終わりゆく世界―1

 空を覆う雲が日ごとに厚く、暗くなっていく。


 灰色の空から落ちる雪は重たく、垂れこめる寒気が厳しさを増していく。


 帽子のつばに積もった雪の重みと、かじかんだ指の痛みが『世界の終り』を僕に強く意識させる。


 司祭さまや学者さまに領主さま。街の人々によれば数日後には、世界が終わってしまうらしい。


 出口の見えない冬が寒さと薄暗さを深めるたびに、それは閉じゆく世界への実感を僕にもたらした。


 

 僕はスコップを持って教会のうまやの前の草地、そこへ降り積もった雪をき出していた。


 雪の下に埋まった草を掘り起こして、一角獣いっかくじゅうの餌にするためだ。


 僕らは一頭の一角獣をかくまっていた。といっても、そいつには角がない。


 それは病気の一角獣だった。透き通るような白金はっきんの体毛には活力がなく、毛皮の下の筋肉からは生命の躍動やくどうを感じられない。


 そして病気がために、本来ならばそのするど先端せんたんを天に向けていたはずの角は、獣の額の付け根から痛々しく抜け落ちていた。


 この個体の仲間、角を持つ健康的な一角獣たちは街の人々によってことごとく狩られてしまった。食料として。終わりゆくこの世界では様々な物資が枯渇《

こかつ》しつつあった。


 病気の一角獣は赤い血肉の露出ろしゅつした額の付け根を不気味がられ、人々の手にかかることがなかった。そうして、僕らが身を寄せるこの教会へと落ち延びた。


 そいつは今、先住者が去った厩を一頭で独占している。



 十分な量の草を掘り起こした僕は、横にせた雪にスコップを突き刺した。


 僕が露出させた深緑の草地には、早くも白い雪がうっすらと表面に積もり始めている。僕は厩へ一角獣を呼びに行った。


 厩を覗くと一角獣は、一人の女の子にその弱弱しい白金の体毛をでられていた。


 女の子は僕と同様に教会へ身を寄せている一人だ。亜麻色あまいろの髪を後ろで束ねて、黒い外套がいとう羽織はおっている。


 彼女には他の人々にはない特異な能力をひとつ有していた。


 それは『言葉』を扱うという能力。


 僕も多少なら『言葉』を使うことができる。けれども彼女ほど流暢りゅうちょうじゃない。


 自在に言葉を扱える人間はこの街にはいなかった。彼女という例外をのぞいて。



 女の子が厩の入り口に立つ僕に気が付いた。


「ごはんの時間だよ。行っておいで」


 彼女が一角獣に『言葉』を使うと、そいつはのしのしと僕の方へ歩いてくる。


 ――こっちだよ。僕はそう言って獣を草地へ案内した。


 うっすらと雪の被さった草を、一角獣はゆっくりと食みはじめた。


 食事をするそいつの、血肉ののぞくぼみに雪がまり、体温で溶ける。


 薄い紅色の液体が獣の額から流れ落ちた。





 獣への餌やりを終えた僕らは教会の宿舎へと戻ってきた。


 宿舎の中は雪の冷たさがレンガの壁から染み出して、その冷気にとっぷりと満たされている。


 女の子は屋内にもかかわらず外套を羽織ったまま、寒さに体を震わせていた。


 ――火をつけようか? と、僕は女の子に提案した。


「いいよ、我慢する。これから寒さは増していくだろうし、燃料には限りがある。に取っておこう」


 僕は彼女の言葉を受け取った。そして『後』、つまりは世界の終りまでに残された日数と、薪の残りを頭の中で勘定した。


 ――きっと、もう使ってしまっても大丈夫。


 僕は彼女にそう伝えてから着火剤で火を起こし、それを暖炉にいれた。それから薪をいくつかくべた。


 暖炉の熱がじんわりと、宿舎に満ちた冷気を溶かした。

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