3. フィリスって誰だよ
「あっれー?」
翌日、部室に来た佐藤はドアを開けるなり目を丸くした。理由はもちろん俺、ではなく俺の向かいに座っている女である。
「こんにちは。貴女が佐藤さんかしら?」
「そうだけど……え、どゆこと?」
「まあ座れよ。落ち着いて話せば分かる」
頭に疑問符をぽこぽこ浮かべている佐藤に着席を促して、俺は売店で買った揚げパンを取り出した。腹が減っているのだ。朝飯も昼飯も喉を通らなかったのだから仕方ない。これもみんな目の前で澄ましている女が悪い。
「えっと、橘愛莉さんだよね?」
「そうよ。今日から歴史研究会のメンバーになるわ。よろしくね」
「ほえー……」
普段はマイペースな佐藤が珍しく放心気味になっている。分かるぜ、こんなお嬢様が突然入部するなんてびっくりするよな。
「羽柴くん、こんな綺麗な人を脅して……」
前言撤回、お前の考えなんてさっぱり分からん。
「脅してねえよ。俺だって橘さんの入部を聞いたのは昨日なんだぞ」
「聞いたって先生から?」
「いや、なんつーか」
「私から羽柴君に話したのよ。夜の学校で綺麗な満月を見ながら、ね?」
「え?」「おまっ」
いきなりぶっ込んできたよ橘さん。しかもクスクス笑ってらっしゃるし。これもう全部分かって言ってるだろ。
「ふーん?」
「そんな目で見るな佐藤。昨日お前と別れた後でバッタリ出くわしただけだ。月が綺麗ってのも深い意味があるわけじゃねえ」
「あら、一緒に歌まで詠んだのにそんなこと言うの?」
「詠んでねえよ!」
楽しそうに揶揄ってくる橘愛莉とジトっとした目を向けてくる佐藤。二人の女子から攻められて喉はカラカラ、おまけに揚げパンのきな粉を変に吸い込んで咽せ返る始末。なんで俺はこんな責め苦を味わっているんだろう。甘々なはずの揚げパンも味が全然しねえや。
「……頼む、そろそろちゃんと話をさせてくれ。橘さんの入部は決定でいいのか? 運動部とか吹奏楽とか、デカくて華々しい部活はいくらでもあるぞ?」
「運動や演奏はプライベートだけで十分よ。それに人の多い部活だとこうやってゆっくり話もできないから」
「ファンクラブもできたらしいねー」
「あまり大袈裟に持ち上げられても困るのだけれどね」
肩をすくめる橘愛莉の表情は困惑というよりやれやれといった感じだ。やれやれまたか、と同じことを何度も経験してきたアイドルのように。
「本音はそっちか」
そんな表情を見てしまったからか、それとも揶揄われた腹いせか、俺は反射的に口を開いていた。
「歴研を隠れ蓑にするってことだろ。周りからチヤホヤされるお嬢様が考えそうなことだな」
「うわあイヤな言い方だ。もしかして僻んでる?」
「う、うるさい! 佐藤だって突然入部したいなんて虫が良すぎるって思うだろ!?」
「そんなこと気にしないけどなあ。あたしも歴史がすごく好きってわけじゃないし、理由なんてどうでもよくない?」
「お前の理由は……まあいいや、それでも俺は部長としてだな」
「廃部になりそうなのに来てくれた子を追い返しちゃう部長さんだ」
「ぐぬぬ……」
悔しい、言い返せない。でも佐藤に悪い虫がつかないように邪魔してるなんてもっと言えない。
「ごめんなさい羽柴君。確かに貴方の言うことは正しいわ。私が歴史研究会を選んだのは落ち着ける場所が欲しかったから。人の多い部活はどうしても私を特別視する雰囲気が出来上がってしまうの」
「橘さんが謝ることはねえよ。俺だってキツい言い方をして悪い。ならあれか、〝王子〟と一緒にいたのもそれが理由か」
「皆本君は最初の日に周りの子が引き合わせてきたわ。それぐらいなら別に構わないのだけれど、勝手に変な噂を流されるとちょっとね」
「なんかあったね。〝王子〟とくっついたみたいな内容だっけ」
「くっついた? 俺が聞いたのは〝王子〟がアタックするって話だったが」
「噂なんていくらでも尾鰭がつくものよ。私は皆本君と付き合ってなんていないし、彼だってそんなことは望んでいない」
「周りだけ盛り上がっちゃうやつだ。やだよねーあれ」
んベーと苦々しい顔で舌を出す佐藤。たぶん過去に経験したことがあるんだろう、傍迷惑なのは男子も女子も変わらないらしい。
特に思春期真っ只中の高校生なら火の無いところを無理やり燃やして煙を送風機で撒き散らすことだってやりかねない。ここが部室だからよかったものの、教室で佐藤と橘愛莉と話そうものなら明日にでも俺は前科持ち浮気変態ハゲ野郎にされているかもしれん。いやハゲは余計だろハゲは。
「あ、そういえば〝王子〟が職員室に呼び出されたらしいよ。パーティも当分は禁止だってさ」
「あれだけ騒いでりゃ親が偉くても目に付くだろ」
いや待てよ、今までは目に付いても見逃されてたじゃねえか。つまり今回は〝王子〟の親より偉い奴が出てきたってことか?
