第9話:守れない

俺はエナがいる反対側に走って走って走りまくった

幸いにも体は小さいし、足も速い方だと思う。

森の木々と草の間をかき分けるように、なるべく遠くに行こうと走りまくった


ここまできたら大丈夫か。

湖の岩の間に体を隠す。

体が小さい分体力も少ない。上がった息を整えて後ろを確認する。


森は静かだ。

追ってきてないか?いや、絶対に来てるはずだ

森の方に逃げるか?いや、あいつのことだから俺が見つかるまで森の中を探すだろう


探してるうちにエナのテントに辿り着くのも時間の問題か・・・。

ふぅ、と息をもう一度整えて考える

考えて考えて考えて考えて考えて


俺は岩の上に立ち「にゃーお」と鳴いた

こい。俺はここにいる。

どうせ一度死んだ身だ。短い時間だったけど、俺の家族になってくれて幸せな時間をくれたエナに迷惑がかかるなら・・・ここで・・・


最後にあいつの顔に傷でも負わしてやる。タダで死ぬわけじゃない。俺だって男だ

戦って散ってやる


目の前の木の影から男が現れる

「おうおう。逃げたくせに自分から出てくるって・・お前アホだろ。」

「まあ、逃げても逃げても探して出して俺が殺すけどな」


男は余裕そうだ。よく喋る

シャーと俺が威嚇すると、男は笑う

「おいおい。なんだよその声。威嚇か?威嚇のつもりなのかそれ。」

仕方ないだろ。俺は人間の言葉が話せない。話せたらどんなに良かったか。


「そっちから来ないなら、俺から行くけどいいよな。ハンデってことで」

いやいやいや。猫違いです。俺最強黒猫とかじゃないから…むしろこっちにハンデをください。




【ライトグランド】

男の声が2重に聞こえたと思ったら目の前から消えた。


「まさか見えてないとか言わないよな」

男の声が耳元で聞こえる。


【ライトオーブ】

目の前に男の指が見えたと思ったら、緑色の光が視界いっぱいに広がる。

俺は反射的に顔を避けるが間に合わない・・・・。自分の尻尾を顔の前に出して何とか顔面にくらうのは避けたが、

痛い。尻尾が熱い。エナに踏まれるのと比べたら1000倍くらい痛い

尻尾からの血が止まらない。ポタポタと地面に落ちるのが見える。痛い。声も出ない。


「あの黒猫がライトオーブを尻尾で防ぐのがやっと?冗談だよな?」

冗談じゃない。本気で防いでこれだよ。俺はただの猫なんだ。

魔法だって使えないし、話せない


前に街で兵士に囲まれたときに出たバリアは俺の力じゃない。

もしかしたら俺にも魔法が・・・って思って、エナが寝た後にこっそり特訓をしていたけど何も起こらなかった。


・・・俺はただの猫だから


「俺のこと舐めてんのか?」

男は俺の前足を持ち上げて強く握る。

痛い。

やめてくれ・・・尻尾の血も止まらないし。このままじゃ意識が飛びそうだ。


「おいおい。汚れで黒いだけで本当は普通の猫ってオチじゃねぇだろうな」

ちげぇよ。俺は黒猫だ。でもお前の思ってる黒猫じゃねぇ。

勘違いしたまま俺を殺していい気分になっていればいいんだ。


「なんだよ。この状況でも俺を睨むのか。威勢だけは立派な黒猫さまだなぁ!」

男が指を俺の顔の前に向ける

あぁ。意識が・・・ごめんエナ。ごめんな。

俺のこと大切な家族って言ってくれたのに

また一人ぼっちにしちまう。あいつの家族は俺だけなのに


「ファスト!!!!!!!!!!」


へ?この声は、エナ・・・?幻聴か?あぁ…ごめんな。

俺はお前の幸せを願ってるよ。いい子だから大丈夫だ。

今は一人ぼっちかもしれないけど、将来はいい男に出会って…幸せな家族を…

「やめて!!!!!!」


いやこれ幻聴じゃねぇ。男の後ろにエナがいる。

「やめて!!!ファストを離して!!」

エナが男に向かって石を投げる

「あ?なんだこのガキ。誰に向かって石投げてるんだよ」

「あなたによ!ファストを離して!いじめないで!!」

やめてくれ。逃げてくれ。何でここに来たんだよ。エナがいた反対のほうに逃げたのに。俺を探して来たのか。やめてくれ。俺がもうちょっと時間を稼ぐから逃げてくれ


「黒猫のこいつを庇うってことはお前魔女か?お前もここでこいつと死ぬか?」

やめろ、エナは何も知らない。俺を黒猫って知らないだけなんだ


「ファストは黒猫じゃない!あなたこそ間違ってる!ファストは白猫だもん!!」

「はぁ???どう見ても黒猫だろ。」


男は湖まで歩いていき、俺を雑に湖の中に入れる。苦しい、急に水の中に入れられたから水を飲みこんでしまった。苦しい

「もうやめて!!!」

エナが泣きそうだ。ごめん。守ってくれなくていい、早く逃げてくれ

「ほら!みろよ!こいつは黒猫なんだよ!」

「だからなに!!ファストが黒猫でも白猫でもファストは私の家族だもん!あなたは私の家族を殺そうとしてる!お前は悪魔だ!あほ!ばか!」

普段人見知りで、俺以外の前だとうまく話せないエナが大声をあげて叫んでる。怒り慣れてないのがバレバレだけど・・・・


「俺がアホ・・?ばか・・?」

俺の足を掴んでいた男の手が震えている。

まずい。男の怒りがエナに向いてる。注意を惹きたいけど足に力が入らない。

尻尾の血もまだ止まらない。


「…ガキが…。俺に向かってアホ?ウィッチハントの序列に入ってる俺が悪魔…?ガキだからって調子に乗るなよ」


【ライトリストレイント】

男がいうと、緑色の光のロープのようなものがエナに巻き付く

「まず目上の人には敬語な。すみませんでしたディーニさま。言ってみろよ」

「誰が言うか!ファストを離せ!かえせ!あほ!」

ディーニという男の体がさらに震える。


「お前もういいわ。ガキに付き合ってる時間もねぇし。俺は黒猫さえ持って帰れば英雄だしなぁ!」

男が指を動かすと、エナの体も合わせて動く。

足をバタバタ動かすが、宙に浮きながら湖のほうに向かってしまう。


「さいなら~」

男がエナに手を振ると、湖の上まで来ていたエナの体が湖に落ちる。

緑のロープに拘束されたまま…

「ファストーーーーー!」


エナ!追いかけないと。このままじゃ底まで沈んでしまう。

俺が行かないと。俺が行ってエナを助けないと。


俺が・・・・


なにをする?


助け・・・いや。足も力が入らない、血も止まらない。

意識も飛びそうな俺が行って何ができるんだ。


俺は無力だ


意識が飛びそうだ。

エナが目の前の湖に沈んでいくのに。

目もかすれて見えなくなっていく。


俺は何もできない。


『弱いな』

ディーニの声か?頭の中に響く。

あぁ。俺は弱いよ。黒猫だからな。

ただの黒いだけの猫だ。

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