第2話 旧ホームの足音

階段の奥から響く足音は、

最初より確実に“ひとつ多い”。


コ……ツ……コ……ツ……コ……ツ


コ……ツ……コ……ツ……コ……ツ



由加が小春の袖を掴んだまま震える。


「ねぇ小春……やっぱり戻らない……?」


澪は階段の下を見つめたまま、小さく息を吸う。


「……まだ来てない。

 でも、長くはもたない。」


夕焼けが駅の壁を赤く染め、

旧ホームへの階段だけが妙に影を濃く落としている。


風が吹いたわけでもないのに、

髪がひそりと揺れた。


コン……


階段の奥で、乾いた音。


ひとつだけ、近い。


由加が「ひっ」と声を漏らし、

小春の肩にしがみつく。


澪の目が細くなった。


「ここ……空気が違う。」


小春は自然に一歩、後ろへ下がった。


ほんの少しだけ。

ほんの無意識の動き。


だが読者にだけ、その瞬間──

文字が浮かびあがる。


【選択肢】


進む

逃げる ←

通り抜ける


小春はくるりと振り返り、

由加の手を引いて走り出した。




階段の下から、足音が一つついてくる。


カツン……


駅構内の空気が少し震えた。


蛍光灯がわずかにちらつき、

通路の音がすっと遠のく。


(……変だ。)


胸の奥がざわつく。

ほんの一瞬、耳鳴りのようなものが走った。


由加が必死に小春の後ろをついてくる。


「小春、早く、早く……!」


澪は冷静な足取りで続きながら、

背後を一度だけ振り返った。


「……ついてきてる。」


言葉にした瞬間、

遠くのホームから聞こえるはずの電車音が

まるで布を裂かれたように途切れた。


ビ……ッ


小春の心臓がひやりとする。


足を止めたくない。

止まれば何かが追いつく。


駅構内の自動改札前まで走ったとき、

由加が息を切らしながら言った。


「ねぇ……なんか……誰もいなくない……?」


確かに、さっきまで人が行き交っていた構内が、

嘘みたいにがらんとしていた。


ぞっ……と、

背筋を這いまわるようなおぞましい気配。


澪が小さく言った。


「ここ、もう元の場所じゃない?」


小春は無意識に立ち止まり、

息を整えようとした。


その瞬間、

駅の向こう側のシャッターが

ガンッ

と一度だけ鳴った。


由加が肩を震わせる。


「な、なに今の……? 誰かいるの……?」


澪は首を横に振った。


「違う。おそらくこっちに

 “来てる”。」


小春はゆっくりと振り返った。


さっきまで普通だったはずの通路が、

薄暗く沈んでいく。


足音は、もう止まっている。



姿は見えない

しかし止まったということは──

すぐ近くに “いる” ということ。


小春は息を詰まらせた。




異界は、

静かに口を開き始めていた。


――第2話 終わり

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姫神、小春を終わらせない 揺籠(ゆりかご)ゆらぎ @yuragi-111

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