ダチュラの恋
フルーツロールx
PROLOGUE
PROLOGUE1・女装男(ルシアン)と女(クロエ)
〝ダチュラ〟と言う花を知っているだろうか?
トランペットのような形をした、美しく可愛らしい見た目をした魅力的な花だ。
花言葉は〝偽りの魅力〟。 魅力的な花姿には似合わず、毒性がある事や、鋭いトゲを持っている事に由来してその花言葉がつけられた。
そう、それは偽りの魅力。 偽った魅力。 きっと、望まれたような花ではない――……
――――――――
――――
(キミには言えはしないけど、この姿は偽りなんだ。 本当の私は――……いや、本当のオレは、男なのだから)
(アナタには言えはしないけど、この姿は偽りなの。 本当のオレは――……いや、本当の私は、女なのだから)
――――
――――――――
そう彼も彼女も、時に偽りの魅力で自分を隠した者同士であった。
この物語は、男女が互いにダチュラの花言葉のような事をしたが為に空回りする、ややこしい恋の物語である――。
◇+◆+◇+◆+◇+◆+◇+◆+◇+◆+◇
ある晴れた日の昼下がりのこと、石畳の通り沿いに佇む英国のあるカフェのオープンテラス席に、その男はいた。 人工皮膚技術と特殊メイク技術を駆使した特殊なマスクを付け、完全に顔立ちも変え、視覚的な性別も変え、隠してつけた小型マイクで声も変え、コンタクトで瞳の色も変え、視覚的にまったくの別人、別の性別である人間へと変装した男であった。 それは最早、女装と言ったレベルではない。 それは完全なる変装であったのだ。
実際の彼がどんな容姿の男であるのかは、また別の機会に紹介するとして、今は彼の変装状態である女のとしての容姿を説明しよう。 ブロンド髪のゆる巻きミディアムヘア、ヘーゼル色の瞳をした、20代半ばの女の変装状態である。 ちなみに実際の彼の年齢も20代半ばだ。
薄手の羽織りにロングスカート姿であったので、手足の露出もないのだが、手などにも若干の特殊メイク等を施して、男性特有の骨っぽさや筋も目立たなくしていた。 首も同じように特殊メイク等を施して、筋や喉仏を目立たなくしていたけれど、首をわざわざ見せる事もないので、ストールを巻いたファッションにして、首も隠してある。
彼は元から細身な童顔であり、変装の為に施している細工のクオリティも高かった為、違和感もなく、変装した姿はスッとした長身のモデル体型な女性のようになっていた。
そんな彼の名前は、【
――さて、ルシアンは何故、女性のふりをしているのか? それは彼が今、ある任務の遂行を目指しているスパイ活動中の者であったからだ。
――ではその任務とは、何であるのだろうか? 今回は簡潔に事情と任務内容を説明しよう。
国から奪われた機密文書を取り返す為に、機密文書を奪った組織からそれを取り返すこと・それこそが彼に与えられた任務であった。 そして、奪った機密文書を所持しているある男の情報を得た彼は、男の警戒心を解く為に女性へと変装し接触を試みているのだ。 つまりこれは、女装した男が仕掛けようとしている、ちょっとしたハニートラップであったのだ――。
――ルシアンはカフェのオープンテラス席で1人、ミルクティーとホットサンドで昼食を取りつつ、この場で標的を探していた。 奪った機密文書を管理していると噂である、その男を探しているのだ。 ここはその男の行き付けの場所であると、その情報を得ていたからだ。
その男は週に2、3回程、13時前後~14時前後にここへと来ていると言う噂だ。 ここのカフェのオープンテラス席が、奴のお気に入りなのだとか――。
その情報を得たルシアンが同じ時間を狙い女装でこのカフェへと通い始めて、今日が3日目であった。
今のところ全て空振りだが、空振りが続こうとも、粘り強くこのカフェを見張るつもりだった。 そう相手は奪った機密文書の管理者だと噂の者なのだから。 ここで接触出来れば、任務遂行の為の良い近道だろう。
ルシアンはそっと、女物のバックの中で手帳を開くと、そこに挟まった標的である男の写真を再度確認した。 30代程の細身のブラウンのスパイラルパーマ、ルシアンに負けず劣らず、童顔な男であった。
写真の確認を終え、ミルクティーに口をつけながら標的を探すが、やはり標的は見当たらない――……
(今日も空振りか?)
