ちょっとキスは……!!

 翌日の朝。


 私は、いつも通り教室に向かいながら、昨日のことを思い出す。


 凛さんの「大好き」。


 手を繋いだこと。


 あの、真剣な目。


 なんだったんだろう、あれ。お礼にしては、ちょっと重すぎる気がするんだけど。


 でも、凛さんは真剣だった。あの目は、嘘をついてるようには見えなかった。


 困ったなー。どうしよう。


「おはよー唯!」


 教室に入ると、明るい声が聞こえた。


 声のほうに振り返ると、茶髪のショートカットの女の子が手を振っていた。


 一条胡桃いちじょうくるみ。私の数少ない友達の一人だ。


「おはよう、胡桃」


「ねえねえ、聞いたよ! 昨日、月影さんと一緒にいたんだって?」


 胡桃が、目をキラキラさせながら聞いてくる。そういえば胡桃、昨日風邪かなんかで休んでたんだっけ。


「あ、うん……まあ」


「すごいじゃん! あの月影凛だよ? 氷の女王って呼ばれてる!」


「いや、別にすごくないよ。ちょっと、お礼されただけだから」


「お礼? 何したの?」


「えっと……ちょっと、助けただけ」


「助けた? 何を?」


 胡桃が、身を乗り出してくる。


 でもあのことは、言えないよね。凛さんのプライバシーだし。


「いや、その……ちょっとしたことだよ」


「ふーん? でも、月影さんと仲良くなれるなんてすごいね」


「仲良く……なのかな」


「え? 違うの?」


「いや、その……」


 私は、言葉に詰まった。


 仲良く、なのかな。


 でも、凛さんの距離感、近すぎない? 手を繋いだり、「大好き」って言ったり。


 あれって、普通の友達のすることなのかな。


「唯? どうしたの?」


「あ、ごめん。ちょっと、考え事してた」


「もしかして、月影さん?」


「え?」


「やっぱり! なんか唯赤いよ?」


「赤くない!」


 私は、慌てて顔を手で覆うと、胡桃がここぞとばかりにクスクス笑う。


「ねえ、唯。もしかして、月影さんのこと好きになったの?」


「え? いや、そういうんじゃ……」


「まあ多いしねー」


 そう、実は氷の女王のことが好きという人は、男子ばかりではなく女子ファンもかなり多いのだ。


「違うよ!」


「じゃあ、どういうの?」


「その……よくわかんない」


「よくわかんないって?」


 胡桃が、首を傾げる。私は、少し考えてから口を開いた。


「あのね、胡桃。もし、ちょっと助けただけなのに、すごく距離近づけてくる人がいたら、どう思う?」


「距離近づけてくる?」


「うん。手を繋いだり、『大好き』って言ったり」


「え、いやそれって……告白じゃない?」


「いや、そういうんじゃなくて……お礼、らしいんだけど」


「お礼で『大好き』って言う?」


 胡桃が、目を丸くする。


 まあ、普通は言わないよね。


「それ、絶対好きだよ。恋愛の意味で」


「えぇ……」


「だって、普通お礼で手繋いだりしないでしょ」


「そう……だよね」


 私は、ため息をつく。


 やっぱり、普通じゃないんだ。


「で、唯はどう思ってるの?」


「え?」


「月影さんのこと。嫌なの?」


「え、いや。月影さんのことじゃないけどね?」


「ふーん? ま、頑張って! 応援してるから!」


 胡桃が、ポンと私の肩を叩いて自分の席に戻っていった。私は、一人残されて、考える。


 ちゃんと、凛さんと話さないとだな。


 

