第13話 心配
今日はいつも以上に授業に身が入らない。窓の外で広がる台風明けの青い空も、チョークの子守歌で眠る授業中の睡眠も、今の不安な気持ちを払拭するには力不足だ。
『今日の働きが認められれば、正式に雇ってくれるみたいです。貴方様の為にも、頑張ってきますね!』
不安だ。鶴がマトモに労働出来るだろうか。いや、家事は手馴れていたから大抵の事はこなせるはずだけど、問題は人間関係だ。従業員同士の仲。客の態度。鶴にとって気に入らない奴がいたら、晩ご飯の食材にするかもしれない。
今は、午前十一時。確かバイトは十時からだと言ってた気がする。場所は学校から近くの花屋。
よし、昼休みになったら、様子を見に行ってみよう。
「……はぁ。木田君。体調が悪いのなら、保健室へ連れていきましょうか?」
「大丈夫。ちょっと吐き気と胃が痛いだけだから……」
「全然大丈夫じゃないですよ。おおかた、今日から働き始める鶴が不安なんでしょう」
「え? よく分かったね真面目さん。そんなに顔に出てた?」
「清水です。まぁ、木田君の事は大体分かるので。良ければ、私もついていっていいですか? 鶴がちゃんと働けてるか、私も気になるので」
「良いけど……一応、この学校放課後まで郊外に出る事を禁じてるからね? 見つかったら真面目さんも罰を受けちゃうよ?」
「清水です。見つからなければ罰なんて無いものですよ」
そんなわけで、真面目さんもついてきてくれる事になった。
昼休みになると、真面目さんに手を引かれて、下駄箱まで連れていかれた。
「このまま堂々と校門から出ていくの?」
「この学校を囲んでるフェンス。裏の茂みの一ヵ所だけ外れたままなんですよ。出た先は人通りが少ない道ですし、誰にも目撃されずに抜け出せます」
「抜け道なんてよく知ってるね」
「たまに抜け出して本を買いに行ってますからね」
靴を履き替えて外に出ると、また手を引かれて校舎裏まで連れていかれた。さっきの言葉といい、意外と真面目さんは真面目じゃないのかもしれない。
真面目さんが言っていた抜け道から郊外に出て、僕達は鶴が働いている花屋へと向かった。近付いていく度に増長する不安に押し潰されそうになって、真面目さんの手を離せずにいた。
「意外ですね。そうなるまで鶴と仲良くなれたんですね」
「前々から聞かされてたなら覚悟出来てたけど、昨日聞かされたばかりだったから不安で……」
「どういう所が?」
「人と上手くやれてるか、とか……気に入らない相手を晩ご飯の食材にしようとしてないか、とか……あぁ、ますます不安になってきた……!」
「木田君が覚えてるその感情は、不安ではなく、心配です」
「同じじゃない?」
「まぁ似ていますが、不安と違って心配という感情は、相手の事を思いやる気持ちから覚えるものです。そしてそれは、鶴の事を大切な存在の一人として認識している証。私も心配してたんですよ? 木田君が便利だからという理由だけで鶴を傍に置いていないか、と。でも、今の木田君を見て、少し安心しました」
やっぱり真面目さんは真面目だ。とても僕と同い年とは思えない達観さを備えている。将来は精神科の先生か、取調室の刑事になるかもしれない。
目的地である花屋に着くと、花屋の前には大勢の人が集まっていて、ちょっとした騒ぎになっていた。
「つ、るな、に、や、ら、からして……!?」
「落ち着いてください木田君。モールス信号みたいになってますよ」
「あ、あれ、大丈夫かな? 鶴、暴力とか―――」
「どうして悪い方向にしか考えられないのですか。見たところ、あの集団で怒ってる人は一人もいないように見えますよ」
その真面目さんの言葉を信じてよく見ると、確かに怒ってる人はいなかった。むしろ、全員凄い笑顔で、買った花束を大事に抱えながら帰っていってる。
近付いて様子をうかがってみると、白いワンピース姿の鶴が男女問わずに笑顔を振り撒いていた。特別目を惹いたのは、頭に被ったピンクと白の花冠。そんな鶴の笑顔にあてられた人々が、誕生日だとしても買い過ぎな量の花を買っていく。
「凄いですね。口の上手さで客を呼ぶ人は見た事ありますが、笑顔だけで客を呼び寄せるとは」
「僕、花屋に花がすっからかんになってるところ初めて見た」
「あれは店として良い事なのでしょうか?」
花屋に集う人達の隙間で、鶴と目が合った。鶴は微笑みを浮かびかけたが、僕の隣にいる真面目さんの存在に気付くと、ホラー映画の怪異のような恐ろしい表情を浮かべた。そんな怖い顔をしたものだから、周囲の人達の戸惑いの声が続出した。
しかし、幸いにも鶴は顔が良い。気を取り直して笑顔を振り撒くと、その瞬間に周囲の人達は戸惑いを忘れた。
難を逃れたようでホッとしたのも束の間、鶴が僕をジッと見つめながら声を出さずに唇を動かした。
「「後でご説明を」だそうですよ、木田君」
「……とりあえず、帰ろうか。真面目さん」
「清水です」
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