第20話 落ちこぼれ軍団、結成!

数日後。


 『今日発』の新規入塾受付日。


 来客は、レイアの予想よりも遥かに少なかった。


 人気の『常勝』が、ほぼ同時に新規クラスを開講したからだ。


 非常勤講師たちは次々と辞め、ライバル校へ転職していった。  ナツ先生の給料未払いに、これ以上耐えられなくなったのだ。


 もしかすると、本当にこの塾は潰れてしまうかもしれない!


 唯一の朗報は、アケンがようやく目を覚ましたことだ。


 彼が開口一番に叫んだ言葉は、「もう装備は売りたくない!」だった。


 しかし、昏睡中の記憶はすっぽりと抜け落ちており、ゲームの中でLKに助けを求めたことさえ覚えていなかった。


 アケンの母親は、長い間ナツ先生のオフィスにいた。


「ナツ先生、悩みましたが、やはりアケンを退会させます……いえ、驚かないでください」


「あんなことがあって、もう無理強いはしたくないんです」


「脳力が上がらなくても構いません。アケンは私にとって唯一の息子、夫が残してくれた唯一の宝物ですから」


「これまでの数年間、アケンの脳力を上げるために私は必死で働き、アケンは必死で勉強しました」


「二人でゆっくり食事をしたことさえありません」


「辛いですが、これ以上アケンにプレッシャーをかけて、逃げ場を失わせたくないんです。あの子には、一生平穏無事に暮らしてほしい」


「お母さん、アケン君には才能があります。今辞めてしまったら、脳力検定の準備が水の泡です」


 ナツ先生はVIP3年コースの生徒を引き留めようと必死だったが、効果は薄かった。


 母親の決意ほど、揺るぎないものはない。


 オフィスの外で、レイアは荷物をまとめているアケンを見つけた。


 彼はすでに荷物をまとめ、仲間たちに別れを告げていた。


「アケン、本当に行っちゃうの?」


 アケンはレイアにとって特別な存在だ。  彼がいたからこそ、レイアは初めて誰かのために必死になれたのだから。  彼こそが、レイアの勇気の原点だった。


 アケンも辛そうだった。  母親の理解は嬉しいが、長年共に学んだ仲間たちとの別れは寂しい。


 二人が迷っていると、聞き慣れた嫌味な声が割って入った。


「あら、新入生が集まらないどころか、在校生まで逃げ出すの? さすがは三流塾ね」


 花柄のワンピースを着たセリーヌが、得意げに歩いてきた。


 レイアは驚いた。  セリーヌはいつも「バカが伝染る」と言って『今日発』には決して足を踏み入れなかったはずだ。  今日はどういう風の吹き回しだろう?


