第14話 金髪と青い瞳の転校生

 暗闇に包まれるクローゼットの中で夢を見た。白い画面にノイズが入り、やがて白黒の砂嵐が目と耳を支配すると、前の家での僕の部屋が映し出された。窓から差し込む夕陽に照らされた部屋の中は音一つ無く、ただ呆然と僕の部屋でありつづけた。




 覚め際、僕は部屋にある違和感に気付いた。




 あるはずの何かが無い。




 無いはずのそこに何かがある。




 そうして、暗闇に包まれるクローゼットで目を覚ました。




「おはようございます! 貴方様!」




 ちょうど朝食の準備を終えた鶴が、リビングに起きてきた僕に挨拶をしてくれた。




「おはよう。鶴」




 食卓の席につくと、鶴が作った朝食が眼前に並べられた。今日の朝食は和食メインの鶴には珍しいパンを主食にしたものだ。 




「珍しいね。米と味噌汁を作らないなんて」




「あ……そっちの方がよろしかったでしょうか……?」




「ううん。ただ珍しいと思っただけ。いつも通り感謝してるよ」




「そうですか! それでは、召し上がってください!」




 マーガリンが塗られたトーストを一口齧り、ナイフで一口サイズに切ったベーコンエッグをフォークで食べた。いつも食べる和食は奥深い美味しさだけど、これはダイレクトに美味しいと思わせる出来だ。




 ただ、いちいちナイフとフォークで切り分けて食べるのが面倒臭くて、二口目の前にトーストの上にベーコンエッグを乗せて齧りついた。こっちの食べ方のほうがより美味しく感じる。 




「鶴。今日も仕事なんだっけ?」




「ええ。ありがたい事に、店の主がワタクシにもっと手伝ってほしいと頼んでくれまして」




「まぁ、立ってるだけで花が売れるしね。なんか評判になってるらしいよ? 美人な店員が笑顔で花を売ってくれるって」




「い、一応言っておきますけど! 浮気なんてしておりませんからね! ワタクシの身も心も、既に貴方様に捧げているんですから!」


 


「そう。じゃあ、鶴もちゃんと食べて。そして今日も稼いできて」




「はい!」




 鶴は僕の真似をして、ベーコンエッグを乗せたトーストを大口開けて頬張った。美味しそうに食べる鶴の姿に、どうしてか幸福感が溢れてくる。




 身支度を終えた僕達は途中まで一緒に歩き、学校と花屋の分かれ道で、互いに手を振って見送った。




 校門まで一人で歩いていると、見知らぬ女生徒が校門の真ん中で立ち止まっていた。染めた金髪とは違い、陽の光で輝く金髪をした彼女は、思わず立ち止まって見てしまう魅力があった。




 後ろで立ち止まっていた僕の気配に気付いたのか、彼女が振り返った。見えた彼女の顔は、色白で青い瞳をしていた。




「君、ここの生徒?」




「うん。そうだよ」




「そっか。私、今日からここに転校してきたんだ。名前はアメリア。よろしくね」




 まるで童話に出てくるお姫様のような、可愛らしさと美しさの狭間にいる人だ。僕と同い年って感じじゃないし、二年生……いや、三年生か。




「よろしく、アメリアさん。僕は、木田信二。一年生だよ」




「シンジ。シンジね。そっか、私と二年違うんだ。残念。君のような可愛い子、同級生だったら良かったのに」 




「僕、男ですよ?」




「知ってるわ。でも、可愛さに男の子も女の子も関係ないでしょ。それじゃあ、そんな可愛い後輩ちゃんに、職員室まで案内してもらおうかな?」




 そう言って、アメリアは僕に手を差し伸べた。これは手を引いて案内しろ、という意味で合ってるのだろうか。




 差し伸べられた手を軽く握ると、柔らかくてポカポカと温かった。強く握れば僕でも潰せてしまうかもしれないと思わせる危うさもあった。




「どうしたの?」




「……温かい」




「……プフッ! やっぱり可愛らしいわね、君は」




 今まで可愛いと言われた事がなかったから、こうも可愛いと言われると恥ずかしくなってきた。多分この人は、自分より歳の低い相手は皆可愛いと認識しているのだろう。




 アメリアに微笑まれながら職員室まで連れていった後、ドッと疲労感が押し寄せた。別に激しい運動をしたわけではないが、やはり初対面の人がずっと傍にいると、恥ずかしさで精神的に疲労してしまう。相手が彼女のように自分と不相応な人なら尚更だ。




 自分の教室に着き、崩れるようにして自分の席に座った。さっきまでの数分で、今日一日のエネルギーを使った気がする。




「朝からお疲れのようですね、木田君」




 隣の席の真面目さんが本に目を向けながら呟いた。




「まさか、木田君が彼女と知り合うとは。思ってもみませんでした」




「え? 真面目さん、あの人と知り合いなの?」




「いえ、もっと……とにかく、これから転校生を紹介する朝礼が体育館で行われます。なので、寝ずにいてくださいね」




「珍しいね」




「何がですか?」




「僕が真面目さんの事を真面目さんって言っても、訂正しなかった」




「間違ってる自覚があるのなら、清水と呼んでほしいですね」




「ごめんね、真面目さん」




「清水です」




 それにしても、転校生ってだけでも珍しいのに、三年生で転校してくるなんて。名前と見た目からして日本人じゃないし、外国から引っ越してきたのかな。




 なんにせよ。もうアメリアとは関わる事はないだろう。一年の僕に構う余裕なんか無いから。

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