第6話 眼鏡を外すな

 放課後のチャイムが鳴ると、いつも僕よりも遅く帰っていた真面目さんが早々に教室から出ていった。今日この後家に来てもらう約束をしたから、普段の帰宅後のあれやこれを前倒ししなければいけないのだろう。なんだか真面目さんを急かしているようで、ちょっと悪い気がした。




 帰り道の途中、鶴の犯行現場と思われるスーパーを通りかかった。雑貨店やフードコートがあるような場所じゃなく、純粋な食料品店だ。せめてもの罪滅ぼしで、ここで客人に出す茶と菓子を買って帰ろう。




 菓子は無難にクッキーとチョコを選び、飲み物は真面目さんの好みが分からないからコーヒーと紅茶パックを一つずつカゴに入れた。




 レジの列に並ぶと、一つ前に並んでいる二人の主婦が噂話をしていた。




「ねぇ、聞いた? ここのスーパーに泥棒が入った話!」




「聞いた聞いた! 相も変わらず馬鹿な事をする人がいるものね~」




 どうやら話題は鶴の窃盗についてのようだ。馬鹿な事をする人というか、鳥なんだけどね。




「監視カメラに映ってないものかしらね?」




「それがバッチリ映ってたそうなのよ!」




 胸がキュッと絞めつけられた。別に僕が悪い事をしたわけじゃないけど、同じ家に住む身近な存在の悪行は、自分の事のように錯覚してしまう。




「え~!? じゃあ捕まったんでしょ?」




「それがね! 犯人は鶴だったのよ! おかしいわよね~!」




 なんだろう。この二人の主婦が探偵に思えてきた。ドラマとかにある真犯人を見つける為に揺さぶりをかけるような話の進め方だ。




「でも、ちょっとおかしい話じゃない? 犯行時刻は営業前で、店には誰もいなかったわけでしょ? 出入口は施錠されてるはずだし、仮に一箇所鍵を閉め忘れていても、鳥が開けられるものかしら?」




 疑惑が確信に近付きつつある。なんか推理し始めてるし、普通の主婦が犯行時刻なんて言葉を使うはずない。別のレジの列に並ぼうかな?




「それがね。一箇所だけ鍵が開いてたようなの。でもそこはドアノブを捻って開ける扉で、おっしゃる通り鳥が開けられるはずがないの。この事件には間違いなく、人間が関わっているわね」




 よし、別のレジの列に並ぼう。というかあっちにセルフレジあるじゃん。僕カードとか持ってないから、空いてるあっちで会計を済まそう。  




 買い物を終え、マンションのエレベーターに乗り込んで自分の家の階のボタンを押した。




 ゆっくりと閉まっていく扉から上の階数表示に視線を移そうとした瞬間、閉じる寸前の扉の隙間に人の手が割り込んできた。慌てたようにエレベーターは閉じるから開く動作に変わり、扉が完全に開くと、一人の女性がエレベーターに乗り込んできた。




 どういうわけか、女性は僕のすぐ後ろに位置取りしていた。異性の視界に入る事を嫌ってる人なのだろうか。




 僕の家がある階で降りると、後ろにいた女性も同じ階で降りた。




 僕の家の前まで行くと、後ろにいたはずの女性は僕の隣に立っていた。




 それから一分程立ったままでいたが、女性が僕の隣から動く事はなかった。




「……あの」




 女性の行動が気になった僕は、初めて女性の姿をちゃんと見た。髪はポニーテールで、前髪は額がよく見えるように左右に分けられている。薄っすらとメイクをしていて、幼さもありつつ大人っぽい顔。服装は所謂文学少女。旅行帰りなのか、緑色のキャリーケースが隣にある。




 やはり知らない女性だ。




 すると、女性はおもむろにポケットから眼鏡ケースを取り出し、保管していた眼鏡を掛けた。




 それで女性の正体が真面目さんだと分かった。




「あ、真面目さんか」




「清水です。木田君は私を眼鏡で判断してるんですね」




「全然気付けなかった。学校で見る真面目さんと全然違うね。あ、眼鏡も学校で掛けてるのと違う。なんかモデルさんみたいで良いね」




「ご機嫌取りですか。まぁ、不安になってた木田君を見れたので許します」




「そりゃ不安にもなるよ。こんな美人さん知り合いにいないし。というか美人だからこそ怖かったよ」




「……それで? 木田君は家の前で長々とお喋りをしてから家に入るんですか?」




「あ、そっか。今鍵開けるから」




 二度チャイムを鳴らした後、家の扉を開けた。




「お帰りなさいませ、貴方様。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……ワ・タ・ク―――シャァァァァ!!!」




 玄関先でスタンバイしてた鶴が、僕の隣にいる真面目さんに気付くや否や、なんとも間抜けな表情で絶叫した。




 僕はこの日、初めて家に入りたくないと思った。

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