8.なぜ、君は戦う

「――何をしている、人間ッ!!」

 

 感情のままにイオリは叫んだ。もちろん威嚇の意味も兼ねている。イオリも人間なのだが、そんなのは今はいいだろう。

 人数差も体格差もあるので、初撃を当てて敵の勢いを削ぐのが肝要だ。まだ襲撃者たちはイオリの居場所を掴めていないのが幸い。声で怯んだ相手に、死角から肉薄する。


 イオリはまず、賞金がどうのと浮かれている恰幅のいい方を狙った。近くまで勢いよく走り寄り、顔を目掛けて抜刀する。無論、この一撃で斬れるとは思っていない。イオリの刀は男の刀で止められる。刃のぶつかり合う鈍い音が響いた。

 鍔迫り合いを長く続けると、女であるイオリの方がずっと不利だ。しかし、イオリから攻めたおかげで相手は咄嗟の防御体制でしかない。そこには確かな隙があった。

 ジリジリと圧されるふりをして数歩後ろに下がったのち、イオリは、男の手を空いた足で思いっきり蹴り上げた。

 そして、その勢いのまま後ろに飛び退く。普通の剣術ではまずこんなことしないだろう。父に叩き込まれた、実戦向きの剣――まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが、規則無用の戦いにイオリは多少の覚えがあった。

 予想外の角度からの攻撃に、刀を握る男の手が緩む。これは好機だ。まずは武器を落とさせる、と刀を構え直すイオリだが、そう簡単には行かなかった。

 

「イオリ姫!!」

 

 後ろから白蛇先生の悲鳴のような声が聞こえる。それと同時に、鋭い殺気の流れを感じた。

 もう一人の男の対応が思ったより早かったようだ。背後から、細身で背が高い方の男が飛びかかってきた。男の振るう白刃が煌めく。避けられない、とイオリは直感的にわかった。

 致命傷を避けるため、イオリは振り返りながら、左腕をわざと相手の剣筋に合わせて受け流した。

 

「――ッ」

 

 腕の肉を削がれる痛みが走るが、唇を噛んで堪える。大丈夫、剣を落とすほどではない。父に竹刀でボコボコに殴られたときの方がずっと痛かった。

 間合いは保ったまま、後退りして男たちから距離を取った。斬られた左腕から流れる血が熱いが、止血している暇はないだろう。イオリはずっと不調の右半身に喝を入れ、再度体制を整える。どんな動きにも対応できるよう目を光らせるイオリに、男たちはたじろいだ。

 

「なんだ、コイツ。斬られてもまだやる気だぞ、女のくせに」

「……っ二人ならいけるだろ。やっちまおうぜ」


 男たちは挟撃を狙って、それぞれ左右から向かってくる。どういなすか考えながら剣を構えなおすイオリの頭に、突如声が響いた。

 

(そなた……なぜ戦う? 刀傷は痛かろうに)

 

 突然の出来事に、イオリの極限の集中が散る。

 いつも夜寝ている間に聞こえる、『イオリ姫』の声だ。起きているときに語りかけてくるのは初めてのことである。どこから音がしているのかもわからない、脳内に直接流れ込むような声だった。しかし、のんびりと声の出どころを探していては男たちに斬られてしまう。

 状況を打破するため、大きく弧を描くように男たちの挟撃の外側を目指して走った。その最中、イオリは考える。


 別に大層な理由があって、刀を握っているわけではない。でも体が動くのは、見ないふりができなかっただけだ。

 ここで逃げたら、今まで誰に期待もされず刀を振ってきた自分を、否定することになる。それ自体が理由だった。


 イオリはどこからともない問いに答えて、叫ぶ。

 

「人より剣ができるから、それだけだ! 戦いの邪魔しないで!!」

 

 自分より遥かに体格のある男と刀を交える。ガキン、と刃のぶつかり合う音があたりに響いた。また始まった鍔迫り合いの最中に、イオリはあることに気づく。

 刀に反射して映った自分の顔が笑っている。『彼女』は、イオリと同じ顔で、イオリのしない表情をして笑った。

 

「よい答えじゃ、気に入った!」


 その瞬間。

 イオリの刀から、凄まじい衝撃が放たれる。


「ぎゃあああ!?!?」


 組み合っていた男がまるで紙切れのように軽やかに吹っ飛んでいく。イオリも反動で地面に倒れ、転がった。

 

「今のは……」

 

 もう一度、鏡写しの自分を見ようとイオリは刀を覗き込むが、光の加減か刀は何も写さない。残念がるイオリに、もう一人の男が背後から飛びかかる――否、飛びかかろうとしたが、それは失敗に終わった。イオリがそれより高く飛び上がったからだ。

 

「……すごいな、妖」


 空中、イオリは呆然と呟く。

 イオリの全身には力が漲っていた。火事場の馬鹿力とか、そんな次元ではない。およそ生きていてこんな体験をすることはないであろう全能感と高揚。言葉通りなんでもできるだけの力が体に宿る。その力を足に集中させ、軽く地面を蹴っただけだった。男の頭上を飛び越えようと思っただけだったのだが、気づけばイオリは周りの建物を上から見下ろしている。

 狙っていた獲物が突如目の前から消えて、男は戸惑ったように刀を掲げたままキョロキョロしている。イオリは空中で体制を変え、空気を蹴って、一瞬で彼の背後に肉薄する。

 

「この、銭ゲバどもめ」

 

 ごちん、と刀の峰で男の頭を殴る。声さえ上げずに、男は気を失った。

 あっという間に二人の男をのしてしまった。イオリは自分の中に秘められた、おそらく『イオリ姫』のものであろう力に戦慄と、一抹の高揚を覚える。自分の手をただ眺めていると、後ろから声がかかった。

 

「だ、大丈夫かいイオリ姫……!」

 

 途中から腰を抜かしていた白蛇先生が、座り込んだままイオリに声をかける。

 イオリは笑って、先生に先ほど斬られた左腕を見せる。

 

「大丈夫、無傷です!」

 

 戦いの最中に、傷は自然に治っていた。

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