第15話 魔王、二度死す

「あー、ちょっとこっちも手伝ってくれるかな。ボクじゃ手に負えないよ」


 城の異変を聞きつけた人々が、城下町から来たことにより、門前はちょっとした祭日のようになっていた。

 けが人を治療する者、食料を配る者、汗を流す理由は人それぞれである。

 少し外れたところで、領主たちが焚火を囲みながら、地面に座り込んでいた。


「いやあ、八回も死んだときは死ぬかと思いましたぞ」


 館長がカラカラと笑っている様子に、瀉血婦人がドン引きのまなざしを向ける。

 婦人は大オークに包帯を巻いていた。


「しばらくは安静ですわよ、もう若くないのを自覚なさい」


「医者か、貴様は……」


 もちろん違いますわと言いながら、婦人は大オークの肩を叩いた。


「館長ドノ、あなたが魔術ヲ、解呪しなけれバ、どうなっていたカ、わからなイ。領主としテ、父親としテ、あなたに感謝すル」


「べ、別にロード殿のために、やったわけではありませぬゆえ……」


 円の後ろで、星喰らいが大きな体を寝かせていた。

 彼女は、困惑する城の専属医師や町医者の前で、自らの傷を焼いて塞いでいた。

 

「体調に異変はなくて?」


 眼下からの声に、竜は小さく身を震わせる。


「片腕を失くし、腹に穴が開き、翼も穴だらけだが……なに、些事だ」


 虚像を滅ぼした後、仮面の魔術式は館長の手で解除された。

 呪いを失った仮面は粉々に砕かれ、二度と元に戻ることはなかった。

 領主達は肩を貸し合いながら地上に戻ったが、階段を上り切ったと同時に全員がその場に倒れ込み、使用人たちは運ぶのに苦労した。


「魔王を破った代償にしては、安いものよ」


 魔族の頂点。

 死してなお強大とされる力は、しかし魔族達によって再び消え去った。

 だが、これは魔王無き世界に戻ることを意味しない。


「そういえば、魔王会議ってどうなったのかしら」


「吸血鬼殿! 今はクタクタにござりまする、どうか会議の話題はご遠慮くだされ」


 ため息が上がる中、オークは小さく燃える火を見ていた。


「……オレは次期魔王に、星喰らいを推薦する」


 領主たちは、目を丸くした。

 瀉血婦人など、応急処置に不足があったかもしれないと、彼をもう一度診ようとしていた。


「魔王様の友であり、意志を継げるのは彼女だけだ。今日も指導者の頭角を示してみせたろう」


「わしは賛成であル」と、手を挙げたのはロードであった。

 ゴブリンの領主には、星喰らいならゴブリンを軽視しないだろうという期待と、自分では彼女を御しきれないというちょっとした諦めがあった。


「しかシ、大オーク殿はそれで良いのカ?」


「戦争は終わったのさ……諸々が落ち着いたら、オレも領主の座を退くつもりだ」


 大オークの声はどこまでも固い。

 彼は「もう若くないしな」と付け加え、駆け寄ってきた吸血鬼を見る。


「彼女は私の協力者、いわば盟友ですわ!拒否する理由なんてございません」


 メイドが、領主達に料理を運んできた。

 野菜と獣の肉を煮込んで作られた、即席のスープである。

 空腹ですぐに口を付けた瀉血婦人は、あまりの熱さに悲鳴を上げた。

 ひ弱な盟友がいたものだと、竜は鼻を鳴らした。


「吾輩も異論はありませぬが……オーガの赤ん坊はどうなるのですかな?血筋なら正統性はあちらにある」


「母親ハ、幼子が闘争の道具となるヲ、望んでいなイ」


 この先、母子が魔王の血筋とどう向き合っていくかは、領主の間で決める話ではないと、ロードは言った。

 リッチの主はうすら笑いを浮かべる。

 

「綺麗ごとですな。今後、邪な連中に利用されるとも限らない」


 地鳴りのような音がしてリッチが横を向くと、そこには竜の顔があった。

 館長は言葉もなく席を飛び跳ねる。


「そのような不届きは我が通さぬ」


「わ、私だって、そんな悪人なら血魔術の行使も厭いませんわ!」


 この日、領主たちは魔王の血筋に関していくつかの取り決めをした。

 密約は守られ続け、母子の物語は歴史の表に姿を現すことはなかった。

 長く続くことになる魔王国の、知られざる話である。

 

「それでハ、応じていただけますかナ?」


 ゴブリンロードの言葉に、竜はしばし黙った。

 彼女の脳裏には、地下空洞で対峙した虚像がちらついていた。


「我は、魔王にはならぬ」


 どよめきが起こる。

 谷での戦いは無効試合ですぞと、神経の図太い館長は言ってのけた。

 領主たちの反論を遮るように、星喰らいはひときわ大きな声を出す。


「魔王は死んだ! あれは地下空洞で滅びたのだ」


 この国を力で興し、恐れによって束ねた王は、魔族達の在り方を変えた。

 魔王の旗の下で彼らは団結を知った。

 

「────我は、我のやり方で貴様らの上に立つ」


 星喰らいは、魔王が統治する世界を人間の姿で歩いた。

 行く先々で、人々は魔王の恐ろしさを語った。逆らえば命はないと、口々に言いあっていた。

 大半が、魔王の姿を見たこともない者達であった。

 竜は、魔王の残した恐れと対峙していくのだ。

 

