?騎士の標準装備が変わるような大事なんだぞ?」
「秘密だ」
「………」
まるで取り合わぬアフィリアに、ルースルは観念し。
それでも心中で、模擬戦の見学に来ていた騎士団専属工房の職人が、勝者の男を質問攻めにして聞き出すだろうと考えていた。
そうでなくても、彼はエストラート王国の国民で、騎士学校の生徒だ、国に尽くす義務があろう、と。
であれば、いずれ必ずその技術を知ることが出来る、とどこかで安心していた。
だからルースルは、
「じゃあ、妖精人形が放った魔法種類が多すぎる件なら答えてくれるか?見たところ妖精人形は、二本の剣、二枚のアームシールドを装備してた。武器や盾の大きさ的に魔術式は、それぞれに一つだろう?計4種の魔法のはず、なのに6種魔法を放ったぞ?」
質問を変えた。
食い気味にアフィリアに答えを求めるルースルを前に。
アフィリアも、今日に限っては目立たぬように鞄に隠していた妖精人形を出して。
「クイン。悪かった、狭かったろう?」
クインに詫び。
アフィリアの妖精人形を目の当たりにしてルースルは驚愕する。
「な、なん、なんだ?なんなんだ!こりゃあまるで………」
その妖精人形には、自在に動く手足があった。
衣服を身に着けていた、一体成型などでは決してなく、着ていた。
剣と盾は、両手に握られている、五指によって。
人間の身体と同じように身体を皮膚が覆っていて、人形と明らかに分かる部分が見当たらなかった。
眉があり、目があり、鼻があり、口があり、それらが表情を変える顔を作っていた。
それはまるで―――
「まるで人じゃないか!しかもアフィリア嬢そっくりの!顔まで同じの!ではまさか、じゃあ彼の妖精人形もこれと同じものということか!」
「ふふふ。答え合わせをしよう。クイン剣と盾を持ち替えてくれ」
クインがアフィリアの意を汲み、その五指を器用に使い、右手の剣と左手の盾を持ち替えた。
「まさか!」
「そうだ。ルカの妖精人形は、腰に二本の予備剣を帯びておる。それを持ち替えたのだ」
「―――!」
ルースルは、模擬戦、騎士隊長戦と、先ほどの質問の答えを含め、本日何度目かの驚きに言葉を無くした。
ただ、発する言葉の見つからないパクパクと動く口と、クインとアフィリアを交互に行き来する視線のせわしなさだけがあった。
―――ルースルは放心からしばし、
「妖精人形使いは、予備の人形を用意していたが、なんでだ?」
やっと思考が落ち着いたルースルは、再びアフィリアへ問うたが、
「妖精を死なせぬために用意するのは当然であろう?」
しかし帰って来た答えの理解には及ばず、
「妖精人形が壊れたら戦わせられないから、ではなくてか?」
そう問うたのだが、
「私は例え私が死んだとしても、最後にクインが生きていればそれで良い」
アフィリアの表情からそれがとても嘘とは思えなかったから、
「すまん、正直俺にはその考えは分からん!すまん!」
正直の答えたら、
「正直なことだ。私個人の考えにすぎぬ。理解する必要はない」
相手の考えを理解できないと答えた自分を、許容された。
「では、指示なしで動いたり、魔法を放つのは?」
ルースルは、再びアフィリアへ問うた。
「なぜ、妖精に指示がいると思うのだ?まずそこが間違っておる」
「………まさか、要らないのか、指示?」
「要らぬ。教えれば、自ら判断する。騎士達が妖精に口頭指示を言い切るより前に、無音で魔法が飛ぶぞ。しかも、ほぼ同時に複数の魔法を放てる。妖精に任せるとはそういう事だ」
「なんだと、それは、それは凄い事じゃないか!………ん、いや、待て、教えるとは?」
「対話する。お主らがやるような一方的な躾のようにではなく」
「妖精は話せないじゃないか」
「様子を見れば良い。飛ぶ動きや、腕の振り、感情や伝えたいことはそれに含まれておる。長く見るうちに分かってくる。赤子と同じだ、話せなくても伝わってくる。それにこちらの言葉は理解しておるだろう?」
「いやしかし、妖精武装は飛ばないし動かないからなあ………」
ルースルが言う通り、妖精武装は飛ばないし、動かない。