「どうしたの羽柴君?」
「別に」
澄まし顔で聞いてきたそいつの背後に蛇が見えた気がした。下手に突けば丸呑みにされそうな大蛇が。南無三だぜ〝王子〟、お前は尊い犠牲だったよ。悲しいとは全く思わねえけどな。
「それより入部するんだったらちゃんと部活紹介しようぜ」
「おー、なんか部長っぽい」
佐藤の軽口を「部長だっつーの」と受け流しながら俺は年季の入ったホワイトボードの前に立った。
「とりあえず橘さんに質問なんだが、今までうちみたいな部活に所属したことはあるか? それによっちゃ説明が省略できるんだが」
「初めてね。研究会というぐらいだから、文献を読んだり史跡を調査したりすると思うのだけれど」
「歴研ってそんなことするんだ」
「お前は部員だろ……。でも橘さんのイメージは合ってるな。あとは興味のある時代や偉人のプレゼンとか当時の生活の再現とか、とにかく歴史に関係するなら何でもいい。活動は基本この部室で、外に出る用事は土日にやるって聞いてる」
「メインはディスカッションで、たまにフィールドワークを挟む形式ね。今まではどんな活動をしたのかしら?」
「いやー、実はあたしたちも入ったばっかりなんだよね」
「昔の記録は本棚に残ってるぞ。学芸員にインタビューしたり民族衣装作ったり結構ちゃんとやってたぜ。あと家から古そうなもんを持ってきて調べるってのもあったな」
「本物があったら逆にヤバそうだよね。古い壺を調べたら何百万でした~とか」
佐藤はそう言って両手を広げた。
テレビでよくあるお宝発見番組のようにその場で値段が分かればいいが、高校の部活なんて当てずっぽうが関の山だ。
先輩達もその辺りの事情は弁えていたことを願う。部室に転がってるガラクタがとんでもない代物だったなんて考えたくないぜ。実際もう何個か蹴躓いちまってるんだよ。
「でもさ、そういう高そうなのって愛莉ちゃんちにいっぱいありそう」
「どうかしら。お祖父様の屋敷ならともかく私の家は普通の住宅だから、参考になるものは少ないと思うわ」
「そっかー。うーん、あたしのうちは何かあったかなあ」
「今じゃなくても見つかったらでいいんじゃない? 薫がどんなものを持ってくるか楽しみにしておくわ」
「そうだねえ。あたしも愛莉ちゃんのお宝を楽しみにしてるね」
橘愛莉と佐藤の間に和やかな空気が流れ始める。さすが女子は打ち解けるのが早いな。これが男同士だったら煽り合い取っ組み合いの末に俺が土下座する羽目になるところだ。それより君ら初対面なのに名前で呼び合うって凄いっすね。
「別に持ってくるのは構わねえけど部員募集も忘れんなよ。橘さんが入ってようやく三人だぞ」
「羽柴くんが一番サボってるくせにー」
「俺は声を掛ける相手を見極めてるんだよ。変な奴を入れて部の雰囲気を壊したくねえだろ」
「あら、だったら私は羽柴君のお眼鏡に適ったということ?」
「あーまあそうかもな、たぶん。担任に頼まれたんならな、知らねえけど」
「素直じゃないなあ羽柴くんは」
「ふふっ、部長さんのために私も頑張って部員を集めるわね」
「そんな軽い気持ちで大丈夫かよ。いいか、歴研の部員ってのはだな」
ニヤニヤニコニコの女子二人に部活の厳しさを教えようとした矢先のこと。
コンコン、と滅多に鳴らないドアがノックされた。
「お客さん?」
橘愛莉は平然と言うが、四月から今に至るまで歴研の部室のドアを叩いた奴は数えるぐらいしかいない。佐藤、顧問の先生、俺が入部を阻止した佐藤目当ての後輩、そして今日の橘愛莉だ。
元々部員がいないんだから当然なんだが、慣れていない突然の来客に俺は身構えてしまった。
「どうぞー」
そんな俺に構わず、佐藤はドアの先にいる人物を呼んだ。普通に考えれば先生に決まってるのに、ここにいる普通じゃない存在がそんな安っぽい憶測を蹴っ飛ばしてくる。そして俺はそれを全力で否定する。
認めねえ、お前が来た途端にそんなことがあってたまるかよ。
「し……失礼します……」
俺の否定は虚しく潰えた。ドアを開けたのは先生じゃなかった。
