姫神、小春を終わらせない

揺籠(ゆりかご)ゆらぎ

第1話 『逢坂駅の噂』

【 2025/10/18 第二高校 2年3組 放課後 】


この町で、最近おかしな噂が増えている。


夜の公園で誰も座っていないブランコが揺れていたとか。

駅前の細い路地で“黒い影”が立っていたとか。

深夜に歩くと、足音の数がひとつ増えるとか。


……全部よくある噂

小春は、そう思っている。


——まあ、由加は絶対騒ぐだろうけど。


夕焼けが差し込む放課後の教室。

ほとんどの生徒は帰り、小春はノートを閉じた。


カチッ。


その小さな音だけが静かに響く。


「ねぇ小春! また出たんだって!」


——はい来た……。


由加が勢いよく机に近寄ってくる。




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♢朝比奈 由加(あさひな ゆか)


明るくて、教室の空気を一瞬で変えてしまうタイプ。

町や学校の噂に敏感で、新しい話題を見つけると誰より早く駆け寄ってくる。

怖がりなくせに気になるものには真っ先に突っ込み、大げさな反応で周囲を騒がせがち。

小春の静かさとは正反対だが、その明るさが人を集める。


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「駅前の幽霊の話! 昨日また出たらしいよ!」


——また幽霊……。


すると横から、静かな声が落ちてきた。




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御影 澪(みかげ みお)


物静かで、いつも落ち着いた雰囲気をまとっている少女。

怪異に詳しく、怖い話も淡々と分析してしまうタイプ。

反応は薄いが、核心だけはなぜか外さない。


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「……そっか。

 もしかしたら、ばったり会っちゃう……かも」



「ちょ、その言い方怖いんだってば!」

由加が肩を震わせる。



澪は気にした様子もなく、小春のほうをちらり。


——見ないで……。私、何も知らないから。



「ねぇ小春、なんか最近この町ほんと変じゃない?

 影とか、声とか、なんか……多くない?」


(多いのは確か。……でも、ただの噂でしょ。)



静かな放課後の教室に、三人の声だけがぽつりと残った。


由加は意を決したように言う。


「……ね、小春。ちょっと寄り道してこう? 逢坂駅の旧ホーム、今ならまだ明るいし!」


澪がこくりと頷く。


——もー、なんで澪は頷くの?……。


でも、小春は断れなかった。


「……少しだけね。」


由加は嬉しそうに笑う。


 




――――


校舎を出て、三人は夕暮れの道を歩いた。

駅に近づくほど、人影が減っていく。


「なんか今日、静かすぎない?」

由加が落ち着かない声を出す。


澪は空気を吸い込み、はっきり言った。


「……何か、へん。」


小春は胸の奥がひやりと冷えるのを感じていた。 


風の音が妙に薄い。 


温度の層がひとつ剥がれ落ちたような違和感。



……いやな、感じ。



夕日を背に、逢坂駅の階段に着く。


旧ホームへ降りる階段には、 


本来あるはずの“立入禁止のチェーン”がなかった。


「え、やだ……なんで外れてるの……?」 


由加が小さく響く声で言う。


澪は目を細め、階段の奥をじっと見る。


小春は階段のほうへ一歩近づき、

その暗がりに視線を落とした。






その瞬間──


コツ……コツ……


乾いた靴音がひとつだけ響く。


「ひっ……!」

由加が瞳に涙目をためながら

小春の腕にとびつく

「こはる〜!!」


澪は階段の影を静かに追っていた。


「……音が、増えてる。」

その声はほとんど囁きだった。


——増えてる……足音が?


コツ……コツ……

コツ……コツ……


小春が一段目にそっと足を置いて覗いたとき、


世界の音が、すっと遠のいた。


風の音も、ホームのアナウンスも。

  


由加の息づかいだけが不自然に大きく聞こえる。


(ここ……空気が違う。)


旧ホームの奥で、

また足音がひとつ増えた。


コ……ツ……コ……ツ……コ……ツ……

コツ……コツ…… コツ……コツ……

コ……ツ……コ……ツ……コ……ツ……


薄闇の中で、確実に“誰か以外”が歩いている。


小春たちは階段の上で息を飲んだ。





この町の噂は、



ただの噂では終わらない。——

――第1話 終わり



主人公

◇ 姫神 小春(ひめがみ こはる)


普段は穏やかで物静かな、どこか清楚さを感じさせる少女。

誰かの気持ちにそっと寄り添う優しさを持ち、言葉は少なくても柔らかな空気で周囲を和ませる存在。


内心では冷静にツッコミを入れているが、

それを表に出すことはほとんどない。

怪異に対しては人一倍敏感で、

わずかな“違和感”にすぐ気づいてしまう。

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