私の中の異能力
Stage.1 勇気を出して
優しく髪を撫でられる感触が心地よく感じた。
「いいかい愛来、これは我が家に代々伝わる刀だ。この刀はかつて女性が愛用していたと伝えられている。そして受け継がれた女性にはこの刀が守ってくれる、いつか愛来もこの刀があなたを守ってくれるはずだ」
ぼんやりとした記憶が思い出される。
かつて私は「春風」を誰かから受け継いでいたらしい。
だがさっぱり記憶から抜けていた。
何故なのか、分からない。
「
仰向けからうつ伏せに体を動かした。
太ももに顔を埋める。
着物から言葉にするには難しいが、春のような優しい匂いがする。
「琴音の着物の匂い、優しい感じがする」
「これは春虎公が私にくれた着物なんです。私のお気に入りです」
「
「そうですねぇ...とても弱い人でした。ですが人としては欠点の無い人でした。優しくて、人の才能を開花させることがお得意でしたね。身分も国籍も関係なく、時には攻め込んできた武士すらも最後には受け入れていましたね。そこが春虎公の魅力なのですかね」
琴音は少し懐かしそうに話す。
その琴音の顔を下からのぞき込む。
それにしても、全てが奇麗な人だと感じた。
「それよりも主、今はこんな余裕ないんです」
「何?私に何をしろと言うの?」
体を起こし、琴音の話を聞いた。
「主は晴れて異能力者の仲間入りになりました。この世界には簡単に分けると、異能力者と非異能力者に分けられます。元々人間には誰しも異能力を持っているんです。それを開花させるのは人それぞれ、主の場合は今朝の激痛ですね。本来なら開花しないはずだったのですが、何故か開花した。喜ばしいことですね」
なんだか難しい話をつらつらと話されているが、私は右から左に抜けていく。
「それで、何か問題なの?」
「本来は開花しない。ですが数日前から、世界中で主のような異能力者が誕生しているようなんです」
「何でそれが分かるの?」
「私のような本来はこの世にいないはずの存在には、存在しない者の勘ってのがあるらしいです」
「もしかして異能力者って少ないけどこの世に存在してたの?」
「そうですね、答えとしてはそうなんですが、もっと言うと気が付かない人がほとんどですね」
「千冬は?琴音が見えてないの?」
「そうですね、千冬様はまだ開花していないのでしょう。それに私は主の守護霊ですから。異能力者でも見えるかどうか」
琴音の話から推測するに、今朝の激痛は私の中の異能力を開花するためのスイッチ。
千冬にはまだ開花することは無い。
そして異能力者にしか異能力と判断できない。
「とにかく主には今からある場所に向かってもらいます」
「え?どこ?」
「駅前のビルです」
「い~や~だ~!!」
「ダメです主!力がある以上この世界の
「じゃあ他の人に任せなよ、私がわざわざ行く必要ないじゃん!」
私はとにかく目立つことが好きじゃない。
小学校、中学校共に目立たないように影でひっそり過ごしていた。
先生などに楯突く生徒を少し羨ましく思いながら、絶対にあんなことしたくないと思っていた。
「愛来ちゃん?玄関で何してるの?」
リビングにいた千冬が心配そうにこちらを見ていた。
「いや、琴音が行けって…」
「琴音?誰それ、愛来ちゃんのお友達?」
忘れていた。
今私の袖を強引に引っ張りながらドアを開けようとしている琴音のことを、千冬は見えていない。
「えっとね、琴音は…」
千冬はどんどん心配そうに近づいてくる。
いい言い訳が
そんな空気を一変したのはテレビの音だった。
「現在怪奇現象が起こっております。市民の皆様はくれぐれも…うわぁっ!」
アナウンサーの緊迫した声、母親を探す子供の泣き声。
世紀末のようだった。
「主、主が行かないともっと被害が増えますよ」
「行きたい、でも…」
もう心では決心した。
だが、体は心とは矛盾していた。
先程テレビで見た地獄絵図で私は生きる保証があるのか、こんな時でも私は自分の命を優先してしまった。
情けない。
「主、安心してください。主は今右手には私の愛刀を、そして何より私がいるじゃないですか」
琴音は優しく髪をクシャクシャにしながら頭を撫でた。
「行くよ琴音…私と一緒に戦ってくれる?」
「御意!」
「千冬、少し出かけてくるね」
「どこ行くの!?」
「私にしかできないことをやってくる!!」
死にに行くかもしれない朝なのに、風が心地よく吹いていた。
「主、ここからは気の応用をやっていきましょう」
「はぁ、はぁ、ちょっと、私…文化系…だから…」
私がもしゲームキャラだとして、ステータスのグラフがあるとしたら歪な形になるだろう。
そして、運動なんて枠があれば綺麗な線を描いているだろう。
「主、気を使ってみてください」
「はぁ、はぁ、気?さっきの?」
「先程は腕に集中させましたが、今度は足に集中してみましょう」
私はヘトヘトになりながらも、目を瞑った。
先程よりも興奮しているからか、血の巡り、すなわち気の巡りがよく分かる。
「足、足、足、足…」
すると、先程まで鉛を地面に叩きつけるような重さの足が、今度は逆にヘリウムガスを入れた風船のように軽くなった。
「え?なにこれ、さっきより速くなってない!?」
「それは気がしっかりと使えているからです。それではこのまま直線で現場に向かいますよ」
「待って?直線って…」
もちろん道はある、だがこのまま走り続けると川や民家と障害物に直面する。
「主は今人間を遥かに超えているんです。こんなの朝飯前ですよ」
「待って!川!川だって!!」
「私の合図で飛んでみてください」
「飛ぶ!?」
「行きますよ〜」
「は!?ちょっ!もうどうにでもなれ!!」
「ジャンプ!!」
琴音の声に目を瞑りながら、足だけに集中させた。
足の裏に地面がない、それだけで怖かった。
だが、琴音の声で少し安堵した。
「主、やりましたよ。目をお開けください」
「え?」
真下には太陽に照らされキラキラ光る水があった。
「うわぁぁぁ!!」
「大丈夫です。しっかりと向こう側まで行けますから、空中遊泳を楽しんでください」
怖いはずなのに、顔のにやけが止まらない。
心の奥底ではおそらく、こんな冒険を待ち望んでいたのだろう。
いつからか、偽りの衣を着て、つまらない日常を送って、自分を否定し続けてしまったのだろう。
私は着地と同時に自分の可能性を少し信じられるようになっていた。
いや、きっとそんな顔をしていたのだろう。
「主、それでこそ岡崎家の子孫です」
琴音のそんな言葉がたまらなく嬉しかった。
「主、気については理解しましたか?」
「なんとなくだけどね」
「それでいいんです。これから学んでいけばいいんですから」
先程まで走ることに精一杯で会話など皆無だった私。
今では多少会話することも出来た。
「主、そろそろ目的地です」
「でもほんとにすごいね。この気ってやつは」
川を越え、今度は屋根の上を歩いている。
だが屋根に足をつけている訳ではない。
屋根と足の裏の微かな隙間に磁石の反発のようなものが発生して、屋根に一切の危害を加えることなく歩くことが出来ている。
「気にもたくさん種類があるんです。今度お教えしますね」
「うん、楽しみにしてる。それよりもあれが…」
「はい、おそらくあの最上階にいるんでしょう。下には野次馬や、市民の皆様がいるようですね、どうしますか?」
琴音の問に私の回答は一つしかなかった。
「できるとこまで人命救助に専念するよ」
「御意」
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