第15話 潜入! ストーム・テック
ストーム・テック社は国内トップの脳波デバイスおよびゲーム開発会社だ。
最近、『オリジナル・ファンタジア』のフルダイブ型ヘッドセットの特別版を発売し、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
ファンへの感謝を込めて、会社は一日限定の一般公開イベントを開催し、核心となる技術を展示するという。
「ゲーム内で申し込めば、誰でも参加できる」
レイアは猫耳をつけて怪盗キャットウーマンに扮し、リュックには万が一のために本物の黒猫(LKの依代)を詰め込んだ。
LKはゲーム内の「狩人(ハンター)」の衣装だ。
鹿革の手袋と弓矢は、パン君からの提供品である。
二人はセキュリティチェックを通過し、「見学者パス」を手に入れた。
これで今日一日、ストーム・テック社の見学者通路に入ることができる。
ビーッ! ビーッ!
後ろで警報が鳴った。 ウサギ耳の少女が持っていた脳波遮断機が没収されている。
「サーバーへの干渉を防ぐため、電磁波を発する機器の持ち込みは禁止です」
危なかった。 ナツ先生の助言で、『魂の救出くん』をポテトチップスのアルミ袋の中に隠しておいて正解だった。
スパイ映画さながらの緊張感だ。
白い巨塔の内部に入ると、周囲の人々は一斉に目を回し始めた。
ストーム・テック社からの脳波放送を受信したのだ。
最先端技術を駆使したクールな映像が脳内に溢れ、彼らは仮想空間にいるかのような体験をしているのだろう。
反応がないのはレイアだけだ。 無脳力者である彼女には、何も見えないし、何も聞こえない。
しかしすぐに、彼女もこの巨大な建造物に展示されている脳波コントロール製品に目を奪われた。
展示ホールには、「人車一体」を実現した全脳波コントロール車や、脳波で描かれたポストモダンな油絵が空中に浮かんでいる。
その中の一枚は、亡くなった巨匠――アケンの父親の作品だった。
脳波ドローンが飲み物や軽食を乗せたトレイを運んで飛び回っている。
最も注目を集めていたのは、人間の脳波を搭載したロボットだ。
ゲーム分野だけでなく、ストーム・テック社は障害者向けの脳波義肢デバイスの最大手でもある。
彼らの製品のおかげで、多くの身体障害者が健常者と同じ生活を送れるようになった。
脳波搭載ロボットはまだ研究段階だが、量産されれば、全身麻痺の患者にとって「第二の自由な体」となるだろう。
もっとも、その鋼鉄の骨格は、見た目が少々無骨すぎたが。
大ホールの反対側から、黒いスーツのSPたちが一列に並んで入ってきた。 彼らは厳戒態勢で、周囲を威圧している。
この物々しい雰囲気、どこかで見たことがある……。
SPの集団の中に、レイアは見知った顔を見つけた。
以前の二回の遭遇とは違い、少年王子は正装していた。
暗赤色のダブルのロングコートには精緻な銀糸の刺繍が施され、シルクの菱形模様のカマーバンドが、少年の細身の体をよりスラリと見せている。
金色のサッシュの最上部には、王室の象徴である光の女神の勲章が輝いていた。
黒髪は一糸乱れず撫で付けられ、視線は真っ直ぐ前を見据えている。
高貴で、近寄りがたいオーラを全身から放っていた。
レイアは遠くから彼を眺め、自分とは住む世界が違うのだと改めて感じた。 泥と雲ほどの差だ。
その時、王子の傍らにいた護衛隊長カイも彼女に気づいたようだ。
端正な眉をわずかに上げ、王子に何かを耳打ちした。
王子が振り返って探そうとした時には、レイアはすでにLKの手を引いて人混みに消えていた。
二人が見学ルートを進んでいると、またしても知った顔に遭遇した。
「あら、レイアじゃない。あんた、本当にここに来る資格あるの?」
セリーヌだ。 彼女は呆れたような、それでいて軽蔑したような目でレイアを見た。
「『最初(オリジナル)・ファンタジア』なんて高尚なゲーム、あんたには無理でしょ」
16年間、現実世界で兄の風也から英才教育(という名の罵倒)を受けてきたレイアにとって、セリーヌの嫌味など蚊に刺された程度にも感じない。
彼女は得意の「スルー・スキル」を発動し、無言でやり過ごそうとした。
いつもなら、セリーヌはさらに言葉を重ねて罵倒してくるところだが、今日はレイアの隣にLKがいた。
「セリーヌお嬢様も、一般開放デーに参加ですか?」
LKが笑顔で話題を変えた。
LKに話しかけられた途端、セリーヌの刺々しい態度は霧散し、代わりに得意げな表情が浮かんだ。
「私は一般申し込みなんかじゃないわよ。招待されたの」