「あの……えっと…………あっ」
それどころか全く知らない人間でもなかった。そいつは小動物みたいにおずおずと部室を見渡し、俺を見つけた途端にパッと顔を明るくした。
「勇者……!」
その時の俺はきっと、とてつもなく苦々しい顔をしていたと思う。
***
「ゆーしゃ?」「勇者?」
佐藤と橘愛莉が俺を見る。二人とも嘲笑とか煽りとかそんなものじゃなく、純粋に事情を知りたがっている様子だからタチが悪い。
「まさかハシバがいるなんて……こっちの世界でも僕を助けてくれるんだね……!」
部室に入ってきた奴はもっとヤバい。そんなキラキラした目と世迷言をぶつけられても受け止めきれねえよ。
「はあ……とりあえず座れ。コーヒーでいいか?」
「うんっ!」
俺が逃げるように窓辺の流し台に向かうと、そいつは脇目も振らずにトコトコと、あろうことか俺の椅子に座りやがった。もちろん他に椅子が余っているのにだ。
「佐藤と橘さんもおかわりは?」
「あ、うん」
「そうね、いただくわ」
当然初対面なはずの佐藤はぽかんとし、橘愛莉も驚くまではいかずとも複雑な表情を浮かべている。
俺がコーヒーを淹れている間に会話でもしてくれればと思ったが、二人とも来客者の様子を窺っているようだし、その来客者はいつもどおり俺以外と話そうとしないしで、いっとき部室にはこぽこぽとマグカップにお湯を注ぐ音だけが流れた。喋りっぱなしの休憩にはむしろ丁度良いかもな。
窓から橙色のうろこ雲を眺めながら一息つき、出来上がったコーヒーを盆に載せようとしたところで、マグカップが二つ持ち上げられた。
「……」
流し台に来たのは佐藤だった。
そのままマグカップを両手にくるりとテーブルに向き直る瞬間、無言で交錯した目が訴えてきた。そろそろ説明責任を果たさなきゃいけないってわけだ。
「
テーブルに戻り、女子二人に紹介しながらマグカップを置いてやると、来客者こと平田は「よ……よろしくです……」と頭を下げてそのままコーヒーを飲み始めた。目元までかかるサラサラヘアは俯いているせいで顔まで隠してしまっている。それでも椅子を引っ張り出してきた俺にチラチラと視線が向いていることは分かる。
「見てのとおりあんま人と話すタイプじゃねえ。そこんとこはよろしく頼む」
「平田君ね。私は橘愛莉。貴方と同じ羽柴君の知り合いよ」
「佐藤だよー」
二人ともいたって普通の対応だった。人によって態度を変えないのは良い奴の証拠だ。
ただし態度を変える奴らが全員悪いかと言うとそうでもない。
「羽柴くんの知り合いって珍しいなあ。中学は一緒じゃないよね?」
「あ……えっと、はい……あの……です」
「勇者というのは羽柴君のことよね。彼のあだ名かしら?」
「いや……その……あだ名とかじゃ……」
「平田とは去年の委員会で知り合ったんだよ。勇者ってのはまあ……コイツの中で俺は世界を救った勇者らしい。全く身に覚えは無えけどな」
「し、仕方無いよ……。ハシバの記憶はこの世界に戻ってくる時に失われちゃったんだ。フィリスがいれば残滓から再構築できるのに……」
俺が話した途端、平田は佐藤と橘愛莉にびくびくしていたのが嘘のように顔を上げて流暢に答えた。端正な色白の童顔とキラキラした目はまさに純真無垢って感じで、俯いて話しがちなせいで隠れちまうのがつくづく勿体ねえ。あと誰だフィリスって。
引っ込み思案と空想家を行ったり来たり。それが平田って人間で、そんな空想を翻訳するのが俺だって思っていた。
「羽柴君が救った世界で二人は仲間だったのね」と、橘愛莉が唐突に言い放つ。
「え……?」
「フィリスさんも同じかしら。三人で冒険していたの?」
「お、おいちょっと待ってくれ橘さん。コイツの話に無理に合わせなくていいんだぞ」
「合わせてなんていないわ。こことは違う世界があって、しかも羽柴君と一緒に救ったなんて素敵じゃない」
「いや普通あり得ねえだろ……」
「そう? 貴方にとっても誇れる話だと思うのだけれど」
橘愛莉の目は澄み切っていて、茶化したり等閑にしたりする意図が無いとはっきり分かった。
だからこそ目を逸らしてしまう。翻訳なんて言葉で平田の話を片付けようとした自分を責められている気がして。
沈黙する俺に「まあ羽柴くんは忘れっぽいからねえ」と助け舟を出してくれたのは佐藤だった。
「いつ行ったのかなって感じはあるけど。それにしても、愛莉ちゃんってお堅そうに見えてわりと柔軟なんだねえ」
「そうね、常識に囚われないようにはしているつもり。私の物差しはあくまで今を基準にしているだけで、別の世界を測る物差しがどこかにあるのかもしれない。歴史を繙けばそんな事例はいくらでもあるわ」
澄み切っていた橘愛莉の目が少しだけ色を変える。
「だけど今の常識から逸脱するつもりも無いの。羽柴君と同じように荒唐無稽なお伽噺だと否定しようとする私も確かにいる。どちらが正しいのか私には分からない。分からないから素敵な方を選んだだけ。これが全く知らない人の話だったら、私だってあり得ないと断じたでしょうね」
「……別に俺は平田を異端審問にかけるつもりはねえよ」
橘愛莉の持論に俺は陳腐な例えを返すことしかできなかった。
そんな自分にうんざりして、知らないうちに強く握っていたマグカップを一気に喉に流し込んだ。中身はもちろん熱々のコーヒーである。
「ごっふ!? うぐおぉ……」
「だ、大丈夫ハシバ!?」
「ぐぬ……つーか平田はなんで来たんだ? まさかマジで俺の記憶を取り戻すのが目的じゃねえよな?」
「あ……そっか、その話をしなきゃ」
平田は女子二人――特に橘愛莉――をチラチラ見ながら、
「えっと……宣託が下ったんだ。ハシバを助けるようにって」
「せんたく……もの?」
「薫、それは家事の洗濯よ。平田君が言っているのは神様からのお告げの方ね」
「神様かあ。あたしの叔父さんと同じだ」
「お前の叔父さんは神主だろ。平田、詳しく説明してくれないか? できればこの二人にも分かるように」
「え、あ、えっと……お告げを聞いたのは夢の中で……それで学校に来たら、その……先生が部活に入らないかって……」
「それが歴史研究会だったわけね」
「お前ってもう部活に入ってた気がするんだが。確か文芸部じゃなかったか?」
「文芸部は……なくなって……先輩が抜けたから……」
「あー……」
歴研と同じ境遇で、歴研よりも早くその時が来てしまった文芸部。そこの部員だった平田に担任が目を付けた。聞いてる分には自然な流れだ。
それでも俺は認めるわけにはいかない。
「平田、考え直してみようぜ。もっとお前にピッタリな部活があるかもしれないぞ」
「え……え?」
「それに歴研だったら大丈夫だ。もう部員を集める算段はついてるんだよ」
「算段って?」「算段があるの?」
「……後で話す」
「いま話して欲しいな~。きっとすごいアイディアなんだろうな~」
「そうね、妙案があるのなら早めに共有してくれた方が私も動きやすいわ」
変に語尾を伸ばす佐藤と、何の疑いも無く聞いてくる橘愛莉の視線が痛い。
「ゆ……勇者はやっぱりすごいね。なら僕の出る幕は無いよ。お邪魔してごめん……」
「え、平田くん帰っちゃうの?」
「えっと……ハシバが考え直せって言う……から……」
キラキラした目に悲しみを混ぜて立ち上がる平田は、まるで告白か受験に失敗した女学生みたいだった。とぼとぼとドアに向かう後ろ姿はとても俺と世界を救った人間とは思えない。聖霊術で悪霊を浄化したときのお前はもっと……。
「待て」
あるはずのない記憶を思い出しそうになった瞬間、俺の口は勝手に動いていた。
「算段があるって言ったな。それはつまり……お前のことだ。やっぱり歴研にはお前が必要なんだよ」
「ハシバ……!」
平田の目は星を集めたように今日一番の輝きを見せて、戻ってくるなり俺の隣にピッタリ寄り座った。途端に鼻腔をくすぐるのは柑橘系の爽やかな香りだ。平田のシャンプーか香水か、どっちにしろ同じ男とは思えねえ色気がある。コイツ、本当に男だよな?
「近いんだが」
「またハシバとパーティが組めるなんて……!」
「聞けよ。あとパーティって言い方はやめろ。歴史の研究をする部活だからな」
「だ、大丈夫。オルテラで賢者と呼ばれた僕を甘く見ないでね。こっちの世界の歴史だって修めてるつもりだから」
「そういやお前、頭は良いんだったな……」
平田は確か学内で五本の指に入る成績だったはずだ。そして当たり前のように知らん地名を出すんじゃねえ。
「何ニヤニヤしてんだお前ら」
そんな俺と平田の会話を女子部員どもは黙って観察してやがった。特に佐藤は今日一番のニヤケ面を晒している始末だ。
「ほんと羽柴くんは素直じゃないなあって。ね~愛莉ちゃん」
「そうね、二人を見ていると微笑ましくなるわ」
「なんでもいいけどよ……。それにしたって文芸部の顧問は薄情だな。歴研みたいに待ってやりゃいいのに」
「下手に残して〝王子〟に来られても困るから……。僕と顧問の先生で決めたんだ」
「あー、それならもう大丈夫だぞ」
俺は昨日の出来事も含めて〝王子〟とパーティの顛末を――もちろん橘愛莉との出会いの部分をカットして――平田に話した。
「職員室に呼ばれたらしいからな。そこの橘さんが手を回したんだろ」
「何のことかしら」
涼しい顔でしらばっくれる橘愛莉を平田は一瞥し、「そっか……」と穏やかな表情を見せた。
「でも……たぶん廃部は避けられなかったと思う。僕に仲間を集めるスキルは無いし……」
「お前がそう言うなら仕方ねえか」
「廃部になったとしても五人集まればまた立ち上げることはできるでしょう。それにどこかと統廃合するのも一案よ」
「歴研と一緒にしちゃえば?」
「まず歴研が存続するかどうかも怪しいけどな」
部員の問題はあるにせよ、佐藤の言うとおり歴研が文芸部を兼ねるのは悪くないアイディアだ。歴史も文学も教養として一括りにされるし、文学史って形で歴史のテーマにするのも無理矢理だとは思わない。歴研の存続が決まったら担任に聞いてみるか。
「でもさ」と佐藤は続ける。「〝王子〟たちもほんと迷惑だったよね。あのパーティ、うるさいだけで楽しくないし」
「は?」
「薫は行ったことがあるのね」
「一回だけねー。〝王子〟に誘われて友達と行ってきた」
佐藤があの悪趣味な集いに参加した? それってつまり……つまり?
「ハシバ?」
「え……あ、そうだな。じゃあ入部が決まったし平田にもレクするか」
「レクって、またハシバが実戦で教えてくれるってこと……!?」
「違えよ……」
結局その後は平田に歴研の活動紹介をして部活はお開きになった。
学校を出る頃にはすっかり日が暮れていた。橘愛莉は車の出迎えがあり、佐藤も誘われて乗っていった。帰る方向が逆の平田とは校門で別れた。
一人で帰る通学路は月の光で明るかった。空に浮かんでいるのは昨日と変わらない満月だった。確か、月に影響を受けるのは女だったはずだ。俺は紛れもなく男だ。なのに月を見てこんなに息が詰まるのは何故だ。
この感覚は、なんだ?
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