第6話 由紀
自然に離れた手に名残惜しさを感じながら、
伊予は職員室の扉を開けるサクの後ろに続いた。
「「失礼しまーす。」」
ここに来るまでにサクから受けた説明によると、家庭科の上田先生が家庭科部と顧問を兼部してくれているらしい。
生物の山下先生は「生物部」で手一杯だと断られたそうだ。
そもそも、どうしてサクが生物部に入らないのか、私は不思議でならないけれど、まあそれはおいおい聞いてみようと思う。
上田先生は三十代の主婦で、子どももいるらしい。若々しくて元気な先生なので、伊予は先生の中では割と好きな方だった。
「上田先生~。これ、吉宮 伊予。新入部員入ります。」
「はじめまして、吉宮です。よろしくお願いします。」
恭しく入部届を両手で差し出す。
上田先生は私を見た瞬間、顔を引き攣らせてから、サクをじーっと見た。
「伊山くん……今回は、大丈夫なのかしら。」
「先生!それがですね。今回は大丈夫なんですよ。」
ごくっと、上田先生の喉が鳴った。
「なんと!あの葉月のお墨付きです!!」
「吉宮さーん!! welcome to 昆虫採集部~~!!」
上田先生はちょっと半泣きで、
今までの新入部員たちが即いなくなっていたという事実が、なんとなく察せられた。
(やっぱ葉月のせいだったんじゃ……?)
職員室の回転チェアに座ったまま、
半ば私にしがみつくように腰に巻きつく上田先生にたじたじになりながら、
サクに助けを求めた。
サクはというと、
「あー、ほんと良かった~。一人増えたし。」
と、相変わらず暢気なものだ。
(先生、昆虫採集部のせいで病んでない……?)
そんな中、
「失礼しま~す。」
と職員室に入ってきた男子数人の姿が目に入った瞬間、
背筋に嫌な緊張が走る。
(や、やばい!!!!)
その中の一人は、伊予にとって非常にまずい人物だった。
とにかく逃げなくては、と上田先生の腕をそっとほどこうとする。
「上田先生~、ちょっと私、行かなきゃ……」
「あ、由紀ー!」
そこで、サクがその男子に向かって片手を上げた。
そして、その男子がこちらを向く。
伊予にはこのすべての動作、周りで起こっていることがまるでスローモーションのように見えた。けれど、体はうまく動かない。
次の瞬間、サクが伊予の手首を掴んで彼の前まで歩き出した。
「伊予、これ。篠山 由紀。こいつがもう一人の部員。」
(噓でしょ~~~~~~~!!!!!!)
由紀は伊予を上から下まで一瞥し、
次に、サクが掴んでいる伊予の手をじっと見た。
伊予はその視線に気づき、バッと腕を振り払った。
「あ。で、由紀。こっちが新入部員の伊予。吉宮 伊予。」
「知ってる。」
少し茶色がかった透き通る髪。
サクと同じくらい高い身長。
女子が群がるのも納得の整った顔立ち。
その由紀が、伊予をまっすぐ見つめて言った。
「伊予、久しぶりじゃん。」
「あれ? 知り合い?」
サクは頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、
「知り合いなら、まあ良かった。」
と笑っている。
(いや、こいつがいるってなったら話は全然違うんだよ、サク。)
こうして、
伊予の謎すぎる葛藤が、静かに始まったのだった。
つづく
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