ルシアンは本日もカフェでの空振りを覚悟した。
ミルクティーを飲みながら読書をしていると見せ掛けて、12時から13:30分まで時間を潰した。 その後はホットサンドを頼み、女性らしくゆっくりと昼食を取った。 そうして時刻はもう、14:00時を過ぎようとしている。
昼食を取り終えたルシアンは、再び読書をしているふりをしようと思い、本を開いた。
するとその時、ルシアンの近くの席に、20代半ば程の女性が座ってきた。
艶やな内巻き、キャラメルブロンドカラーのロングヘア。 ふっくらと柔らかそうな、チェリーレッドのグロスを塗った唇に、長いまつ毛。 ペリドットのように美しい、透き通るような黄緑色の瞳に、凛とした眼差し――
ペリドットの瞳をした彼女が一瞬振り返って、その凛とした眼差しで、ルシアンを見る――
挨拶がてらに微笑み合う最中、ルシアンは思わず彼女に見惚れた。
(良い女……)
一目で“良い女”だと反射で認識した後に、後付けで“良い女だと感じた理由”を意識的に考えた。 反射で良い女だと思ったのは当然、彼女が美しい容姿をしていたからであったのだが、意識して他の理由も考えたのだ。
例えば、“目が透き通るように綺麗に見えるので、心が綺麗なのだろう”だとか、“眼差しが凛として見えるので、自分を持ち自立した人なのだろう”だとか、そのような事だ。
けれどそれらは、“良い女”だと感じた事に対する言い訳なのだ。 言い訳を思考した理由は、見惚れた事を不本意に感じていたからだろう――……
ルシアンは本などさっさと閉じて、頬杖を突くと、気にするようにチラチラと、彼女のことを見始める。
彼女は先程の一瞬、彼を見ただけだ。 だが彼からしたならそれは、“見られた”などと言うありふれた言葉と現象だけでは、説明がつかない大変な事態であった。 ――彼は見られた訳ではない。 彼はその一瞬に、そのペリドットの眼差しに、射貫かれてしまったようだった。
もう言い訳は止めにして、ストレートに言おう。 単純に、彼女は彼のドストライク。 つまりドタイプだったのだ。
彼女は彼のことを、一目で本能的に刺激し、大真面目に任務中であった人間の男から、ただの男へと還してしまった。
ルシアンからしたら、少々不本意な事態ではあった。 だが“不本意だな”と感じながらも、任務と無関係な想像が、止まらなくなっていく――。
すぐに彼の頭の中から、“不本意な感情”など消え去っていったのだった。
――彼の頭の中には今、派手な格好に身を包んだ夜の女たちの顔が、順々に浮かんできては、消えていっていた。 毎回先輩に付き合わされて夜の店に行こうとも、深く印象にも残らず、別に好みな訳でもなかった、数々の女たちの顔を――。
(……今まで、好みの女になど出会えた試しなどなかったと言うのに、まさかこんな場所で、ドタイプな女に会えるとは。 これは――……)
しっかりと目を開き、ペリドットの彼女をその目に焼き付けながら、ルシアンはその腕を、ズボッとバックへと突っ込んだ。 そして躊躇いなく――
――グシャッ!!
標的の写真を握り潰す――。
(〝千載一遇のチャンス!〞)
彼はにやけた口元を一度隠すと、任務そっちのけで、女の口説き方を考え始めたのだった。 順調にダメ人間への道を歩み始めたと言ったところか、奪われた物は機密文書だと言っているのに、この様である。 さておき、容姿にはそこそこ自信があったのか、恋には攻めの姿勢で物事を考えているらしい。
(――けれど待て、軽いナンパのように感じられたなら、印象が悪い。 ここは敢えて、慣れていない雰囲気を醸し出しながら、“普段はこういう事はしないんですけど、アナタのことが好み過ぎて、声をかけないと、ずっと後悔するかなと思い”……みたいな感じで行った方が良いか? 正直、オレのような好青年が慣れていないフリをしながら声をかけたなら、女だって前向きに考えてくれると思うんだ。)
やはり彼は、そこそこ容姿には自信があったそうなのだ。 本音では自分のことを、好青年だと思っているらしい。 自称好青年だ。
――作戦は決まった。 〝普段はナンパ師などではないんだよ感を醸し出しながら、丁寧にナンパをする〟。
――作戦決行だ。 大真面目な雰囲気を醸し出し、緊張感のある誠実な瞳へと切り替えると、ルシアンはそっと、席から立ち上がった。
一目惚れしたペリドットの瞳の彼女へと真摯な眼差しを向け、落ち着いた声色で、話しかける――
「あの、すみません」
その第一声を彼女へとかけた時、自らの声を聞き、ルシアンはヒュッと血の気が引くのを感じた。 己の喉から出たのは、女の声だ。
ハッとして、一気にルシアンの目が泳ぎ始めた――……
(今のオレが女である事を、忘れていたっ……)
喉仏を隠した特殊メイクの下に入れ込んだ特殊な小型マイクの働きによって、声まで女の声に変わっている程の、物凄くクオリティの高い女装状態である。
作戦が狂ったルシアンは、彼女の横顔に向かって声をかけたまま固まり、目を白黒とさせている。
声をかけてきた女装男の複雑な事情など知らない彼女は振り向き、その美しい眼差しを女装男へと向けた。
彼女の瞳に映ったのは、自分と同じ歳ほどに見える、ブロンド髪のモデルのように綺麗な女性であった。 本当は女装男なのだが、彼女は視覚的に女装男を当たり前のように〝女性である〟と認識した。
「はい。 何ですか?」
第一声をかけてきた切り、そこで立ち尽くしているブロンドの
〝今女だった〞事が計算から抜け落ちていたルシアンは、酷く混乱していた。
(もう声をかけてしまった。 何て言ったら良いのだろう?
