姫神、小春を終わらせない

揺籠(ゆりかご)ゆらぎ

第1話 『逢坂駅の噂』

【 10月 第二高校 2年3組 放課後 】


この町で、最近おかしな噂が増えている。


夜の公園で誰も座っていないブランコが揺れていたとか。

駅前の細い路地で“黒い影”が立っていたとか。

深夜に歩くと、足音の数がひとつ増えるとか。


……全部よくある噂

小春は、そう思っている。


——まあ、由加は絶対騒ぐだろうけど。


夕焼けが差し込む放課後の教室。

ほとんどの生徒は帰り、小春はノートを閉じた。


カチッ。


その小さな音だけが静かに響く。


「ねぇ小春! また出たんだって!」


——はい来た……。


由加が勢いよく机に近寄ってくる。




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♢朝比奈 由加(あさひな ゆか)


明るくて、教室の空気を一瞬で変えてしまうタイプ。

町や学校の噂に敏感で、新しい話題を見つけると誰より早く駆け寄ってくる。

怖がりなくせに気になるものには真っ先に突っ込み、大げさな反応で周囲を騒がせがち。

小春の静かさとは正反対だが、その明るさが人を集める。


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「駅前の幽霊の話! 昨日また出たらしいよ!」

「へぇ」

——また幽霊……。


すると横から、静かな声が落ちてきた。




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御影 澪(みかげ みお)


物静かで、いつも落ち着いた雰囲気をまとっている少女。

怪異に詳しく、怖い話も淡々と分析してしまうタイプ。


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「……そっか。

 もしかしたら、ばったり会っちゃう……かも、ふふ」



「ちょ、その言い方怖いんだってば!」

由加が肩を震わせる。



澪は気にした様子もなく、小春のほうをちらり。


ふるふる

——見ないで……。私、何も知らないから。



「ねぇ小春、なんか最近この町ほんと変じゃない?

 影とか、声とか、なんか……多くない?」


「そうだね」

ほんとにそう、何だか最近街の様子がおかしい


静かな放課後の教室に、三人の声だけがぽつりと残った。

由加は意を決したように言う。


「……ね、小春。ちょっと寄り道してこう? 逢坂駅の旧ホーム、今ならまだ明るいし!」

「え!?」

澪がこくりと頷く。


——もー、なんで澪は頷くの?……。


でも、小春は断れなかった。


「……少しだけね。」

小春はそう言って困ったように微笑んだ

由加は嬉しそうに笑う。


 


——




校舎を出て、三人は夕暮れの道を歩いた。

駅に近づくほど、人影が減っていく。


「ねぇねぇ! なんか今日、静かすぎない?」

由加が落ち着かない声を出す。


澪は空気を吸い込み、はっきり言った。


「……何か、へん。」

(確かに)

胸がざわめく


風の音が妙に薄い。 





……いやな、感じ。



夕日を背に、逢坂駅の階段に着く。


旧ホームへ降りる階段には、 


本来あるはずの“立入禁止のチェーン”が外れて地面に垂れ下がっていた。

「え、やだ……なんで外れてるの……?」 


由加が小さく響く声で言う。


澪は目を細め、階段の奥をじっと見る。


小春は階段のほうへ一歩近づき、

その暗がりに視線を落とした。






その瞬間──


コツ……コツ……


乾いた靴音がひとつだけ響く。


「ひっ……!」

由加が瞳に涙目をためながら

小春の腕にとびつく

「こはる〜!!」


澪は階段の影を静かに追っていた。


「……音が、増えてる。」

その声はほとんど囁きだった。


——増えてる……足音が?


コツ……コツ……

コツ……コツ……


小春が一段目にそっと足を置いて覗いたとき、


世界の音が、すっと遠のいた。


風の音も、ホームのアナウンスも。

  


由加の息づかいだけが不自然に大きく聞こえる。


(ここ……空気が違う。)


旧ホームの奥で、

また足音がひとつ増えた。


コ……ツ……コ……ツ……コ……ツ……

コツ……コツ…… コツ……コツ……

コ……ツ……コ……ツ……コ……ツ……


薄闇の中で、確実に“誰か以外”が歩いている。


小春たちは階段の上で息を飲んだ。





この町の噂は、



ただの噂では終わらない。——

――第1話 終わり



主人公

◇ 姫神 小春(ひめがみ こはる)


普段は穏やかで物静かな、どこか清楚さを感じさせる少女。

誰かの気持ちにそっと寄り添う優しさを持ち、言葉は少なくても柔らかな空気で周囲を和ませる存在。


内心では冷静にツッコミを入れているが、

それを表に出すことはほとんどない。

怪異に対しては人一倍敏感で、

わずかな“違和感”にすぐ気づいてしまう。

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