解放の灯火
@kokorororo
第1話
人間、エルフ、獣人、天翼人の四種族が共に生きている”ハルメニア大陸”では種族間の完全な和解への道は未だ発展途上であり各国や領内で問題とされていた。特に力なき”エルフ”に対する奴隷商売は人間が治める国「エラシア王国」と「ゾラネク帝国」の二国では深刻化と衝突の原因になっていた。エルフ搾取を積極的に行っているゾラネク帝国は”人間”という種の発展と自国の勢力拡大を図っておりエルフの国「エルフェイド」への侵略行為も目立ちつつあった。対するエラシア王国は治めるハロル王の信念に基づきエルフ解放運動が盛んに行われていた。各領土へ解放軍を設立し奴隷として捕らえられたエルフの救出や心身のケアから保護まで異種族である彼らと共に手を取り合い”調和”の世を目指すという国のあり方を掲げていた。人間が治める国は大陸内にもう一つあり二国の国の在り方やしがらみから脱したい人々が新しく建国した「エルピスタ共和国」も存在する。エルピスタは発展途上で領土こそ狭いものの、ゾラネク帝国の人間とエラシア王国の人それぞれが手を取り合い”自由”を目指して新たな国の在り方を目指して芽生え、育ちつつあった。
エラシアとエルフェイドの国境沿いの領土を国より与えられた青年騎士のイレニスは「解放の灯」という軍の団長を務めていた。騎士としての実力と人々に対する揺るがぬ優しさが評価され齢25歳で軍団長へとのし上がったのである。国境沿いには人間の侵入を拒むゲートのように深淵の森がその地を支配しており、そして一度侵入すると魔法にかけらたかのように濃い霧が立ち込めると言われている。それでもなおエルフを拉致するため侵入しようとする無法者が跡を絶たなかった。立ちこめる濃い霧の突破口を何者かが知っておりその情報すら高額で取引されているとの噂がたっているほどエルフの拉致は深刻化していた。
ある日領内の警備に当たっていたイレニスの下へ従者ギルバートからの知らせが来た。イレニスは雑談を交わしていた庶民たちから離れ、林の中へ身を潜めた。天からイレニスの手元へ線を描くように青白い光が差したと同時に手のひらに乗れる程のサイズのギルバートが半透明の姿で現れて一礼をする。ギルバートは縮小された自分の半透明化した分身を作り相手の元へ瞬時に赴き伝達を行う"ミラージュメッセンジャー"という希少な魔法の使い手でもあった。
「イレニス様、緊急事態です。」
「ギル、今日は何事だ?」
「副団長のエディルの偵察結果により複数のエルフと思われる者が貴族の館を出入りしていたとの情報が…」
「了解した。すぐにでも救出会議を始めよう」
イレニスは知らせを聞いて血が滾る感覚を覚えすぐに馬を走らせた。彼はいつもそうだった。知らせが入ると心根にある正義感か、怒りか、興奮か、様々な感情が混ざり合い彼の鼓動も早く脈打ち血が滾る感覚を覚えるのだった。
一旦状況把握の為ため自分の館へ寄った。彼の住居は国によりそこそこ大きな洋館が与えられており、従者ギルバートの働きもあってか庭には色とりどりの花が咲き室内は埃が舞うこともなく常に清潔が保たれている。この館にはイレニスと従者のギルバートの二人だけが暮らしており、必要な時だけ侍女が出入りをする程度であったが二人で暮らすには広すぎると感じる程であった。館の周囲には解放軍が暮らす兵舎が5つほどあり、彼らはそこで日々鍛錬や警備、国境沿いの偵察などをして過ごしていた。正義を胸に抱える彼らの賑やかな声は日々拠点に響き若き希望を象徴していた。「解放の灯火」の若き騎士たちは国境沿いという治安の悪い地の治安を維持し、賊から守り、戦い抜く。この地に住む人々にとっても彼らの存在は希望の灯火となっていたのだ。