理由は単純、重すぎるし、不必要な可動部位など用意されているはずもないから。
―――妖精は魔力の素であるマナの満ちた世界『マナ界』で、マナの中を泳いでいると言われる。
妖精が魔獣核に宿った時、妖精の存在の半分は『マナ界』に、もう半分は人族が暮らす世界『生命界』に半分ずつ同時に存在するようになる。
魔獣核に宿った妖精は『生命界』の方に存在する自身の半分で魔獣核に繋がる物質を動かせる。
この時、同時に『マナ界』に存在する自身の半分でマナ界を泳げて、これが妖精人形が飛ぶ理由だ。
魔獣核に繋がる物質が軽ければ、十分に動かせて、十分に泳げる。
しかし、妖精武装は基本的に金属の塊であり、妖精が『マナ界』を泳ぐには重すぎて、浮くことすらできず。動かせる部位すら存在しない妖精武装で、意思を示すことなど叶わない。
「気づかないか?妖精に躾のように、一方的に指示に従う事のみ教え、自由に動く事も出来ぬ器を与え………それが今回の戦いの敗因になっておると」
(ルカの技術は別にして、だがな………)
アフィリアはその内心を隠したままであり、ルースルとの会話にルカを含める事を故意に拒む。
「う、そう、そうか………口頭指示は魔法の遅れを生み、素早く連続で魔法を放つことを妨げ、妖精人形と妖精人形使いの別々の行動に対処できなかった。確かに………確かにそうだ!」
「なあルースル。世間一般では、いい大人が子供の玩具の妖精人形を連れるなど恥ずかしい事と言うが、本当にそうか?それに妖精は、どちらを好むのだろうな?」
「………妖精が、好む?」
「これだけは覚えておけルースル。妖精人形を連れる者はな―――」
アフィリアの目は、未だ訓練場の中央に向けられたまま、
「妖精を、物扱いしない者たちだ」
そう言ったアフィリアの目元と口元が少し柔らかくなったようにルースルには見えた。
アフィリアは言外に込めた示唆を、素直なルースルが受け止める事を願うが。
それは、ルースルのためでも、無論エストラート王国のためでもない。
「あまねく妖精達は、クインの兄弟姉妹といえる。彼ら彼女らに不自由をさせとうはないからな」
アフィリアはそう独り言ちた。
ただ、ルースルのためではないとしながらも、来たるその時に、ルースルと彼の主が奮起するならば、アフィリアの示唆が役立つ事もあるやも知れぬ、とは考えていたが。
それは、アフィリアにもまだ確証のない、未確定且つ、まだ先の話である―――
それきりルースルは、考え込むように黙り込んだから、アフィリアはルカへと視線を戻した。
その視線の先で、ルカの周りを騎士科学生だけでなく商工科・騎士科の講師、騎士団専属工房の職人達が囲んでいる。
それぞれにフィを凝視し、ルカの腰の魔石式魔法短刀を凝視している。
今にも手を伸ばさんばかりだが、一応自重はしているらしい。
「こ、これは凄いな………」
「な、なんて造形だ………」
「君、これを作ったのは君だったな?この妖精人形の設計図、それからその魔石式魔法武器の設計図を提出しなさい。商工科の他生徒にも閲覧できるようにする。これは商工科の凄い実績になるぞ………」
「ま、待て。設計図は騎士団専属工房へ提出しろ。二つともだ!生徒より国防が優先だ!」
「何を言われる、彼は当校の生徒です。それに騎士の皆様は、妖精人形を嫌っておいででしょう?」
「もう変わる。今回の戦いを見て、変わらぬはずがない!」
「しかし………」
それをアフィリアは苦い顔で見やり、
「そろそろ、頃合いのはずだが」
そう冷たい声で呟いた時、ばたばたと走り寄ってくる上級官吏が見え―――
「勅命を伝える。ルカ=ティナンテ。お前の王国民権をはく奪し、ティナンテ家と絶縁ののち、王都からの退去を命じる!」
息を整えた上級官吏がそう伝え、
「へ?」
「「「「え?」」」」
余りに唐突な王命に膝から崩れ落ちたルカと、「なぜ?」という疑問を浮かべた周囲とを眺め、アフィリアの口が半月に歪んだ。
「何一つ。貴様等にくれてやるものか。それは―――私のものだ」
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