 セリーヌの後ろから、LKがゆっくりと現れた。


 彼はレイアに説明した。


「あいつ、俺をフライング・ブレイン・カップにスカウトしに来たんだ。でも断った。俺はもう別のチームに入ってるってな」


「ほらレイア、ここにサインしろ」


 渡されたのは、フライング・ブレイン・カップの『今日発』チーム参加申込書だった。


 LKは知っているはずだ。  レイアが無脳力者であることを。それなのに……。


「書けよ」


 LKは気にする様子もなく眉を上げた。


「ちょっとLK! まさか、ここの落ちこぼれ達と組む気?」


 自分がコケにされたと悟ったセリーヌは、怒りで震え出した。


「『今日発』で5人のメンバーなんて集まるわけないじゃない!」


「人数不足で出場できなかったら、絶対に『常勝』チームに来てもらうからね。約束よ!」


 LKは聞く耳を持たず、通りかかった少年を捕まえた。


「おいパン、サインしろ。じゃなきゃ親に授業中ゲームしてることをバラすぞ」


「ええっ!? 脅迫かよ!」


 パン君は叫んだが、LKの威圧感に負けて大人しくペンを取った。


「何これ? うわっ、フライング・ブレイン・カップ!?」


 しかし、LKが集められたのはそこまでだった。


 周りの塾生たちは皆、下を向いてしまった。  自分の脳力の低さを自覚している彼らにとって、大会出場など夢のまた夢だ。


 だから毎年、『今日発』はメンバー不足で不参加だったのだ。


「やっぱりね。烏合の衆だわ」


 セリーヌが嘲笑った。 「『今日発』なんて所詮、負け犬の集まりよ」


「言い過ぎだぞ!」


 アケンが前に出た。  病み上がりで顔色は悪いが、その目は燃えている。


 彼は自分が昏睡している間にレイアたちがどれほど危険な冒険をしたか知らない。  しかし、母から聞いたのだ。  みんなが自分を諦めずに待っていてくれたことを。  自分の席がそのまま残されていたことを。


 誰もが、彼の回復と帰還を待っていてくれたのだ。


「僕も出る!」


 アケンは大声で宣言した。


 オフィスから出てきたアケンの母親は、息子のそんな強い表情を初めて見た気がした。  勉強以外に、彼がこれほど執着するものがあるなんて。


「でもアケン、もう無理しなくていいって話したじゃない。ママと一緒に晩御飯を食べたり、週末に出かけたり……」


「ううん、ママ。僕は残るよ」


 アケンは母親の言葉を遮った。  彼の顔に浮かんだ輝きが、病的な蒼白さを覆い隠した。


「塾は勉強するだけの場所じゃないんだ。今回は、みんなと一緒に戦いたい!」


「ふ、ふん。何よ、意気込んじゃって。あと一人足りないじゃない」


 セリーヌは少し気圧されながらも、顎を上げて強がった。  勝利を確信しているふりをした。


「残念ね、もう誰もいないわよ」


 その時、入り口の方が騒がしくなった。


 ジャージ姿の少年が、厳粛な表情の黒服SPたちを引き連れて立っていた。


 レイアがあげた野球帽を被り、黒縁メガネをかけている。  SPがいなければ、どこにでもいる普通の男子学生に見えるだろう。


「入塾を希望します。……それと、もし大会のメンバーが足りないなら、僕も参加させてくれませんか?」


 周囲の人々は彼が王子だとは気づかず、どこかの金持ちのぼっちゃんが道楽で来たのだと思った。


 ナツ先生は呆然としているセリーヌを突き飛ばし、野次馬をかき分けて少年の前に躍り出た。  両手を揉みながら、興奮を隠せない様子だ。


「おお! 参加するかどうかは後だ。まずは入会金の話をしよう!」


「『今日発』へようこそ! 君のような特別な生徒には、カリスマ講師によるマンツーマン指導がついた年間VIPコースがおすすめだ」


「今なら2年分一括払いで500コイン割引!」


 ナツ先生が電卓を叩いて提示した金額を見て、レイアは目を剥いた。  クラス全員分の月謝より高い。  完全にカモにする気だ。


「ロ……ロイ、本気なの?」


 レイアは小声で聞いた。


「あの人たちはどうするの?」


 後ろに扇状に控える屈強なSPの集団を指差す。  彼ら全員分の月謝を払ったら、王室の財政が破綻してしまう。


 大柄で強面の護衛隊長カイは、気まずそうにモジモジしていたが、意を決して尋ねた。


「あの、こちらでは……講師の募集はしていますか?」


 ナツ先生の細い目が、計算高く光った。


「いやぁ、『今日発』は老舗ですからねぇ」


「優秀な講師が余っていて困っているんですよ」


 (嘘つけ! 今朝、講師が全員逃げ出したばかりじゃないか!)


 LKとレイアは心の中で突っ込んだ。


 ナツ先生は言った。


「ですので、給料の出る講師は募集していませんが……ボランティア(無給)なら歓迎しますよ? 本当に来ますか?」


「……はい。結構です。ボランティア、大好きです」


 カイは顔を引きつらせながら、歯を食いしばって答えた。

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