エルフが飼われている光景を目にしたという若き副団長エディルが、館へ戻ってきたイレニスを見るなり茶髪を揺らし額に汗を浮かばせつつ息を切らして駆け寄って来た。膝当てに手を当て呼吸を荒らげながらも彼は言葉途切れ途切れに言伝をする
「イ……イレニス様!ギルバート様からお話は聞きましたか……!」
「エディル、落ち着いてくれ。大丈夫だ、準備ができ次第少数の部隊で向かう」
「さすがイレニス様!それで、エルフの姿を見かけたのはあの……モラドス伯の館でして……。」
「わかった。ありがとう、状況は十分に把握した。これから俺の家でギルと救出作戦を立てて、少数の部隊で伯の館へ向かおうと思っている。お前も来てくれるか?」
「はいっ!共に参りましょう!団長!」
エディルは緊急事態に息を切らしながらも目撃した情報を的確にイレニスへ伝えた。領内に館を構える老齢の没落貴族モラドス伯の館の庭を身を潜め偵察していたところ、鎧姿の厳重な見張りに囲まれてエルフと思わしき複数の人物が頭に布の被り物を被されて屋敷内へ入っていったとの事だがエディルの目は布越しにでも彼らの耳が人と異なり尖っているのを見逃さなかった。犬のように首輪をはめられて口には猿轡(さるぐつわ)をつけられて、両手は木製の腕枷で拘束されていたという。まるで薄汚れ飼われた獣のような扱いだっと彼は話すがそれは10年も解放活動を行ってきたイレニスにとって目を覆いたくても脳裏をよぎってしまうほど見飽きた光景であった。一度奴隷にされた彼らへの凄惨な扱いと目に一筋の光すらない絶望しきった表情……救出して心身ケアを施しても人間への恐怖が拭いきれないエルフ達も幾度として見てきた。しかし、嫌な記憶が幾度とフラッシュバックしてもエルフの拉致が減らずとも彼は決して解放の歩みを止めることはしなかった。
イレニスの館の奥まった一室にイレニスと従者のギルバートと副団長エディルの三人だけが集まった。卓上には国境沿い周辺を示した羊皮紙の地図と蝋燭の灯。窓は外気を遮るために赤いカーテンで覆われ、外からは覗けない状態で低く小さい声で交わされる言葉だけが室内に響いていた。館の外ではエディルの部下であるごく少数の騎馬部隊が騎乗しながら待機をしている。イレニスは椅子に腰掛けたまま、低く静かに言葉を落とした。
「伯に悟られぬように少数で動く。正面突破はしない。“定期調査”の名目で近づく。それで充分だ」
エルフを飼っている者がいないか、定期巡回や室内調査を行うのも軍の仕事の一つだった。
ギルバートは頷き羽根ペンで地図に印をつける。モラドス伯の館は国境沿いよりやや遠くにあり周辺は林や畑に囲まれて人通りも少なく隠居するにはうってつけの場であった。イレニスは地図で林を指差した。
「エディル、救出用の騎馬部隊は俺達より遅れて進軍し、ギルからの合図があるまで林のなかで身を潜めていてくれ」
「はいっ!了解しました!!」
「いつも言っていますが、声が大きいですよ……若き副団長殿」
ギルバートがやや睨みを効かせてエディルを横目で見るが当のエディルは苦笑を浮かばせて後頭部を掻いている。定期調査を名目とした救出作戦は実にシンプルだった。イレニスとギルバートがモラドス伯に”調査侵入”をし館中の調査をする。事前告知無しの訪問だからそう簡単にエルフを隠すことはできないはず。モラドス伯は財産を失った没落貴族ではあるが何故か5人ほどの護衛騎士を館に構えている。その謎も今回の調査で叩く予定だ。
「そして、伯が雇っている騎士に奇襲をかけられても、俺とギルで叩き伏せる。」
その声音には揺るぎがなく、蝋燭の炎さえ一瞬たじろいだように見えた。
ギルバートは黙したまま深く頷く。言葉は要らなかった。イレニスの信頼も、自らの覚悟も、互いに十分に理解していたからだ。そして少数の灯火達は現地へと向かった。
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