彼女はブランド物のバッグから、金色のカードを取り出して見せびらかした。
「見て、VIPカードよ。私の名前がレーザー刻印されてるの。これがあれば全フロア通行可能だし、その気になれば社長室だって入れちゃうんだから!」
「へえ、すごいな。ちょっと見せてくれない?」
LKが興味津々といった様子で身を乗り出した。
なんてプライドのない男だ、とレイアは呆れた。 男の子ってやつは、レアアイテムを前にするとすぐにしっぽを振るんだから。
セリーヌは標準的な“課金プレイヤー”だ。
レベルも装備も金で買い、NPCでさえ金で雇う。 「湯水のごとく金を使うランキング」があれば、間違いなく上位ランカーだろう。
LKは金色のカードを手に取り、ホログラムで浮かび上がる詳細情報をじっくりと観察していた。 セリーヌの自慢話など、右から左へ聞き流しているようだ。
「ねえLK、来月の『フライング・ブレイン・カップ』、参加するでしょ?」
「私たちのチーム、一人欠員が出ちゃって。LKが入ってくれたら優勝間違いなしなんだけど!」
フライング・ブレイン・カップ……脳力を使ってドローンを操作する競技大会だ。
そんなものに全く興味のないレイアは、静かにその場を離れようとした。
彼女はガイドに従い、開発ラボの見学エリアへと進んだ。
「ここでは、脳波を現実に具現化する研究を行っています」
ガイドの説明と共に、ガラスの向こうで実験が行われていた。
被験者が装着したヘルメットから、突如として炎が噴き出したのだ。 見学者たちが悲鳴を上げて後退る。
「ご安心ください。これは脳波が増幅され、ホログラムとして投影されたものです」
「いつか、思った通りのものを現実に作り出せる日が来るでしょう」
レイアは背筋が寒くなった。
脳力ですでに階級社会ができているのに、思考が物理的な力を持ったらどうなる? 弱者はさらに踏みつけられるだけじゃないか。 彼女は、セリーヌに踏みにじられる自分の惨状を想像してしまった。
「次に、我が社が誇る電磁発電機をご紹介します」
「この発電機はビル全体の電力を供給するだけでなく、『オリジナル・ファンタジア』の千万人の同時接続サーバーを保障しています」
「一度稼働すれば、永久に止まることはありません」
レイアは好奇心にかられて近づいた。
こんな発明、SF小説の中でしか見たことがない。
『レイア、こっちだ』
耳元の受信機からLKの声がした。
振り返ると、LKはいつの間にかセリーヌを撒いたらしく、非常口の陰から手招きしていた。
二人は人目を盗んで列を離れた。 LKは手にしたカードでロックを解除し、レイアを連れて非常階段へと滑り込んだ。
「地下へ行くぞ」
華やかな展示ホールとは異なり、地下エリアは薄暗く、冷たい空気が漂っていた。
ガラス壁の向こうには、巨大なサーバー群が鎮座している。 整然と並ぶ黒い直方体は、まるで冷徹な機械の森のようだ。
赤と緑のLEDが明滅し、暗闇に潜む野獣の目のように光っている。 隠された獣たちが囁き合い、蠢き、低い唸り声を上げて、壁の外の一挙手一投足を監視しているようだ。
LKは入り口を見つけ、カードキーをかざした。 ピッ、という電子音と共に、重厚な扉が開く。
「入れるの? ここは見学ルートじゃないよ」
レイアが不安そうに聞く。
少年は指先で金色のカードをくるりと回してみせた。
「こいつのおかげさ」
「それ、セリーヌのVIPカードじゃない! 何したの?」
「誤解するなよ。彼女がくれたんだ」
「交換条件として、フライング・ブレイン・カップに出場してやるって約束した」
「『常勝』チームに入る気?!」
あんな高飛車な連中とチームを組むなんて、LKの正気を疑う。
「出場するとは言ったが、どのチームとは言ってない」
LKは悪戯っぽく笑った。
確かにどの補習塾でもチームを組んで参加できる。 だが、『今日発』の生徒の平均脳力はレベル2だ。 チーム戦では必敗……というか、そもそも5人のメンバーすら集まらないかもしれない。
入塾試験のある『常勝』に比べれば、誰でもウェルカムな『今日発』は、まるで幼稚園みたいなものだ。
「細かいことは後だ。まずはアケンの場所を特定して、電源を切る」
「ダメなら物理的に破壊する」
LKが拳を握りしめる。
「暴力反対」 レイアは突っ込んだ。 LKのその細腕で何が壊せるというのか。
誰かがこちらへ近づいてくる足音がした。 LKは扉を開け、レイアを中へと押し込んだ。
「急げ。俺が誰かを引きつけておく。上手くやれよ」
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