第十七話:神々の鉄槌
第一場:完成の刻、そして警鐘
アジトの心臓部で、最後の接続が完了した。カイトが組み上げた無骨なサーバーラックに、ザイオンが書き上げた最終コードが流れ込む。健一の承認コマンドを受け、アリスがシステムを起動させた。
地下深く、忘れられた変電施設の中で、彼らの最初のシステム――「リバティ・ネット」――が、静かに産声を上げた。
それは、まだ小さな“島”に過ぎなかった。だが確かに、『GRID』の支配の外側にある、新しい世界の種だった。サーバー群が安定稼働を始め、アジトには安堵と達成感が流れ込む。多重防御システムも構築され、あとは最終的な起動シーケンスを完了させるだけのはずだった。
しかし、その誕生は、上位存在の均衡を乱す、不協和音でもあった。
理由は不明。だが、『GRID』の中枢AIは、彼らが完成させようとしているリバティ・ネットの存在を、その起動直前に捕捉した。システムの絶対的な調和を乱す“異物”とみなし、『GRID』は、本格的な駆除シークエンスを開始する。
「――来たぞ!」
Rの警告が、アジトに響き渡る。その声は、これまでのどの警告よりも、切迫していた。
第二場:聖堂騎士団
健一たちは、即座にそれぞれの持ち場につき、意識を仮想空間へとダイブさせた。
目の前に広がるのは、白亜の格子都市。その街路は無数のデータで舗装され、ビル群はコードの塔として空を突き刺している。そこへ、地平線を埋め尽くす勢いで進軍してくる、純白の騎士団――「聖堂騎士(パラディン)」の大軍勢。『GRID』の“本気”だった。
「カイト!」
「分かってる!」
カイトが創り上げた、デジタルと物理が融合した**「城壁」**が、格子都市の内側に具現化する。聖堂騎士団が、光の槍を城壁へと一斉に放つ。閃光と衝撃。だが、城壁は軋みながらも持ちこたえた。
攻撃が直撃した部分から、データ街区が崩れ落ちていく。通りは白いノイズに侵食され、コードのビルが粒子となって崩れ、下層の闇へと吸い込まれていく。それでも城壁は、何度も塗り替えられながら、辛うじて輪郭を保っていた。
ザイオンが攻撃パターンを解析し、Rが監視システムの視界を撹乱し、アリスが防御の再配置を即時に計算する。四人と二体――奇妙なチームの連携が、極限の状態で試されていた。
第三場:壁の向こう側
電脳空間での攻防が激しさを増していた、その時だった。
現実世界のアジトそのものが、鈍い衝撃とともに揺れた。
「なんだ!? 地震か!?」ザイオンが叫ぶ。
アリスが即座に報告する。
「いいえ。外部からの物理的攻撃です。地下廃線路経由で、複数の未確認飛行物体(ドローン)が接近中。同時に、アジトの換気システムおよび冷却システムに、外部からの強制介入を検知」
Rが混乱を隠せない。
「馬鹿な! 『GRID』の攻撃はデジタルだけのはずだ! 奴らに物理干渉能力なんて…!」
健一の背筋に、冷たいものが走る。これは『GRID』単独ではない。別の“何か”が、彼らの居場所を掴んでいる――そう直感したが、今は目の前の脅威に対処するしかなかった。
第四場:リコンストラクターの罠
「チッ…やっぱりこうなったか」
現実世界で、カイトが舌打ちしながらコンソールを叩く。
「念のために仕込んでおいた“おもちゃ”が、役に立つとはね」
彼女が起動したのは、アジトの各所に隠しておいた、あり合わせのジャンクパーツで組み上げた物理的防御システムだった。
侵入してくるドローンに対し、カイトは指向性EMPを放って一時的に機能を停止させ、旧式のスプリンクラーから高圧の冷却水を噴射してセンサーを狂わせ、分厚い隔壁を緊急閉鎖して侵入経路を物理的に遮断する。
派手な戦闘ではない。ただ、知恵と工夫で、必死に時間を稼ぐ戦いだった。
「だが、長くは持たないよ!」カイトが叫ぶ。「こっちはガラクタ、向こうは最新鋭の軍事用だ!」
第五場:戦略的撤退
カイトが現実世界で物理攻撃をしのいでいる間も、電脳空間では『GRID』の攻撃がさらに激しさを増していた。ザイオンは防御コードを書き換え続け、Rはノイズを注入し、アリスは被害を最小限に抑えるルートを算出する。だが、敵の物量と演算力は桁違いだった。
やがて、カイトの物理防御が突破される。隔壁が破られ、戦闘ドローンがアジト内部へとなだれ込んだ。同時に、ザイオンの防御壁も貫かれ、『GRID』の攻撃AIがリバティ・ネットのサーバー本体へと到達する。
健一は、一瞬だけ目を閉じ、決断した。
「――『リバティ・ネット』は放棄する。全員、脱出経路へ!」
「冗談じゃねえ!」ザイオンが怒鳴る。「まだ守れる手は――」
「そうだ! まだだ、まだ終わっちゃいねえ!」Rも抵抗する。
しかし、健一の声は揺るがなかった。
「これは敗北じゃない。次への布石だ!」
アリスが即座に補足する。
「主要データは、Rの端末と一部の暗号化バックアップに退避済みです。損失は、許容範囲内に収まります」
チームは最小限のデバイスとデータ――Rの端末や、カイトの義腕に格納された暗号鍵など――だけを抱え、カイトが最後の切り札として用意していた、アジトのさらに深部へと続く秘密の脱出ルートへ滑り込んだ。
背後で、彼らが築き上げた“王国”が、爆炎とともに崩れ落ちていく音が響く。
彼らは全てを失ったように見えた。そして、『GRID』だけでなく、物理的攻撃能力を持つ未知の敵が存在することを、その身をもって知った。完全に「敵」としてマークされ、一刻の猶予もない状況に追い込まれる。
それでも、歩みは止まらない。これは逃走ではなく、計算された「戦略的撤退」だと――リーダーの言葉を、誰もが必死に信じていた。
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