第4話 雨、ありがと

「葉っぱで雨宿りとか先輩、虫みたいだな。可愛い。」


 今の私の心臓は、この雨みたいに たくさん鳴ってる。


 第4話 雨、ありがと


 昨日、私は昆虫採集部に入部することになった。あのあと、虫かごを洗って、部室まで持って帰った。


「今日は俺以外、誰もいないんだ。いつもはもう一人いるんだけど。」


 そう言って、真ん中のテーブルに敷いた新聞紙の上に虫かごを置いた。


「ここ置いて。助かった。ありがと。」


「どういたしまして~。」


 照れくさくて少し大げさに言った。


 見回すと、壁沿いに並べられた棚に「昆虫採集部」と張り紙がされている。棚にはいくつかの虫かごが置かれていた。


「あまり、たくさんはいないんだ。虫だって自然の中で生きてた方が楽しいだろうしね。」


「ああ、確かに。」


「先輩は、明後日の木曜日に来てよ。その時に入部届出したり、もう一人も紹介するから。」


「あと二人いるにはいるんだけど……一人は来るか分かんないしな。来てたら紹介するよ。」


「うん。わかった。」


「今日は、ありがとうございました。」


「いえいえ、あ、っていうか、伊山くんって私の名前知ってる?」


(たぶん、知らないだろうな。先輩ってことすらさっき知ったんだし。)


「吉宮 伊予 でしょ。」



「え……なんで知ってるの?」


「秘密。」


 伊山くんは、「ハイハーイ。じゃあ、また木曜日に!」

 と言って、私を理科準備室から押し出した。


 私はと言うと、心臓が自分でも理解できないくらい激しく鼓動していて、顔が熱い。


「はあ~~~~~~~。」


 と思いっきり息を吐いて、歩き出した。


 *


 次の日の水曜日、昼から降り始めた雨は、帰る頃には土砂降りになっていた。


 今日は、雨だから伊山くんと遭遇する可能性は0に近い。


 結局写真は1枚も増えないまま、下駄箱で靴を変える。


(あー、雨がマシになったタイミングで走ろう。)


 歩道は無数の傘で埋まっていて、すり抜けていくのが大変だ。


 途中、雨が強くなってきて、近くの公園で雨宿りしようと思ったら、東屋にはすでに人がぎっしり。


 私は思わず、たくさん葉のついた木の下へ逃げ込んだ。


「は~~。ついてなさすぎる。」


 葉っぱが下向きに垂れていて、人目につきにくいし、雨もそこそこ凌いでくれる。


(もう少しマシになったら走ろう。)


 そう思った瞬間、前の葉っぱがふっと上に持ち上がった。


「あ、やっぱり。」


 顔を覗かせたのは伊山くんだった。


「葉っぱで雨宿りとか先輩、虫みたいだな。可愛い。」


 伊山くんはくすくすと笑っている。


 心臓は、この雨みたいに たくさん鳴ってる。


 伊山くんは私の手首を取って、自分の方に引き寄せた。


「駅まで行くなら入れてく。」


 自然と伊山くんの傘に入る形になって、息が止まりそうになる。


「え、でも私めちゃくちゃ濡れてるし。伊山くんも濡れちゃうよ。」


「良いよ別に。駅すぐそこだし。」


「ごめんね、ありがとう。」


「昨日、手伝ってくれたお礼。」


 トンっと当たる肩が暖かくて、雨の冷たさが和らぐ。


「さっき、吉宮先輩が走ってくの見えたから。」


 そして、伊山くんは噴き出した。


「まさか、木の下にいるとは思わなかったけど。」


「だって、屋根の下人多かったんだもん。あと、伊予でいいよ。」


「え?」


「洒落じゃないからね。吉宮先輩ってなんか聞き慣れないから。」


「じゃあ、伊予先輩。」


「う〜ん。ま、いっか。」


「伊予。」


 思わず伊山くんを見上げると、真顔で少し照れた顔をしている。


「伊予でいーよ。なんでしょ。」


「なんか、ちょっと腹立つけど。伊予でいーよ。」


 そう言って伊山くんを見ると、伊山くんもこちらを見て笑った。


 駅で反対方向に乗る彼と別れ、電車に乗る。

 心臓はずっと鳴り続けている。


 ずっとずっと、伊山くんのことを考えていた。




 つづく

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