 お昼休み。


 私は、いつものように屋上に向かった。


 凛さんが、待ってるはずだ。


 屋上のドアを開けると、案の定、凛さんが立っていた。


「七瀬さん」


 凛さんが、嬉しそうに微笑む。


「あ、凛さん。おはよう……じゃなくて、こんにちは」


「こんにちは」


 凛さんが、私の手を取る。


 そして、ベンチに座るように促す。


「今日も、お弁当作ってきたよ」


「ありがと、私も作ってきた」


「じゃあ、交換しよ……」


「うん」


 私たちは、並んでお弁当を開けた。今日も凛さんのお弁当は彩り豊かで、美味しそう。


「いただきます」


 私たちは、お弁当を食べ始めた。


 静かな時間。


 でも、少し気まずい。


 昨日のことが、頭から離れない。


「ねえ、七瀬さん」


「ん?」


「今日、誰と話してたの?」


 凛さんがお弁当から視線をずらさないまま、突然に聞いてきた。


「え?」


「朝、教室で。茶髪の子と」


「あ、胡桃? 友達だよ」


「友達……」


 凛さんの声が、少し暗くなる。


「仲、いいの?」


「まあ、そうかな。数少ない友達の一人だし」


「そう」


 凛さんが、お弁当を見つめる。


 なんか、機嫌悪い?


「あの、凛さん?」


「何?」


「怒ってる?」


「……怒ってない」


 でも、明らかに機嫌が悪いような。


「あの……胡桃と話してたのが、ダメだった?」


「……別に」


「でも、機嫌悪いような気がするんだけど……」


「悪くない」


 凛さんが、ぷいっと顔を背ける。


 あ、これ完全に拗ねてる。


「ねえ、凛さん」


「何?」


「もしかして、なんだけど……嫉妬してる?」


 その言葉に、凛さんの肩がピクッと動いた。


「……してない」


「してるでしょ」


「してない」


「じゃあ、なんで機嫌悪いの?」


 凛さんが、黙る。そして、少ししてから口を開いた。


「七瀬さんが、他の子と楽しそうに話してるの、見たくない」


「え?」


「私以外の子と、仲良くしないでほしい」


 凛さんの声が、小さくなる。


「わがまま、だよね。でも……」


「凛さん……」


「七瀬さんは、私のヒーローなの。だから、私だけを見ててほしい」


 凛さんが、私の方を向く。その目は少し潤んでいる。


 へ?


「他の子と仲良くしてるの見ると、胸が苦しくなる」


「それって……」


「独占したい。七瀬さんを、私だけのものにしたい」


 凛さんが、私の手を握る。


「ダメ?」


 その目は、真剣だった。だからか、私は何も言えなかった。


 だって、凛さんの目が、あまりにも真剣で。


 そして、寂しそうだった。


「凛さん……」


「お願い。私だけを、見て」


 凛さんが、私に近づいてくる。


 顔が、近い。


「え! ちょ、凛さん?」


「七瀬さん……」


 凛さんの手が、私の肩を押す。


「え?」


 気づいたら、私はベンチに押し倒されていた。


 凛さんが、私の上に覆いかぶさっている。


「り、凛さん……?」


「ごめん……我慢できない」


 凛さんの顔が、さらに近づく。黒髪が、私の顔にかかり、凛さんが耳に髪をかけた。


 凛さんの吐息が、耳にかかる。


「他の子と話してるの、見たくない……」


「い、いや、でも……」


「七瀬さんは、私のもの」


 耳元で小さく呟かれた。屋上の静けさが、その声をより強調させる。


 そして顔を少し話して、凛さんが私をじっとみて、ゆっくりと手を顔に伸ばし、私の頬に触れた。


 なに、これ。脳がパンクしちゃいそうだ。


「ね、凛さん……」


「私だけを、見て」


 凛さんの顔が、さらに近づく。唇が、触れそうな距離。


 え、これ、まさか……。


「り、凛さん!」


 私は、慌てて凛さんの肩を押す。


 凛さんが、ハッとした表情になる。


 そして、私から離れた。


「ご、ごめん……」


 凛さんの顔が、真っ赤になっている。


「い、いや……」


 私も顔が熱い。


 なに今の。なに今の。


「あ、あの……忘れて……」


「え、いや、でも……」


「忘れて!」


 凛さんが立ち上がって、屋上から走って出て行った。


「凛さん!」


 呼び止めようとしたけど、もう姿が見えない。


 私は、一人残された。


 ベンチに倒れたまま、呆然とする。


 え、なに今のって。


 押し倒された、凛さんに。


 てかもしかして、キスされそうになってた!?


 顔を両手で覆う。顔が、すごく熱い。


 これ、どうすればいいの……?


ーーーーーーーー

【あとがき】

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引き続き、応援よろしくお願いいたします!!

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