生き物いじりが楽しすぎて気付いたらやばい
作太郎
第1話
田辺秀。二十四歳。
ただ淡々と、退屈なだけの毎日を積み重ねている若者だった。
何か劇的な出来事があったわけではない。むしろ逆で、毎日が緩やかにすり減り、少しずつ“自分という輪郭”が曖昧になっていくのを感じていた。
(このまま薄くなって消えていくんじゃないか……)
そんな感覚に、もはや抵抗すら抱かないほどの諦観がしみついていた。
朝起き、ダラダラと働き、必要以上に頭を下げ、家に帰えれば再びダラダラと時間を溶かすだけ。
どれくらい同じ日々が続いているのか思い出せない。何をしても刺激はなく、時間は手のひらから砂のようにこぼれ落ちていく。
いつからだろう。
前はあれほど好きだった“暇な時間”すら楽しめなくなったのは。
(どうしてだ?昔はあれだけだらけて楽しめていたのに)
そう思いながら、秀はいつものようにスマホへ手を伸ばした。
以前は動画を見れば、それだけで数時間は気分を誤魔化せた。しかし最近は、画面の向こうから何かが伝わってくるような気さえする。“何も得られていないぞ”と責めるような、冷たい視線。そのせいか、誤魔化しにも限界が来ているのを感じていた。
(久しぶりにゲームでもするか)
そう呟きながら、秀はゆっくりと指をスクロールしていく。
(なんか面白れぇやつねーかな。ん?……生物改造アプリ?)
不意に指が止まった。
そこには、明らかに“場違いな何か”があった。
妙に存在感があり、スマホ画面の一部だけが異様な質量を持っているかのように目を引く。
あなたも神の真似事をしてみませんか⁈
そんな壮大で、不遜で、ふざけているようでいて不気味なキャッチコピー。
秀は思わず小さく笑い、そしてそのままダウンロードへ指を伸ばした。
その瞬間ーー
世界が、ほんの一瞬だけ“揺らいだ”ように見えた。
「なんだ? 今のは……。気のせいか?」
秀は目を凝らし、周囲を見渡す。しかし部屋はいつも通り静かで、薄暗く、小さな生活音だけが漂っている。
「てか、ダウンロード長すぎだろ……」
少し待ってみても、進行バーはまったく動かない。
さっき確かに心の奥で少しだけ灯った興味は、どんどん冷めていった。
時計を見ると、日付が変わっている。
その瞬間、どっと疲れが湧き上がった。
(寝るか……)
秀はスマホのアラームをセットし、枕元に置いた。力が抜けるように布団へ沈み、ゆっくりと目を閉じる。
翌朝。
目が覚めても、身体に休んだという実感がほとんどなかった。
(全然寝た気がしない……)
頭の奥が重く、霞んだように鈍い。秀はゆっくりと体を起こし、洗面台へ向かった。
蛇口をひねり、水をすくって顔にあてる。冷たさが皮膚を刺激し、少しだけ目が覚める。タオルで顔を拭きながら、視線がふと鏡に――
「は?……なんだこれ」
鏡の中には“秀の姿ではない何か”が映っていた。
骨格が線として浮かびあがり、神経が淡い光のように走り、筋肉の層、細胞の密度までもが“構造図”として脳内に同時に展開される。
まるで、自分という存在が生物ではなく、設計図に変わったような感覚。
「どうなってんだこれ!!」
恐怖が胸に走った。
だがそれ以上に――
秀の心は大きく震えていた。恐怖とは別の感情が、胸の奥で高鳴っていた。
ふと、昨夜のキャッチコピーが脳内で蘇る。
あなたも神の真似事をしてみませんか
秀は慌てて部屋へ戻り、スマホを掴んだ。
(ない! ない!!)
あのアプリの姿がどこにもない。アプリ一覧にも、購入履歴にも存在しない。
(昨日、確かに……ダウンロードしたはず……。ダウンロード? まさか……)
気づいた瞬間、背筋が冷たく震えた。
あれはスマホではなく、秀自身の“脳”にインストールされたのだと。
そしてーー
起き抜けの倦怠感の理由も理解してしまった。
手が震え、冷や汗が頬を伝った。
胸の内側に“途轍もない恐怖”が渦巻いた。
……だが。
秀は震える手をゆっくりと握りしめ、そして――
ニヤッと、不気味な笑みを浮かべた。
いつからだろう。
日々を埋め尽くしていた、あの圧倒的な退屈。
何をしても満たされず、すべてが灰色に見えるようなあの感覚。
今――
自分の中に“玩具”がある。
凄まじく危険で、凄まじく面白いであろう玩具が。
そして、秀の脳裏には、かつての“自分”が断片的に浮かび上がってくる。
虫の羽をむしった記憶。
それを、別の虫へ背中に縫い付けた幼い日の実験。
人を殴ったことがある。
そのことで、取り返しのつかない結果を招いたこともある。
猫をレンジに入れたことがある。
そのあとに行動をエスカレートさせたこともあった。
なぜ?
なぜそんなことをしたのか。
秀は知っていた。
理由はただひとつ。
面白そうだったからだ。
どうなるのか知りたかっただけだ。
「……ははっ!」
秀は声を押し殺すように笑い、次の瞬間、堰を切ったように笑い声が漏れた。
退屈という鎖に縛られていた彼の、化け物じみた好奇心が――
今、確かに目覚めたのだ。
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