女のままナンパしたのなら、ナンパ成功率以前の問題に、彼女が同性愛者である可能性に懸けなくてはいけなくなる。 ――だがそれでもしも成功したとて、本当のオレは男だ。 ここでのナンパが成功しようとも、それは結果的に彼女にフラれると言う意味だ。不毛ではないか――。
ならば今『実はオレ、男で』と、性別をバラせば良いか? そう言ったなら、きっと彼女は驚いて、何かしら聞き返してくるだろう。 その後にアイフォンで、オレの男としての写真でも見せてみるか? お! これ、会話になるな。 ナンパ成功率、上がるかも。 あ、けど待て、女装趣味がある人って思われるのは、ちょっと嫌かもしれない……。 だが、任務の件をバラす訳にも、いかないしな……)
結局ルシアンは、酷く混乱したままだった。 だがさておき、話しかけたからには、彼女に何かを言わなくてはいけない――
(女のまま話しかけてしまうなんて、なんて失態だ。 恥ずかしい――……)
「あのさぁ、『何ですか?』じゃなくて、あの、わ、分からねーの?――……つまりアナタが……」
「……」
失態を恥じらったルシアンは、思わず無愛想に、言い捨てる――
「つまりアナタが、綺麗だったから――!」
「っ?!」
「「……――」」
ペリドットの彼女は、一瞬小さく肩を揺らすと、ハッと片手で口を押さえた。 心なしか、顔色を悪くしたようだった。 彼女は今動揺し、恐怖していた。
(綺麗な女の人が、『アナタが綺麗だから』と無愛想に言い捨てて、すごい目力で眺めてくる……。 に、睨まれている? ――その言葉とその目は、私への好意か敵意か――……。 おそらく、敵意だろう。 おそらく彼女は歳の近い私に、言いたいのだろう。 “この空間にいる美しい女は、私1人で充分なのよ。 だからアンタは、どこかに行け”と。 そう大方、そのような敵意の言葉と眼差しなのだろう。 間違いない。 女同士の張り合いなど、そんなものだ。)
“争って目立つ訳にはいかない”と思った彼女は、先程買ってきたばかりの紅茶とスコーン、ジャムが乗ったトレーを両手で持つと、サッと立ち上がる。 そしてペコッと、ルシアンへと頭を下げた。
「違う場所に行きますので」
「えっ?!」
ペリドットの彼女は好戦的に見えた女に張り合う事もせず、さっさと席を変える事にしたらしい。
ペリドットの彼女の背中はこのテラス席を去り、カフェの店内へと消えて行ったのだった。
ルシアンは名残惜しそうに、彼女の背中を眺めていた。
(……。 キミには言えはしないけど、この姿は偽りなんだ。 本当の私は――……いや、本当のオレは、男なのだから! ……)
本来の実力を出しきれなかった事を大いに悔いながら、ルシアンは渋々と席へと戻ったのだった。
死んだ魚のような目をしながら、ルシアンはミルクティーを飲んでいる。 だがどうやら、懲りていないらしく――……
(今度は男のまま、このカフェへと来よう――)
そう、ルシアンは誓ったのだった。
――一方その頃、ペリドットの彼女はカフェの店内席へと座り直した頃であった。
先程は感じの悪い
このカフェは彼女のお気に入りの場所であった。 本日は感じの悪い女に店内へと追いやられてしまったが、特にオープンテラス席がお気に入りであった。
週に4、5日程のペース、だいたい13時前後~14時前後に彼女はこのカフェへと来るのだ。 そのうちの2、3回程は、ブラウン髪のスパイラルパーマの男装で訪れたりしている。 それはもう、先程誰かさんが握り潰した、標的の写真に写った男のような容姿である。
彼女は何故、定期的に男装をしているのか? それは彼女が、とある組織の中で暗躍する者であるからであった。 そう、1人で数人の人間を演じている方が、何かと敵の目を欺く事が出来るからだ。 ちなみに彼女も誰かさんと同じように、変装のクオリティは申し分ない。
――さておき、彼女の名前は【
――つまりこの日ルシアンは、標的と会っていたのである。 ルシアンは知る由もなかったのだが、ルシアンが探していた標的、あの写真に写ったブラウン髪のスパイラルパーマの男は、クロエの男としての変装写真であったのだから。
そしてクロエもまた、例の機密文書を狙う者と接触していたのである。 彼女から言わせたなら、間一髪であったのだろう。 間一髪であった事にすら、今回のクロエは気が付いていなかったけれど。 そう、カフェで話しかけてきたあの感じの悪い女こそ、機密文書を取り返そうとして張り込みをしていた男であったのだから――。
――さておきこうしてルシアンが、ややこしい恋へと堕ちたのだった。
◇+◆+◇+◆+◇+◆+◇+◆+◇+◆+◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます