背伸びしても届かない

*プロローグ*

1



この日、28歳になった。


――28だ。

ある程度の経験を積み、一通りの失敗も経て、落ち着きや余裕が出て来る頃。


それが、世間の認識だろう。


若さだけでは押し切れない、許されない。成熟した大人への入り口――。


なのに、私と来たらどうだ。

気付けば28歳になっていた。


ここにいるのは、ただ年月だけを経た28の女だ。


まずい。非常にまずい。


誕生日を迎えたこの日に、初めて危機を認識した。



日々の生活――。

美人でしっかりものの姉と同居しているから、自分の力だけで生きているわけではない。でも、その姉が結婚すると言い出した。



仕事――。

なまじ大きな組織だから、若手アシスタントは悪目立ちさえしなければなんとか生きて来られた。でも、28歳は決して若手じゃない。



そして、恋愛――。

誰かと交際したことはある。でも、生身の人間ではない。生身の男との交際――そんなもの、怖くて出来るはずもない。すぐにリセット出来ない恋愛なんて出来るわけがない。



そんな私でも、実は、”恋は”している。


大人になって、初めての生身の男への恋。

でもそれは、遠くからただその姿を眺めるだけのもの。

そして勝手に妄想に使わせていただいている。


それはそれは、実に楽しい。


 そんな風に、湖面のように変化のない日々を送って来た。



 なのに、周囲の状況がそんな日々を終わらせようとする。


突然、大海原に投げ出されたような感じだ。

私の意思なんてお構いなしに、姉に放り出されようとしている。


一人で生活できないなんて言っている場合じゃない。


"悪目立ちさえしなければ"なんて意識で仕事をしていたら、会社にまで放りだされる。そして、何もできないまま年を取って、独りで死んでいく……。


絶対に、このままではだめだ!


今ならまだ間に合う。余裕で間に合う。むしろ良かったじゃないか。このままではだめだと気付けたのだ。

誕生日、生まれ変わるにはちょうどいい。


これまでの小暮華こぐれはなとは決別する――!


そう決意した矢先に、私がまさに片想いしている人、桐谷きりたにさんが向こうから歩いて来る。これはもう、神様の思し召しとしか思えない。


そうでしょう?


誰だってそう思うに決まってる。


千人以上のスタッフが働いているというのに、ちょうど今、廊下の向こうからただ一人歩いて来るなんて。


さあ、妄想の世界の恋から飛び出よう。


妄想世界よさようなら。きっと、新しい私はここから始まる――。




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