うちのハム(コンテスト用)

黒羽カラス

第1話 初めてのお持ち帰り

 老齢の母親が帰ってきた。

「お兄ちゃん、ちょっと運んで!」

 整骨院の帰りに買い物をしたらしい。二階で執筆をしていた俺は渋々ながら腰を上げた。適当に肩を解し、階段を下りてゆく。

 予想した食料品の類いではないようだ。母親は段ボール箱を両手で抱えていた。中には小動物用のケージと内部に敷く専用の紙が入っていた。ヒマワリの種の袋はえさなのだろうか。

 それらを取り出していくと下の方に縮こまった状態のハムスターがいた。よく見ると小刻みに震えている。

「どうしたんだ、これ?」

「それがねぇ。びっくりなのよ」

 話によると整骨院の出入口付近にいたらしい。通り掛かる人々に助けを求めるように足元へ擦り寄ってきたそうだ。何人かは反応したが、持ち帰る者はいなかった。そこに母親が出くわし、保護欲ダダ漏れで今に至ると。

 俺はハムスターを見ながら言った。

「どこかの家から脱走して戻れなくなったんだろうな」

「そうだねぇ。可哀そうだから、うちで飼うことにしたよ」

「俺は構わないが」

 ハムスターの居場所は一階の壁際にある座卓に決まった。

 まずはケージを取り出し、専用の紙を満遍まんべんなく敷き詰めた。二月なので多めを心掛けた。運動用の回し車と専用の給水器は指定の箇所に取り付ける。トイレ用の三角の入れ物には砂を入れた。餌の容器にはヒマワリの種をたっぷり仕込んで置けば完成である。

 早速、弱々しいハムスターをてのひらに包み、ケージの中にそっと入れる。山盛りの餌に食い付くところを期待して見ていると給水器に突進した。ノズルの先端を齧るようにして水を飲む。カリカリと音を立てて動こうとしない。

 放浪の長さを物語る。その後は餌に齧り付いた。ヒマワリの殻を前歯で器用にき、中身を食べる。五つくらい食べたところで見飽きた。

 俺は二階に戻って執筆を再開した。


 午後六時を回る頃、俺は一階に下りた。精米機を稼動させるかたわらハムスターの様子を窺う。

 ケージの中を元気に走り回っていた。俺の姿を見ると後脚で立ち、黒い艶やかな目を向けてきた。顔から感情は読み取れない。無言の見つめ合いが続く。

 均衡は崩れ、ハムスターが猛ダッシュ。今度は回し車に飛び乗り、全力で回し始めた。間もなく遠心力に負けて振り落とされる。それでも果敢に回す。また無様に転げ落ちた。

 その健気な様子に目頭が熱くなることはない。少しは和んだが。

「可愛いよねぇ」

 母親が隣にきた。俺と同じようにケージの中のハムスターを見つめる。

「こいつ、ジャンガリアンハムスターというらしい」

「愛称はジャイアンだね」

「それはやめとけ。ハムでいい」

 ガキ大将になられても困る。精米が終わったので、その場を離れた。


 その日、小さな居候が増えたのだった。

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