「夢の国の出口は、銀色の悪夢(ナイトメア)だった。」**

志乃原七海

第1話:魔法の国の銀色迷宮**



***


**タイトル:魔法の国の銀色迷宮**


夢のような一日だった。

シンデレラ城に映し出されたプロジェクションマッピング、夜空を彩る大輪の花火。彼女の横顔は輝いていて、パレードの余韻に浸りながら僕たちは駐車場へと歩いていた。


「楽しかったね!」

「うん、最高だったよ」


手をつなぎ、巨大な立体駐車場へたどり着く。しかし、ここで魔法が解けたかのような現実が僕を襲った。


(あれ……? どこに停めたっけ?)


広大なフロア。果てしなく続く車の列。僕は冷や汗をかきながら足を止めた。

彼女が怪訝な顔で僕を見る。


「ねえ、まさか場所忘れたとか言わないよね?」

「いや、えっと、確かこの辺りのゾーンだと思ったんだけど……」

「もう、しっかりしてよ! 歩き疲れてるんだからさあ!」


彼女の機嫌が急速に降下していく。まずい。このままでは楽しい思い出が台無しだ。

僕は焦りながらも、ポケットからキーを取り出し、名案を思いついた顔をした。


「だ、大丈夫! 文明の利器があるじゃないか。アンサーバック機能でハザードを光らせれば一発だよ!」


僕は自信満々に、頭上高くキーを掲げ、解除ボタンを力強く押した。


**『ピッ!』**


その瞬間、僕の目の前に広がっていた光景に、世界が凍りついた。


**『バシャッ! ガシャッ! ガシャッ! ガシャッ!……』**


右も、左も、前も、後ろも。

見渡す限りの車――そのすべてが、「シルバーのカローラ」だったのだ。

そして、そのすべてのカローラのハザードが一斉にオレンジ色に点滅し、解錠音が広大な駐車場にこだました。


「え……?」


僕と彼女は口を開けたまま立ち尽くす。

まるで鏡の部屋に迷い込んだようだ。だが、彼女は早く帰りたがっている。


「あ、あそこだ! ほら、一番近くのやつ!」


僕は思考を放棄し、手近にあった一台のシルバーのカローラに彼女をエスコートした。


「ああ、よかった見つかって。早く座って」

「もう、頼むよ?」


エンジンをかけ、発進する。冷房を効かせ、安堵の息をつく。

ふと、オーディオのトレイを見ると、見慣れないCDケースがあった。


(あれ? 俺、こんなデスメタルのCD買ったっけ?)


「ねえ、なんか車内の匂い、いつもと違わない? 香水変えた?」

「え? ああ、まあね。気分転換にさ」


違和感を覚えつつも、これ以上彼女にツッコまれるのが怖くて、僕はアクセルを踏み込んだ。


ディズニーリゾートを後にし、高速の入り口に向かう途中、赤い誘導灯が見えた。検問だ。


「こんばんはー。ちょっと免許証と車検証見せてもらえる?」


警察官が懐中電灯を向けてくる。

僕は余裕の笑顔で免許証を出し、ダッシュボードから車検証を取り出して手渡した。


「はい、ご苦労さまです」


警察官は車検証と免許証を見比べ、そして車のナンバープレートを確認し、また車検証を見る。

やけに時間が長い。


「……あの、何か?」


警察官は懐中電灯を消し、深くため息をついてから、僕の顔を覗き込んだ。


「お兄さん」

「はい?」

**「これ、君のクルマじゃないね? ちょっと署まで来てもらおうか」**


助手席の彼女が、今日一番の冷ややかな目で僕を見た。

その瞬間、僕は気づいた。


魔法にかかっていたのは、ディズニーランドではなく、あの駐車場だったのだと。


(完)

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