「我が名は竜王。この大地の守護者なり」



────



 魔王の死から、暫く経ったある日のこと。

 オーガの領主が、荷物を持った元メイドを連れ立って、城の廊下を歩いていた。


「執政……ではなくて領主様。この度は引越しの手伝いをお世話になりました」


「今までの公務に比べれば、なんてことないさ」


 領主はどこかくたびれた様子で後頭部をさすっている。


「どうされたんですか?」


「最近また帰りが遅いから、妻の態度が厳しくてね」


 城門の前で、馬車を待たせる瀉血婦人と、赤子を抱いているゴブリンのメイドが立っている。

 彼女達は人間に気が付くと、手を振った。

 母子は領主達の取り決めにより、人間の多い吸血鬼領へ引っ越すようになった。

 初めての土地に思いを馳せ、母親は鞄を握り締める。


「準備ができたようで何より。こっちはいつでも行けるわ」


 人間の驚いた顔を見て、婦人は少しばかり照れくさそうな顔をする。


「あの口調、ダサいからやめたの。わたしには似合ってなかったし……」


 嘘である。

 別に、ダサいとは思っていない。

 影と戦って以来、古ドラクル語を発すると、頻繁に血魔術を誤発動させるようになってしまった。魔力操作が未熟であるからだ。

 元々、威厳を持たせるために使っていた言葉だった。不便さが上回れば、日常で使う理由はない。


「や、キミのつまらない冗談が聞けなくなると思うと、寂しくなるね」


「近所付き合いに疲れたら、いつでも帰って来なさい」


「魔王城はいつでモ、あなたを歓迎するワ! 裏口からだけド……」


 使用人たちを代表して、ゴブリンのほかに二人のメイドが来た。

 メイド長も来る予定だったが、王の注文が多く手が離せないという話である。


「ちょっと! 吸血鬼領も良いところよ。それにこれからはもっと良くなる」


 瀉血婦人は、領主となった時に魔王と交わしたいくつかの約定を破棄した。

 今では他の吸血鬼や、内務に関わっていたオーガと共に、領地について勉強する毎日である。

 領の城では、いつも「瀉血様はやっぱり大人しくしててくださいっす!」という声が響き渡っているという。

 馬車が走り出すと、見送り人の姿がみるみる小さくなっていく。

 ゴブリン達は見えなくなるまで手を振っていた。

 人間は、城の窓からリッチのメイドが覗いていたのに気が付いていた。


「改めてよろしく。私のことは瀉血……ってあんまり覚えてもらえないのよね」


 人間の腕の中で、赤子が眠っている。

 吸血鬼は「アナって呼んで。本名なの」と言って赤子の頭を撫でた。


「よろしくお願いします。アナ様」


 変化があったのは、吸血鬼領だけではない。

 オーク領は、長らくその席にいた大オークが退き、部下を務めていた同族の者が後釜に座った。

 新しい領主は、魔王城に挨拶しに来た際に、「人間と、今までと違う関係を模索したい」と語った。

 ゴブリン領は、人間達との交易関係を明言した。

 一部のゴブリンが、人間の国に使節団として派遣されたのは、国の内外で大きな話題を呼んだ。

 他の魔族達が想像する以上に、人間の国と深い関係を築いているようだった。

 魔王会議中、王国の異変を追求する人間達をロードが抑えていたと知れるのは、もっと後のことである。

 新時代の足音がすぐそばこで迫っている、そんな予感がした。


「そういえば以前、空洞での戦いについて、星喰らい様にお話しを伺いました」


「私も聞いた。みんなに悪いけど、居合わせなくてよかった……」


 ある時、星喰らいは人間を呼びつけて、魔王の話をするように申し付けた。

 出会いの話。

 仮面の下を見た時の話。

 出ていくように言われた時の話。

 平静を装っていたが、赤子にどう触れていいかわからずに困惑していた話。

 竜の反応は淡白に思えたが、過ぎ去りし記憶を回顧してたのかもしれない。

 代わりにと、彼女は地下空洞での出来事を彼女に話してくれた。


「一つだけ聞き損ねたんですが、どうして魔王様の虚像は、最後に一瞬だけ動きを止めたのでしょう」


「ああ、アレね。ゴブリンロードさんの活躍らしいわ」


 曰く、ロードが投げたあるものが仮面の魔術式に当たり、魔力の流れが一瞬だけせき止められたのが原因だという。

 石や調理器具の類ではないと、婦人は言った。

 人間は、空洞の真上が調理場であったことを思い出した。


「館長さんが術式解除のために剥がしちゃったから、私も見てないんだけどね」


 なんでも、ベタベタしたものが術式に張り付いたらしいわ。

 言いながら、吸血鬼は自分の説明に困惑していた。

 

「妙な話ですね」


 疑問に思いながらも、人間は窓の外に広がる景色に目をやる。

 どこまでも広がる青空を、白い雲がふわふわと浮いていた。


「……あっ」


 調理場の床は、虚像の放つ超高温の光によって破壊され、空洞内は竜の放つ炎で蒸し焼き状態であった。

 何か、食べ物を熱するには申し分のない環境である。

 可能性としては低いが、ありえない話ではない。


「まさか……モチ?」


 太陽が、吸血鬼領を照らしていた。

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魔王、死にました @Idoatama

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