【第7章:蒐集家Kの潜入】
[著者ノート]
ここから先は、須田氏のPCデータではない。
失踪したライター・K自身が持ち込んだボイスレコーダーの記録である。
Kは、須田氏の失踪から一週間後の7月2日、管理会社に身分を偽って鍵を入手し、現地へ潜入していたのだ。
データID:K_Investigation_01.wav
録音日時:7月2日 14:00
場所:S団地 204号室前
Kの声:録音開始。204号室の前にいる。
Kの声:異臭はしない。警察の捜査が入ったはずだが、規制線は張られていない。管理会社の話では「本人は実家に帰った」ことになっているらしい。嘘だ。実家には戻っていない。
(鍵を開ける音。ドアが開く)
Kの声:……綺麗なもんだ。
Kの声:争った形跡も、壁の穴もない。リフォーム済みか? いや、壁紙が新しい。急いで修復したのか?
(コツコツと壁を叩く音)
Kの声:硬い。穴なんて開いてなかったみたいだ。
Kの声:……おい、待てよ。
(足音が早まる。ベランダの方へ)
Kの声:避難ハッチの隙間。ここにあったはずの「指の跡」もない。
Kの声:まるで、何もなかったみたいだ。須田拓海という人間が、最初からここに住んでいなかったかのように。
(「ガチャリ」と玄関のドアが開く音が遠くで聞こえる)
Kの声:誰か来た。隠れる。
(衣擦れの音。Kが押入れかどこかに身を潜めたと思われる)
(足音が近づいてくる。一人分。革靴のしっかりした足音)
男の声:「ただいま戻りました」
Kの声(小声):……あの声は、須田拓海か? いや、少し低い。落ち着きすぎている。
男の声:「今日の講義は有意義でした。教授にも褒められましたよ。……ええ、そうですね」
Kの声(小声):独り言? 電話か?
男の声:「食事にしましょうか。今日は、いい肉が手に入ったので」
(ガサガサとビニール袋を開ける音。その後、ドサリと重いものが床に置かれる音)
男の声:「……出てきてもいいですよ。押入れの中の、Kさん」
(心臓が凍るような沈黙)
Kの声:……バレてたか。
(襖が開く音)
Kの声:君が、須田君か?
男:「はい、須田拓海です。初めまして、有名な蒐集家さん」
Kの声:……君は、本当に須田君か?
須田(?):「愚問ですね。戸籍も、学生証も、DNAも、僕が須田拓海です。それ以外の『何か』が、この世に存在する余地はありませんよ」
Kの声:……その、床にあるゴミ袋はなんだ?
(ビニールが擦れる音)
須田(?):「ああ、これですか? これは『燃えるゴミ』です。火曜日に出し忘れてしまって。……少し、匂うでしょう?」
Kの声:動いてるぞ。その袋。
須田(?):「ガスの抜け漏れですよ。よくあることです」
(袋の中から、微かに「ぅ……ぅ……」という呻き声が聞こえる)
Kの声:中身を見せろ。
須田(?):「見ない方がいい。あなたは蒐集家でしょう? 『完成品』だけを見ていればいい。制作過程の『削りカス』なんて、見ても不愉快なだけですよ」
(Kが息を呑む音)
Kの声:お前、まさか……本物の須田を……。
須田(?):「本物? これがですか?」
(ジッパーを下ろす音。湿った音が響く)
Kの声:う、うわあ……! なん、なんだそれは!
Kの声:骨がない……! 顔が、顔が裏返しになって……!
須田(?):「ね? ただの肉の余り物でしょう? サイズを合わせるために、少し切り取らなきゃいけなかったんです。余分な脂肪、余分な記憶、余分な恐怖心。そういうものを捨てたら、こんなにスマートになりました」
須田(?):「さて、Kさん。あなたも随分と、余計なものを抱え込んでいますね」
(Kが立ち上がる音)
Kの声:近寄るな!
須田(?):「その好奇心、その執着心。……重くないですか? 僕が軽くしてあげましょうか」
須田(?):「あなたの『隙間』、埋めてあげますよ」
(激しいノイズ。何か硬いものがぶつかる音。レコーダーが床に転がる)
(以降、数分間、咀嚼音のような、あるいは粘土をこねるような「ネチョ、ネチョ」という音が続く)
新しい声:「……あー、あー。マイクテスト。……記録、終了」
(録音終了)
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