第十八話:灰燼からの脱出

第一場:計算された爆炎


リバティ・ネットの中枢サーバーが破壊された瞬間、健一の指示が飛んだ。


「カイト!」


「了解! 起爆シーケンス、開始!」


カイトがコンソールを叩くと、アジトの各所に仕掛けられていた爆薬が一斉に起爆した。それは、敵を巻き込むためではない。侵入してきたドローンを焼き払い、サーバーに残ったデータを完全に消去し、そして何より、彼らの脱出経路を煙と混乱で覆い隠すための、計算された自爆だった。


凄まじい爆風と熱波が、秘密の脱出ルートへと逃げ込む彼らの背中を押す。


「健一!」アリスが叫ぶ。「あなたの右腕に軽度の裂傷を確認!」


「問題ない!」


健一は、燃え盛るアジトを振り返ることなく、先を急いだ。


Rの端末スクリーンには、微かに亀裂が入っていた。


「…ったく、派手にやりやがって! 俺様のボディに傷が…。ただじゃ済まさないぜ!」


カイトも顔に煤をつけ、かすり傷を負っているが、その瞳は冷静だった。


ザイオンは、いつの間にか装着していたサングラス型PCデバイスを指で押し上げ、後方の状況を確認している。


「ドローンは全滅。追手は…今のところ確認できねえ。だが、時間の問題だ」


彼は、なぜか無傷だった。そして、この絶望的な状況下でさえ、不思議なほど落ち着いていた。


健一は、仲間たちの状態を確認し、安堵と、そしてこれから始まる過酷な逃亡への覚悟を新たにした。リーダーとしての彼の表情は沈んでいたが、他のメンバーは、この極限状況の中で、むしろ生存本能を剥き出しにしていた。


第二場:エアロポッド奪取


地下廃線路を走りながら、ザイオンはサングラス型PCを操作し、都市の交通管制システムにハッキングを仕掛けていた。


「見つけたぜ、ブラザー! ちょうどいいタクシーが近くを通る!」


彼が狙いを定めたのは、富裕層向けの最新型大型エアロポッドだった。


「R! あのポッドの認証システム、いけるか?」


「誰に言っているんだ? 余裕さ」


地上への出口にたどり着いた瞬間、ターゲットのエアロポッドが、彼らの頭上を滑るように通過した。ザイオンの合図でRがシステムを掌握し、カイトがワイヤーフックを撃ち込む。一連の動作に、もはや迷いはなかった。


チームはギリギリのタイミングで、無人のエアロポッドへと飛び乗った。


第三場:嵐の中の接触


自動操縦に切り替えられたエアロポッドが、夜の都市を疾走する。窓の外には、GRIDのパトロールユニットを示す赤い光点が、無数に明滅していた。


「…完全に包囲されてるな」


健一が、低く呟く。


その時、アリスが静かに告げた。


「健一。未知のプロトコルからの、暗号化されたコンタクトです。…追跡は不可能です」


承認すると、目の前に伝統的なスーツを着た、穏やかな顔つきの初老の男のホログラムが浮かび上がった。


『――聞こえるかね、佐藤健一殿』


男の声は、ノイズ混じりだった。


『あなたたちが今、嵐の中にいることは理解している。…だが、我々はあなたたちに、安全な港を提供できるかもしれん』


男は、健一たちの状況を完全に把握しているようだった。ホログラムは、一つの座標データを表示すると、一方的に通信を切った。


「…大陸勢力の、いずれかの王国か」


健一は、かすかに眉をひそめながら呟いた。


「よし、行くぜ!」


第四場:大陸への道


健一の決断を受け、ザイオンがエアロポッドのナビゲーションシステムを掌握する。


「ルート設定完了。レーダーと識別信号は、カイト頼むぜ!」


「了解」


カイトが、エアロポッドの制御パネルに物理的に干渉し、機体の識別情報を偽装していく。Rは、航路上に存在するGRIDの監視網情報をリアルタイムで更新する。


エアロポッドは、都市の光を後にし、漆黒の海上へと進路を取った。それは、地図にない航路。彼らの持つ技術と、チームの連携だけが頼りの、危険な横断飛行だった。


窓の外には、ただ暗い海と、遠くに浮かぶ嵐の兆候だけがあった。それは、彼らの未来を暗示するかのようだった。

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